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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
126/162

再逢

 


 日没。


 オウド国、西の森。



―――サァァァァ



 男に連れられて私たちは“願いの書”がある広場にやって来た。赤かった景色は紺色に変わり、空には星が輝きはじめている……。


 広場に入ると男は真っ直ぐ願いの書に向かった。そして……その裏側に姿を消した。不安な気持ちで様子を窺っていると、ふいにラルフが口を開いた。


「むかしさ、」

『え?』


 ラルフは抑揚のない声で言った。


「一緒に旅したんだ」

『……』

「別れたんだけど戻ってきて、だから別れた」


 ラルフの言葉はいつも少ない……。でも、



“タナカ、ついてきてもらっていい?”


“アンタには関係ないから悪いんだけど”



 きっと、精一杯のことを言ってくれたんだろうと思った。私は黙って頷いた。私が頷いたのを見ると、ラルフは願いの書に向かって歩き始めた。




―――サクッ、サクッ


―――……サクッ



 岩の裏側に行くと、男が片膝をついて地面を掘っていた。……何かあるのかな?じっと見ていると茶色い土の中に銀色の何かが見え始めた。それは次第に大きくなり、やがてマンホールのような形になった。



―――……



 男は手を止めると、銀色の蓋を見つめたままラルフに問いかけた。


「お前は、気付いていたな」

「うん」

『……?』


 気付いていた、ってどうゆうことだろう?



―――スッ



 男は錆びた鍵を取り出すと穴に差し込み、慣れた手付きでガチャリと回した。



―――ギィッ……



 重い音をたてて蓋が開く。階段が見えた。男はラルフを一瞥すると薄闇の中に入っていった。


 ……


 ……ここに入るのか。


『……あ、あのさ』

「うん」

『私……鳥目なんだよね……』

「は?」


 ここにきて重大なことを思い出した。そう、私は暗い所が苦手。というか……見えない。外ならまだしも屋内で暗いのは本当にヤバイ。


『あの……申し訳ないんだけど肩掴ませてもらってもいい……?』


 恥ずかしい。さっき力強く“行く”って言ったばっかりなのに……。あんな勢いよく言うんじゃなかった。もっと謙虚に落ち着いて……



―――ぎゅっ



『え』

「これでよくない?」


 目線を下げる。ラルフが私の手を握っていた。


「肩つかまれたら歩きにくい」

『……確かに』


 そりゃそうだ。うん。でもなんか……心臓がうるさい。



―――クイッ



 ラルフが私の手を引いた。


『……!』


 動いた瞬間、服の袖が揺れて手首に巻かれた包帯が見えた。



―――タンッ



「結構せまい」

『!あ、うん』


 ラルフが中に入って私を見る。私は慌てて階段に足を下ろした。……その包帯どうしたの?と聞くことは出来なかった。






―――タン、タン……



 ひたすら下っていく。時間が経つにつれて少しずつ目が慣れてきたけど……階段の先は見えない。繋がれたラルフの手だけが頼りだった。



“…………あの御方は、薬を作っていた”



 “あの御方”っていうのが、ラルフが一緒に旅をした人なんだろうか……。昔って言ってたけど、昔っていつだろう。



―――タンッ


―――ドンッ



『!わっ』


 突然ラルフが止まった。


「ここから廊下になるみたい」

『!』


 下りきったのか……。考え事してたら気付かなかった。目を凝らすとラルフの言う通り、薄暗いなかに長い廊下が見えた。


『(……あれ?)』


 私は違和感を覚えて足元を見た。


「どうしたの?」

『いや、この星にコンクリートあるんだ……って』

「こんくりーと?」

『あ、え、なんていうんだろ、そうゆう素材の……石?』

「ああ」


 ラルフは納得したのかどうか分からない声を出した。



―――グイッ



 手が引っ張られる。いつもより大きな歩幅でラルフは歩き出した。



―――スタ、スタ


―――タタッ、タタッ



『(……あっ!)』


 前方に男が立っている。私たちのことを待ってるみたいだ……。警戒しながら近付いて行くと――後ろに布が掛かっているのが見えた。


「何処へ行っていた」

『!!』


 突然、布の向こうから声がした。老人みたいだ……。声は男に向けられていた。


「北の森に行っておりました。例の少年をエポナ様から遠ざけようとしたのですが……申し訳ございません、しくじりました」

「なに?」

「ここに、少年と異星の者がおります」

「……どうゆうつもりだ。ゴデチア」

「申し訳ございません」

「……」


 声は黙った。っていうか……エポナ様?エポナってこの国の王様の名前じゃ……。それに、ゴデチア……?ゴデチアって……



“なぜ、代わりが彼なのか。引っ掛かるのはそこなんです。なぜゴデチア宰相じゃないのか……”


“ロレンスさんの近くにいたでしょう?ほら、白髪はくはつの、背が高くてがっちりした”



 まさか……


 ……


「サラーフ」


 呆然としていると、ラルフが掠れた声で布の向こうに呼びかけた。……サラーフ?


