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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
119/162

悪党



 日が出るや否や、イオリ、ユラ、ノベルの三人は宿を出てオウド城に向かった。ラルフの言葉が引っ掛かった彼らは正子ではなく、ロレンスの消息を調べることにした。


 街はまだ静かで、行き交うのは仕事に向かう商人だけだった。




―――ささっ



 城門を確認できる所まで来ると、三人は物陰に身を隠した。


「で、どうします?」


 地に膝をついた姿勢でノベルが二人を見上げる。


「あの門番たちを倒して、服を借りるんですか?」

「そうしたいのだが……周りから丸見えだな」

「だが、それが一番早い。もう少しすりゃ兵士たちが見回りに出るかもしれねえが、待てねえだろ」

「うむ。確かに……」

「あ!」

「?、なんだ」

「あれあれ!」


 ノベルが指した先に顔を向けると――大きな馬車がこちらにやってくるのが見えた。


「あの馬車、城に物資を届けるんじゃないでしょうか?」

「!なるほど、ではあの者に成代われば……」

「お願いしまっす!!」

「「……」」

「非力な王子なんで」


 悪びれた様子もなく笑うノベル。イオリはため息を吐くとユラに視線を向けた。


「行くぞ、ユラ」

「うむ」



―――スッ



 二人は物陰を出て馬車に向かった。



―――サッ


―――ササッ



 イオリは後方、ユラは前方に回り、馬に乗る男に声を掛けた。


「あの、すみません」

「うん?なんだい兄ちゃん」


 馬が止まる。


「いや、散歩してたら道に迷ってしまいまして……ちょっとお尋ねしたいのですが」

「散歩?こんな朝早くから?」

「あ、はい!早起きして散歩しないと気が済まない性質(たち)でして!!」

「へ、へえ、変わってるね」

「ははっ、よく言われます!」


 冷や汗を掻きながらユラはポシェットに手を入れた。


「あ、あの、ちょっと地図を見てもらいたいんですけど」

「ああ、どれどれ……」


 男が馬から降りる。その時、



―――ガッ



「うっ!?……」



―――バタンッ



 イオリが男の脇に回り込み、その腹に拳をいれた。男は眠るように地面に崩れ落ちた。


「うわ、すごいや!悪党ですね」


 いつの間にか近くにいたノベルが感心したように声を上げる。イオリはノベルをギロリと睨んだ。


「わーこわい!」

「……この商人どうすんだ」

「あそこの物陰に寝かせときましょう。お金置いて」

「金?」

「だって彼の仕事を邪魔しちゃったわけでしょう?せめてものお詫びに」

「ノベル殿!自慢ではないが俺たちは貧乏だ!!」

「ああ、いいですよ。僕が出します。金なら腐るほどありますから」

「「え」」

「王子なんで」

「「……」」


 ノベルとの貧富の差を痛烈に感じた二人だった。


「ではユラさんが商人に成り代わって、僕とイオリさんが荷台に隠れることにしましょう!」

「なんでユラなんだ?」

「僕じゃ瞳の色が目立ちすぎるし、イオリさんじゃ目つきが悪すぎるからです」

「……」

「あはは~冗談ですよ~」


 ほら早く、と言いながらノベルは荷台に乗り込んだ。





―――パカッ、パカッ



 門の前に着くと、見張りの兵が声を掛けてきた。


「おう、ご苦労様……って、あれ?ガルラは?」

「(ぎくっ!!)」


 兵が怪訝な顔をする。


「あ、あれです、ガルボは風邪で」

「……ガルラだけど」

「そうそうガルーラは」

「いやガルラだけど」


 兵の表情が険しくなっていく。


「……お兄さん、あいつとどうゆう関係?息子はいないはずだけど」

「!あ、その……娘です!!」

「むすめ?」



―――ガタタッ



 荷台の中で何かが倒れる音がした。


「(ウラ声)隠し子です」

「声どうしたの?」

「(ウラ声)地声です」

「さっきと違うけど!?」

「(ウラ声)ゲホッ、ゴホッ、さっきは何か喉に詰まってて、こっちが本当の声なんです」

「そ、そうなんだ……」

「(ウラ声)隠し子なんで隠れてなきゃいけないんですけど、お父さんが風邪ひいちゃて、しかたなく表に出てきたんです」

「へ、へえ……」

「(ウラ声)フクザツなんです」

「……」


 頑張ってね、と引き攣った笑顔で見送られて三人は門の中に入った。



―――パカッ、パカッ



「(よしっ!何とか切り抜けたぞ)」

「(お前すごいな。奇跡のバカだな)」

「(なにを!?誰のお陰で入れたと思っておるのだ!!)」

「(ユラさん黙って。これ以上笑わせないでください)」

「(……)」



―――パカッ、パカッ

 


