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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
120/162

生き方



「……お前こそ、何してる?」


 イオリは驚きを隠せずにいた。


 黒いチャイナ服、白いズボン、黒いブーツ――ジミニア国のリンが、今目の前に立っている。


「……あれから、アメリアに行って……帰ってきたのか?……一緒にいた奴らは……」

「……」



―――クルッ



 リンはイオリに背を向けると入口に向かって歩き出した。



―――バタンッ……ガチャリ



 そして鍵を閉めると再びイオリに顔を向けた。


「気休めにしかならないが」

「……」

「そいつは誰だ?」

「!」


 リンの瞳がノベルを捉える。


「……俺たちと同じ、東の同盟国の遣いだ。偶然知り合った」


 イオリは慎重に口を開いた。


 ……分からない。何故、リンがここにいてクラーレに攻撃を仕掛けたのか。



“見つけたぞ”



 確かにそう言っていた。クラーレを追っていたのだろうか。だとすれば自分達の味方なのか?いや、断定はできない。何か違う目的があるのかもしれない。


「……お前、無事か」

「!」


 リンの視線がユラに移る。


「あ、ああ……貴殿のお陰で命拾いした……本当に助かった。ありがとう」

「そうか」


 ふっ、とリンの目元が緩む。それを見てイオリは心を決めた。


「リン。俺たちはロレンスの行方を捜してる」

「!」

「表向きは出国したことになってるみてえだが、実際は違うらしい。このローブの……クラーレに連れ去られたのを見た奴がいる」

「……」

「そしてクラーレに関わった人間が……」

「ゴデチア宰相か」

「「「!!」」」


 リンの言葉に三人は息を呑んだ。


「イオリ、あんた達はどこまで知ってる」

「……知っているのはここまでだ」

「……」

「だが……」


 イオリは正面からリンの瞳を捉えた。


「仲間の一人がクラーレに攫われて、もう一人がそいつを救うために動いてる。……助けたい。タナカもロレンスも一人で救おうとしてるラルフも、全員助けたい。協力してくれないか」

「……」


 ガラスのような瞳がイオリを映す。



―――……



 暫くすると、リンはふっと息を吐いた。


「もちろんだ。あんたには教えてもらった恩がある」

「!」

「……それに俺の目的とも一致するしな」

「え?」


 そう言うと、リンは三人に体を向けた。


「俺はロレンスの命でアメリア国には行かず、この国で調査を続けていた」

「!!」

「ロレンス殿の……!」

「……」

「あの立て籠もりがあった三日後――イオリ達がアメリアへ経った翌日、俺はロレンスに呼び出された」



--------


----




 11日前。


 オウド城、執務室。




―――バタン



 リンが部屋に入ると、俯きがちに机に座るロレンスがいた。


「……急にお呼び立てしてすみません」

「用件はなんだ」

「……」

「俺一人でなければいけないのか」

「はい」


 ロレンスは顔を上げると青い瞳をリンに向けた。


「貴方にお願いしたい事があります」

「……」

「この国のことを調査して欲しい」

「この国?」


 リンは耳を疑った。自分たちはアメリア国を調査する為にやって来た。それなのにアメリア国ではなく、オウド国を調査する?


「この国の地下には昔、大きな食糧庫があったそうです」

「食糧庫?」

「ええ。もう何十年も前に使わなくなってしまったらしく、私も話でしか聞いた事がなかったのですが……数か月前に、偶然それに関する地図と本を見つけました」

「それが何か」

「おかしいんです」

「何が……」


 言いかけてリンは息を呑んだ。いつも穏やかなロレンスの表情が強張り、青ざめていたからだ。


「あれは……食糧庫ではない……何かを作るための、研究室のような……」

「……?」

「もしあれが、本当にこの国の地下に存在するのだとしたら……アメリア国どころじゃない……この国は、大きな罪を犯すことになる……」

「……」


 リンは黙ってロレンスを見つめた。暫くすると、ロレンスは息を吐いて頭を振りながら謝罪した。


「すみません、取り乱しました」

「……お前は俺に何をさせたいんだ」

「この国に残り、地下の入口を捜して欲しいのです」

「地下の入口?」

「はい。地図によると食糧庫には地上と繋がる入口が四つあるようです。一度しか見ることが出来なかったので場所は曖昧なのですが」

「一度しか見られなかったというのは」

「……燃やされてしまったからです」

「!、どうゆうことだ」


 ロレンスは一度口を閉じると、苦々しい表情で話し始めた。


「それは……城の書庫にありました。エポナ様に頼まれた書物を取りに行ったら、そのうちの一冊から古びた地図が落ちてきたのです。古い物でしたし気にする程のものではないと思ったのですが何処か奇妙だったので……失礼ながら、本の中身を確認しました」

「……」

「すると、見慣れない文字が並んでいました。文字……なのだと思います。とにかく今まで見たことのない形で……所々に図も書いてありました。何かの薬を作るための研究書のようでした」