「…………ほう。久しいな、ラルフ」

『!』


 声が返ってきた。


「もう一人、いるのか」

『!!』

「異星人」

「……ふふっ」


 くぐもった笑い声が聞こえた。


「……人間ってのは面倒だなあ。そうは思わないかラルフ」

「うん」

「私は、とことん嫌になった」

「……」

「だから終わらせる」

「……そう」

「出て行け」

「……」

「ゴデチア、その二人を」

「サラーフ」


 ラルフが言葉を遮った。


「アンタがやろうとしてることを俺は望まない」

「……」

「……」

「……ふふっ、はははっ、あははははっ」


 薄暗闇に笑い声が響き渡る。


「なにを勘違いしているのか知らないが、私は好きなようにやっている」

「……」

「全て自分のためだ。私は自分のために生きてきた」

「……」

「お前はどうなのだ?罪を感じ、罪滅ぼしのために生き続けるのか」

「……」

「くだらない」


 声は冷たく、嘲笑するように言った。


「くだらないよ、ラルフ」

「……」

『……』

「ゴデチア」

「はい」

「予定通り事を進める。全てが終わるまでその二人を外に出すな。抵抗すれば殺しても構わない」

『!!』


 

―――……スッ



 ラルフの手が、私の手から離れた。


『……』

「……」


 目は、ようやく薄闇に慣れてきた。いま横を見ればきっとラルフの顔が見える。でも……私は見ることが出来なかった。



“一緒に旅したんだ”


“別れたんだけど戻ってきて、だから別れた”



 ……ラルフとその人に何があったのかは分からないけど、きっと別れたくなかったんでしょ?その人がこの向こうにいる人なんでしょ?


 そんな人に、殺しても構わないと言われた。


 そんなの……悲しいに決まってる……。



―――……


―――……


―――タタタッ……



 止まったような時間のなかで、ふと、足音が聞こえた。


 

―――タタタッ


―――タタタタッ



 音はどんどん近付いてくる。そしてどうやらそれは一つじゃない。敵……?不安な思いで前方を見つめる。ほどなくして、宙に浮かぶ小さな灯りが見えた。


「―――なにー見えな――――――」

「ちょ、――――大きい声出さ―――――」

「うるせえ―――!」


 ランプを手に、何か言い合いながらやってくる。敵にしては緊張感が無いような……。いや、というかこの感じは、


「本当にこっちであってんのか!?」

「どの口が言ってんですか、二本も外したくせに」

「そうだぞイオリ!」

「お前も賛成してただろ!!」

『!!』


 明かりが近付く。ランプを持った人たちの姿がだんだん見えてくる。あれは、あの人たちは……


「!!、タナカ、ラルフ!!」

『っ!!』


 イオリさんだ、ユラさんとノベルさんもいる……!


「イオリ、油断するな」

「お前はいちいちうっせえな!」


 うん?


「イオリ悪いねえ、うちのリンが」

「仲良くしてやってくれ。あとで拗ねるから」

「殺すぞ」

「リン様、落ち着いて」


 え、鍛錬の……リンさん?と、あのチャイナ服はジミニア国の人たち??それにロレンスさんみたいな人も見えるけど……え、本物?



