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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
124/162

忘れない空




―――サァァァッ



 風が吹いた。その風に促されるようにラルフの視線が地面に落ちた。


『……』

「……」


 ラルフは俯いたまま動かない。



“なぜっ、この星の者と共にいるっ……自ら消すいの……”


“……わかんない”



 男が何を言おうとしたのかは分からない。でも男の言葉を聞いてラルフの様子は明らかに変わった。……どうしたんだろう。ラルフの中で、一体何が起こったんだろう。



―――サワサワ……



 私は、動けなかった。目の前に折れてしまいそうなラルフがいるのに手も足も動かない……。声も出ない、頭も回らない、どうすればいいか分からない。



“見えたら迷うかもしれぬ。すぐには身体が動かず、つい動かない方を選択してしまうかもしれぬ”



 ……駄目だ。何もしないでいたら駄目だ。何か、何かしないと


「タナカ」


 ふと、ラルフが私を呼んだ。顔を向ける。ラルフは相変わらず下を見ていた。


「タナカは、どう思う」

『え?』


 感情が読めない声を聞き逃さないように、私は必死に耳を傾けた。


「楽に死ねたほうがいい?」

『!』


 何でそんなことを訊いてくるんだろう……。まるで、あの男の言う事が正しいかどうか聞いてるみたいだ。そんなの考えなくたって分かるのに。間違ってるに決まって……



“贅沢だね”


“呼ばれるだけでいいのに”

 


 ……落ち着け。落ち着いて、ちゃんと考えよう。私じゃない。200年に一度終わりが来てしまう、この星の人の気持ちになって考えるんだ。



“クソッ、何したっていいじゃねえか!!どうせ世界は終わるんだ!!”


“今年は200年目だからな。今まで色んな国に住んできたが、最後は生まれ故郷であるこの地に住もうと思ったのだ”



 もうすぐ終わりがやってくる。大きな災害のようなもので命を落とす人がほとんどだという。災害は……やっぱり恐い。恐くて、逃げられなかったら痛くて苦しくて……だったら……



“明日、世界がどうなるかなんて誰にもわからない”



 ……



―――……



 私は息を吸った。


『……死ぬなら……楽に、眠るように死ねたら、一番いいと思う……』

「……」

『……でも、まだ分かんないんでしょ……?』


 恐い。恐いけれどゆっくり顔を上げる。


『……』

「……」


 ラルフは私を見ていた。茶色の瞳が揺れている。

 

『明日、世界がどうなるかなんて誰にも分からない……』


 私は、ここに来た時にラルフに言われた言葉を口にした。


『あの時はよく分かんなかったけど……今もちゃんと分かってないのかもしれないけど……でも、そうだなって思う』

「……」

『絶対、なんてない……だったら、生きていられるかもしれないんだったら、死にたいとは思わない……かな』

「……」

『……』

「……」

『……ち、違った?』


 沈黙に耐えきれず、思わずラルフに訊ねた。



―――……



 ラルフは小さく俯いた。


「……」

『……』

「タナカ」

『はい……』

「ついてきてもらっていい?」

『!!』

「アンタには関係ないから悪いんだけ」



―――ズダダダダッ


―――ガシッ!



 私はラルフに駆け寄って、細い肩を思い切り掴んだ。


『行く』

「!」


 ラルフの目が見開かれる。


『悪くないし』

「……」

『別になんも悪くないし!!』



―――ググッ

  


 これでもかというほど手に力を籠めた。


「ちょ、折れそう」

『折れない!』

「アンタが言う?」


 ははっ、とラルフが笑う。ラルフの笑った顔を見て、私は何故か泣きそうになった。



―――……



 小さな息が吐かれる。ラルフは一度瞬きをすると、ゆっくり後ろを振り返った。


「会わせてほしい」

「……」


 男とラルフが見つめ合う。二人とも何も喋らない……。ひりひりとした沈黙の後、男が静かに口を開いた。


「……いいだろう」

『!』


 そう言うと、黙って歩き出した。



―――ザッ、ザッ、ザッ



 ……誰に会うんだ?そして何処に行くんだろう……。



“…………あの御方は、薬を作っていた”



 その人に、会うのかな。



―――ちらっ



 ラルフを見上げる。茶色の瞳がゆっくり動いて端の方で私を捉えた。


『……い、行く?』

「うん」

『よ、よーし!』



―――ザッ!



 よく分からない気合いを入れて私は歩き出した。正直不安はいっぱいある。でもラルフに付いてきて欲しいって言われたことの方が、不安よりもずっと大きかった。



―――サクッ



「タナカ」

『え?』



―――きゅっ



 振り返ったのと同時にラルフが私の服の裾を引っ張った。金色の髪が頬に当たる。


「……ありがと」


 耳元で囁かれた言葉は、消えてしまいそうなほど小さかった。すっと体が離れる。



―――サクッ、サクッ



 何事もなかったようにラルフが去って行く。置いていかれないように、その背中を追った。



―――サクサクッ


―――スッ……



 ラルフの少し後ろで顔を上げる――赤と紺が混ざった絵みたいな空が広がっていた。



 きっと、私はこの空を一生忘れないと思う。




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