「研究書……」

「……何かの薬を人間に投与し死に至らせる……そのようなことが書いてあるように思えました」

「!!」

「そしてそこに書いてある事と、古地図を照らし合わせると……古地図に描かれているのは食糧庫ではなく、研究室のようなものに思えてならないのです」

「……」

「私は恐怖を感じ、一度その本を棚に戻して書庫を出ました。頭の中を整理したかった。しかしその後、数十分も経たないうちに書庫で火災が発生し……そこにあった本は全て燃えてしまったのです」


 ロレンスは話し終えると固く口を結んだ。


「……このことを知る者は」

「私と貴方しかおりません」

「宰相には話していないのか」

「話そうかと思いました。しかし……」

「……?」

「あの人は、エポナ様と同じ時間を生きている人だ」

「え?」


 ロレンスは虚空を見つめると静かな口調で話し始めた。


「この国の者は皆知っておりますが、ゴデチア宰相はエポナ様と同じく高度な延命薬を使用していて、建国時からオウド国のために精力を注ぎ、既に100年以上の時を生きております」

「! !、100年だと」


 リンは頭の中で宰相の姿を思い出した。宰相は白髪だが、どう見ても40代くらいの屈強な男だ。瞳も、声も老人のそれではない。オウド国の噂は東にいる時から聞いていたが、ここまでの技術があったとは……。大国のアメリアが脅威を抱くのにも納得がいく。


「……宰相は、一途な方です」


 小さく言葉を零したロレンスに、リンは再び顔を向けた。


「この国のために生き、エポナ様を心から慕っています」

「……」

「決して口には出しませんが傍にいれば、分かる。だからこそ……話すわけにはいかない……」

「……」

「私の思い過ごしであれば、それが一番いいのです。ですがもしそうでなければ……阻止しなければなりません」

「俺にそんな話をしていいのか」

「……」

「あんたの言うことを聞く筋合いもなければ、周りに密告しないという保証もない」

「リン様は、自分が思うように行動する方だと思ったからです」

「……」

「この話を聞いたうえで、どう動かれるか。あとはリン様にお任せするしかありません」




----

--------



「それから、ロレンスが思い出して描いた地図を頼りに、この国にあるかもしれない地下への入口を捜し始めた。一つはすぐに見つかった。東の森――立て籠もった奴らの大半が暮らす集落だ」

「「「!!」」」

「ロレンスは、あの爆弾は国外から持ち込まれた物だと思っていた。しかし奴らの住む場所を聞き、考えが変わった」

「爆弾が、地下から持ち込まれたと考えたわけですね?」


 ノベルが口を開く。


「そうだ」


 リンはノベルの瞳を見つめ返した。

 

「……東の森の住人が、地下に出入りしてるってことか?」

「いや、それは無いだろう。奴らは普通の国民だ。爆弾も誰かから渡されたのではなく、ある日突然家の前に置かれていたと言っていた。使用方法が書かれた紙切れと共にな」

「それで、その入口はどうだったんです?」

「銀色の四角い蓋のようなものが地面に埋め込まれていたが、開けることは出来なかった。鍵が掛けられていた」

「「「……」」」

「そして二つ目の入口はロレンスが見つけた。……ここだ」

「「「!」」」    



―――コツ、コツ



 リンはそう言うと小屋の奥に移動し、そこに敷かれた木の板を二、三枚剥がした。


「!」

「!これがっ」

「……なるほど」


 そこには銀色の蓋のようなものがあった。


「この小屋は城が出来た時から存在しているらしい。ロレンスはこの入口に気付いた。が、迂闊に近寄ることが出来なかった」

「何故だ?城の中なら問題ねえんじゃ……」

「以前この小屋を取り壊す話が出た時、ゴデチアが反対していたからだ」

「「「!」」」

「結局、湿度が低いという理由でこの小屋は残されたが、当時ロレンスは違和感を覚えたそうだ。普段のゴデチアなら他人の意見に耳を傾け、受け入れるはずなのに、と」

「……ここだけは譲らなかったってわけか」

「ああ。この場所に入口があると知ってから、ゴデチアへの疑いは強くなった。しかし、俺にこの場所の事を知らせた翌日――ロレンスは姿を消した」



―――スッ……



 リンは僅かに目を伏せると低い声で言った。


「急な話があり他国へ赴いたと聞かされたが、そんな筈はない。俺に何も言わないで姿を消すなどあり得ない。何も言わないで消えたという事は、奴の身に何かがあったということだ」

「「「……」」」


 イオリもユラもノベルも、同じ考えだった。


「ロレンスの行方を捜しつつ、俺はこの小屋を見張ることにした。もしかしたら、鍵を持つ何者かが現れるかもしれないと思ってな」



―――コツ、コツ



 リンは瞼を上げると床に倒れている男に歩み寄った。そして脇に屈み、無遠慮に男の懐や腰回りを探った。


「……あった」


 男の腰に、紐で繋がれた銀色の鍵が差さっていた。リンは紐を切断すると鍵を掌に乗せた。


「……それが、入口の鍵……」

「……」

「……どうしますか?」


 ノベルが問う。三人はゆっくりとノベルに顔を向けた。


「この先は何があるか分からない。確かなのは、奴らの巣窟だってことです」

「……」

「……」

「……」

「入った途端、クラーレが集団で襲い掛かってくるかもしれない。いや、それだけじゃない……得体の知れない何かに遭遇し、苦しみ、もがきながら死ぬかもしれない。とにかく分からない、何が起こるか本当に分からないんです」