―――ザッ



「止まれ」

「「「「「「「『!!』」」」」」」」


 私たちの間にゴデチアと呼ばれた男が入りこむ。イオリさん達の足が止まる。


「……ゴデチア宰相、ですか」


 張り詰めた空気のなか、ロレンスさんが沈黙を破った。男はフードに手を掛けると紺藍色の布を外した――艶のある白髪はくはつが現れる。


「……っ!!」


 ロレンスさんの表情が歪む。しかし男は意に介さない様子で、冷たい口調で言い放った。


「何をしに来た」

「……」

「異国の者を引き連れて、何をするつもりだ」

「ぶっ壊しにきたんですよ」


 ノベルさんが口を開いた。


「貴様は」

「モートン国のノベルです。あなた方はうちの技術を使ってよからぬ事をしようとしている。おそらく人命に関わることを。僕はそれを潰しにきました」

「あんたは、な」


 リンさんが前に出る。


「ロレンスを奪われたままでは癪だ。お前らのことも気に食わない。だから来た」

「ったく、ロレンスさんが心配でイオリに頼み事されたからって素直に言やあいいのに」

「面倒臭いよなあ」

「二度殺すぞ」


 ……なんだか仲良くなってる気がする。


「タナカとラルフを返してもらう」


 低く鋭い声が響く。イオリさんは男に向けていた視線をラルフに移すと、強い口調で言った。


「遅えんだよ。言ったろ?グダグダしてたら、とっ捕まえに行くって」

「……」

「うむ。俺もイオリも気が長い方ではないからな」


 私はそっとラルフを見上げた。


『……』

「……」


 微かな明かりを受けた横顔は、彫刻のように冷たかった。


「……ゴデチア宰相」


 小さな声が聞こえた。顔を向けると、ロレンスさんが拳を握って俯いていた。


「私は、この国が好きです。生まれた時から何不自由なく育ってきた……」


 ロレンスさんの青い瞳がゆっくり男に向けられる。


「私だけじゃない、他の者もそうです。……この国の人々には大きな差がない。同じ形の建物に住み、同じ服を着る。なかにはそれを窮屈だと思い外に出て行く者もいるけれど、私は苦痛に思ったことは一度もありません。この国の制度、建造物、その全てが支配ではなく思いやりに感じるからです」

「……」

「誰一人あぶれさせない平等の精神。それを形にし実現しているエポナ様に、私は心からの感謝と敬意を称します。100年以上の間、エポナ様とこの国を支え続けてきたゴデチア宰相、貴方にも……」

「それが全て他の犠牲の上に成り立っていたとしても、か」

「え……」



―――スッ



 男は顎を引くと、低く冷たい声で言った。


「お前の耳にも噂は入っているだろう。“オウド国はクラーレと繋がっている”と」

「!!」

「見ての通り、それは真実だ」

「……」

「オウド国が国民を守りながら大国になることが出来たのは、我々――クラーレが他国で暗殺や強奪を行ってきたからだ。諸外国の国政を変え、資金を得ることでこの国は成り立ってきた」

「……」

「ロレンス。お前は捕らえられたにも関わらず、何故自分が無事でいられたのか分かるか」

「……いえ……」

「エポナ様が望んだからだ」

「!?」


 ロレンスさんは弾かれたように男を見た。


「エポナ様は、お前のことを気に入っている」

「え……?」

「計画を邪魔されるのは困る。しかし殺したくはない。だから生かしていた。東の森の者に遠隔操作の爆弾を持たせたのもお前の目を国外に逸らす為だ。……お前が地図まで見ていたとは知らず、仇となってしまったが」

「……」

「理解出来ないか」

「……はい…… 」

「しかし、そんなものではないか」

「……そんなもの?」

「一部の人間の感情で他が犠牲になる。世の中とはそんなものだろう」



―――ピクッ



 ふと、ラルフが顔を上げた。茶色い瞳が廊下の先を捉える。



―――バッ



 ラルフの目線に気付いたイオリさんが即座に後ろを振り向いた。


「!くそっ」

「ちっ……」

『!!』

「……まだこんなに居たとは」



―――ダダダダッ



 前方から、黒い塊が迫ってくるのが見えた。



―――ダダダダッ


―――シュッ


―――シュシュッ



 抜き身の刀が鋭く光る。……クラーレだ。彼らは勢いを落とすことなくこちらに向かってくる。


「ノベル、ロレンスと下がってろ」

「!」

「わかりました」



―――ダダダダッ


―――ダダッ


―――……バッ!!



 クラーレは短刀を手に、イオリさんたちに襲い掛かった。


『っ!!』



―――カァァァンッ


―――ビュッ


―――ガガッ



 刃と注射針が飛び交う。クラーレはイオリさんたちの倍以上いた。



―――キィィンッ


―――ドスッ


―――ザザンッ



「このっ」

「……くっ」

「おりゃっ!!」


 みんな敵から武器を奪って何とか持ち堪えてるけど……苦しそうだ。どうしよう……このままじゃ……



―――がしっ



『え』


 下を見ると、腰に細い腕が回っていた。



―――タッ



『!!わっ』


 突然、ラルフが私を抱えて走り出した。あっという間に男の横を通り過ぎる。そして……



―――……タッ



「!!」

「ラルフくん!?」


 クラーレから離れた所にいるノベルさんとロレンスさんの元に来た。



―――ズイッ



「よろしく」

『!』

「え」



―――タンッ



 ラルフは私をノベルさんの前に突き出すと、クラーレの中に飛び込んでいった。




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