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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
123/162

望み



「……」


 ラルフは木の上で移り変わる空を眺めていた。陽は傾き、世界は赤く染まり始めている。



―――サワッ



 ふと、空気が変わった。地上に下りる。鬱蒼とした木々の間を両の目で見つめた。



―――サクッ、サクッ


―――サクッ、サクッ……



「……来たか」

「こっちのセリフだよ」


 茂みの中から、ローブの男と正子が現れた。



―――……スッ



 ラルフは正子に目を遣った。


『!……っ』


 正子の瞳が潤む。彼女を一瞥するとラルフは男に顔を向けた。


「どうゆうつもり?」

「貴様こそ何をしようとしていた」

「アンタたちが何しようとしてるのか知ろうとしてた」

「……」

「なにしてんの」

「……」

「まあ言わないか」


 ラルフの口から小さく息が吐かれる。


「そいつ、かえして」



―――……



 男は顎を引くと、低い声でラルフに訊ねた。


「……この女は、どこまで見ている」

「しらない」


 男は黙り込んだ。


『……?』


 正子は困惑した。二人が何の話をしているのか全く分からない。一体何のことを言っているのか……?不安な気持ちで正子がラルフを見ようとしたその時、



―――ダンッ



「『!!』」


 突然、目の前に影が飛び込んできた。



―――グイッ



 強い力で腕を引かれる。直後、体が宙に浮いた。



―――タンッ



 一瞬だった。気が付いた時には……


『……』

「……」


 正子はいつかのように、ラルフの脇に抱えられていた。


「ごめん」


 微かな声が降ってきた。気がした。見上げるとラルフは顔を背けていて、今のが彼の口から出たものなのかどうかを確かめる事は出来なかった。



―――サァァァッ



「少年。お前には、ここで死んでもらう」

『!』


 男はそう言うと静かに短刀を抜いた。


「死んでもらう、か」


 ラルフはその言葉を反芻するように口にした。


「ほんき?」

「ああ」


 じりっと、男が前に出る。



―――スッ



 ラルフは黙って正子を下ろした。そして



―――サクッ



 男に向かって歩き出した。


「行くぞ」



―――……ダンッ!!



 二つの足が地面を蹴った。






―――ドドドドッ


―――キィィィン


―――ズザザァッ



 陽は、今日最後の光を赤く、赤く放っていた。大地を、木々を、燃えるように染め上げる。



―――ゴオッ


―――バババッ


―――ダァァァンッ


―――ザンッ



 二つの影が赤い世界で動き続ける。彼らの出す音だけが、静かな森に響いていた。


『……』


 正子は金縛りにあったようにその場から動けなかった。


 ここにいたら危険ではないか、離れた方がいいのではないか……頭ではそう思うけれど、体が動こうとしない。目の前の二人から溢れる何かが正子の足を止めていた。



―――ドッ



『!』


 突然、男が崩れるように片膝を落とした。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 肩で呼吸を繰り返す。ラルフはその姿をじっと見つめた。


「なんかした?」



―――ピクッ



 上下していた肩が止まる。


「このまえより頑丈になったみたい」

「……」


 ギラリと男の黒目が光る。


「……お前は、なぜ武器を所持しない」

「センコウだから」

「……」

「カタス国のセンコウは武器をもたない」

「本当にそれだけか」

「そうだよ」

「……」



―――ダンッ



 男が地を蹴る。



―――シュンッ



 先程よりも乱暴な刃がラルフの眼前に迫る。



―――ヒョイッ



 ラルフは涼しい顔でそれを避けた。男の手が僅かに震える。


「どうゆうつもりだ」

「なにが」

「どうゆうつもりで此処にいる」



―――ブンッ



 男は短刀を振り上げた。



―――ガシィッ



「……!!くっ」


 しかし、それは振り下ろされる前に背後に回ったラルフの手に止められた。細い指が手首を締め上げる。


「……っお前はまだ、捨ててないだろう……っ」

「……」

「いずれ捨てるのだろうが、今はまだ捨てていない……っ」

「……」

「……なぜっ、この星の者と共にいるっ」

「……」

「自ら消すいの……」



―――ドカッ



 ラルフは男の背を強く蹴った。男はそのまま数メートル離れた草の上に倒れた。



―――……


―――……



「……わかんない」


 深い静寂の中でラルフがぽつりと呟いた。


「なんでだろ」


 金色の髪が風に揺れる。



―――……




“悲しいのは私じゃなくてあいつなの”



「……」


 男――ゴデチアは、ふと遠い日を思い出した。



--------

----




「……夢を見た」

「夢?」



―――……サワッ……サワワッ……



「友達の願いを知った……」

「……」

「悲しかった。でも……」

「……」

「悲しいのは私じゃなくてあいつなの」



―――ザァァァッ……




----

--------



「…………あの御方は、薬を作っていた」


 ゴデチアの口から言葉が零れた。


「それが、ようやく完成した」

「……」

「今宵の晩餐会で、同盟国の者達に服ませる」


 ゴデチアは顔を上げると、ゆっくりラルフを見据えた。


「その薬は飲んだ者の体内を少しずつ変化させ、目に見えぬ粒子となり、体外へ排出される。飲んだ者は気付かない、接触した者も気付かない、気付かないまま……ある時、眠るように死ぬ」

「……」

「東の国と同盟を結びこの地に来させたのは、多くの人間に伝染させるためだ。西から東への道中、そして奴らの母国で粒子を大量に撒くことができる」

「……」

「異常だ、と思うか。だが直にこの星は終わる。大半の者が逃れる事の出来ない何かによって命を落とす。楽に死ねるとも限らない」

「……」

「苦しまずに死ぬことができる。それは理想の死なのではないか」


 黒い瞳が静かに燃える。


「少年、お前は何を望む」




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