 紫の瞳が揺れる。


「行くか、留まるか。慎重に考えなければいけません」



―――……


―――……



「……明日、世界がどうなるかなんて誰にも分からない」


 イオリがぽつりと呟いた。


「あいつに……ラルフに言われたことがあるんだ」

「……」

「この星は200年で終わりを迎える。だが、200年の前だって自分が無事でいられるかどうかは分からない」

「……」

「……」

「だから俺は、悔いのないように生きていたい」

「……悔いのないように、とは」

「自分がどうしたいかを知って動くことだ」


 イオリの瞳に光が宿る。


「ロレンスやタナカの手掛かりがあるなら、ラルフの助けになるなら、それが俺たちにしか出来ないことなら、この先に危険があっても俺は行きたい」



―――ザッ



 ユラがイオリの隣に並んだ。


「俺もそうだ。……自分に出来ることはしたい」

「……」

「あ、イオリに言われたからではないぞ。俺自身が行きたいのだ!」

「……ははっ、やっぱり格好いいなセンコウは」


 ノベルは笑みを浮かべると、大きく伸びをしながら言った。


「ま、僕は最初から行く気でしたけど!」

「ホントかよ」



―――スッ



「俺は自分が思うように行動するらしいからな」

「……」


 リンは立ち上がると黒い瞳をイオリに向けた。


「ロレンスが攫われて腹立たしいし、こそこそ隠れてる奴らもいけ好かない。だから行く」

「……そうか」


 イオリはふっと目元を緩めた。


「……少し待っててくれ。あいつらを呼んでくる」

「あいつら?」

「ジミニア国の仲間だ」

「なか……ま……?」


 怪訝な表情をするイオリにリンは眉を寄せた。


「何だ?」

「いや、お前の口から仲間なんて言葉が出るとは……」

「……」

「あ、いや、悪い」


 イオリの返答を聞くと、リンはあからさまに不機嫌な顔になった。


「ちっ……あいつにも同じことを言われた」

「?、あいつ?」

「いや、いい」


 忘れろ、と言い捨ててリンは扉に向かった。



―――……コツ



「イオリ」

「?なんだ」


 リンは扉の前で立ち止まるとイオリに横顔を向けた。


「その服、全然似合ってない」

「は?」

「すぐに戻る」



―――バタンッ



 そう言うとリンは少し乱暴に小屋を出て行った。


「……なんだ、あいつ」

「可愛い人ですね」

「は?」


 振り返ると、ノベルが顎に手を当てながらリンの去った方向を眺めていた。

 

「イオリさんのこと大好きなんだなあ」

「はあっ!?」


 ノベルの発言にイオリは全力で目を見開いた。


「あれ?もしかして気付いてません?」

「ノベル殿、イオリはまだまだお子様なのだ!」

「いや分かんねえよ。何でこの流れでそう思うんだよ」

「「……」」

「何だよその呆れたような目は!!」

「ちょっ、黙ってください。煩いです」

「イオリ、しーっ!だ。しーっ!だぞ?」

「……」


 状況は呑み込めないけれど、この二人が結託すると面倒臭いという事は理解したイオリだった。





―――ガチャリ……ギィ



 暫くすると、リンがジミニア国の二人を連れて戻って来た。オウド国に初めてきた時に共に願いの書を見に行った者達だ。彼らはリンよりも背が高く、大柄な男達だった。



―――スッ



 二人はイオリ達の前まで来ると黙って頭を下げた。そして顔を上げると静かに、力強い口調で言った。


「話はリンから聞いた。我々も全力でこの件に挑む」

「あんたたちの仲間も、必ず救おう」

「「「……」」」


 真っ直ぐな言葉だった。困難な状況のなか、自分たちを想い、心の底から言ってくれる言葉は本当にありがたいものだった。


「……心から礼を言う」

「これほど心強いことはない……。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「ああ」

「こちらこそ。……ふっ、“イオリの頼み”だもんなあ」

「!!」

「は?」


 バッとリンが男の一人を睨みつける。


「……殺すぞ」

「おー、こわっ」

「?」

「ちっ」


 リンは舌打ちをすると大股で銀色の蓋に向かった。



―――……スッ



 そして脇まで来ると膝をつき、深く息を吐いた。


「……」



―――ザッ


―――ザザッ



 五人がリンの周りに集まった。


「……さすがに緊張しますね」

「お前にもそういう神経あるんだな」

「ノベル殿!!深呼吸だっ!!」

「ちょ、あんた声でかくないか?」

「まあまあ、元気があっていいだろ」

「全員煩い」

「あはははっ」



―――……



 全員の呼吸が整ったことを感じ取ると、リンは鍵を取り出して静かに鍵穴に差し込んだ。



「行くぞ」



―――ガチャリ


―――ギギ、ギィッ……



 重い音をたてて、その入口は開かれた。




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