 真っ直ぐ進むと前方に大きな倉庫が見えた。倉庫の前には兵士が二人立っている。



―――……パカッ



 ユラは兵士の前で馬を止めた。


「おはよう、ご苦労様。今日はいつもより多いんだっけ?」

「!あ、はい、そうなんです」


 どうやら、ここで荷物を降ろすようだ。



―――タタッ



 兵の一人が後方に回る。彼は慣れた手付きで荷台の布を捲った。


「え」



―――ガッ



「!……」



―――バタッ



「うん?どうし」

「すまない」

「え?」



―――ガッ



「!あっ……」



―――バタッ



 二人の兵はその場に倒れた。



―――……スッ



「本当に悪党のようだな……」


 兵士の服を外しながらユラが呟く。


「オウド国からすれば僕らは悪党以外の何者でもないでしょうね。いや、オウド国というより……オウド国にいる誰か、か」


 その服を纏いながらノベルが笑う。


「誰が何をしていて、どこまでの人間が知ってるのか……検討もつかねえな」

「はい。でもきっと城の中には何者かがいるはずです。クラーレが入ることが出来たんですから」

「うむ……」

「行きましょう」


 ノベルの声に二人は黙って頷いた。





―――コツ、コツ、コツ



「おはよう」

「やあ、」

「今日の予定は?」


 城内は穏やかな空気に包まれていた。朝の光が降り注ぎ、廊下や階段を明るく照らしている。すれ違う兵も朗らかで不穏な空気は何一つとして感じられなかった。



―――コツ、コツ



「え、今日俺の番だっけ?」

「そうだよ。ほら、行ってこい」

 

 ふと、廊下の隅で話す二人の兵が視界に入った。


「嫌だな……あそこ気味が悪いんだ」

「ははっ、皆そう思っているさ」

「早く取り壊してしまえばいいのに」

「こらっ、そんなこと言ってるとゴデチア宰相に睨まれるぞ」

「「「!!」」」


 兵の口から出た名前に、三人は息を呑んだ。


「はあ~、行ってくるよ」

「ああ、気をつけてな」

「「「……」」」




 兵は裏口から外に出ると庭を横切り、端にある古びた小屋に向かった。三人は気付かれぬようにその後を追い掛けた。



―――ガチャリ……ギィッ



「えっと……小麦が二袋と、米が一袋、それと……」


 彼は小屋に入ると紙を見ながら幾つかの袋を手に取っていった。三人は庭の茂みに身を潜めながらその様子を窺った。



―――バダン……ガチャリ



「まったく、何だってこんな古い食糧庫を残しておくのか……涼しいからいいのかもしれないけど、やっぱり面倒だよなあ」


 そう言って鍵を閉めると、兵は城の中に戻って行った。




―――……カサッ



「確かに。何だってこんな古い小屋を残しておくんですかね」

「ああ……」

「入ってみますか」

「しかし、鍵が」

「開けられると思います。そうゆうの得意なんで」

「「(やっぱり胡散臭い……)」」

「あれ、いま失礼なこと思ってません?」


 軽い口調で喋りながらノベルはポケットから針金を取り出した。そしてそれを鍵穴に差し込むと、カチャカチャと左右に動かした。



―――ガチャリ



「「!!」」

「開いた」



―――ギィッ



 三人は周囲に目を配りながら小屋に入った。



―――……



 小屋の中は狭かった。四方に棚がずらりと並び、袋や瓶に入れられた食糧が所狭しと置かれている。


「……見た目は、ただの食糧庫だな」

「そうですね」

「何か変わった物は……」



―――フッ



 ふと空気が揺れた。


「「「……!!」」」


 三人は咄嗟に床に伏せた。



―――ビュッ


―――カカッ



 小屋の奥で何かが刺さった音がした。音のした方に目を向けると……


「「「!!」」」


 食糧が置かれた棚に注射針が刺さっていた。瞬時に入口を振り返る。


「!ちっ」

「……っ」

「……」



―――シュッ……



 入口にはローブを纏った――クラーレの男が立っていた。


「消えろ」



―――ダダッ



 男はそう言うと、短刀を手にこちらに向かってきた。


「ノベル!隅へ行け!!」

「!」


 怒鳴りながらイオリがノベルを突き飛ばす。イオリはノベルを奥にやると寸でのところで短刀を躱した。そしてすぐに膝を折り、男の腹目がけて拳を繰り出した。



―――フッ



「!くっ」


 避けられた。



―――ザザッ



 ユラが透かさず男の足元目がけて蹴りを出す。



―――バッ



「なっ!」


 男は高く飛んだ。そして、



―――ガシッ



「!ぐっ」

「!!」

「ユラ!!」


 着地と同時にユラの首に手を掛けた。


「くっ……そ……」



―――ギリギリギリ……



 男の手がユラの首を絞めつける。


「ちっ……」



―――ダッ



「止まれ」

「!!なっ」


 イオリが地を蹴った瞬間、男が注射針をユラのこめかみに当てた。


「動いたら刺す」

「……っ」

「そこで見ていろ」



―――グッ



 男の言葉にイオリは動けなくなった。どうする?どうすれば状況を変えらる……?拳を握り必死に頭を働かせていたその時


「見つけたぞ」


 ふいに、この場の誰のものでもない声がした。


「……なに?」


 男が視線を入口に向ける。扉の近くで人影が揺らいだ。



―――ザンッ



「!?」


 人影は俊敏な動きで男に軌り掛かった。その拍子にユラの首から手が離れる。



―――ドサッ



「!!はあっ、はあっ……」

「ユラ!」   



―――ダッ



 蹲るユラにイオリが駆け寄る。


「その声……」

「あ?」


 イオリは顔を上げた。


「!!」



―――ブンッ



「このっ」


 男が短刀を振り上げる。


「ふん」



―――ギィィィン



 人影――青年は、長剣を構えると真正面から短刀を受け止めた。


「!くっ……」


 男がもう一方の手で懐を探る。青年はそれを見逃さなかった。


「小賢しい」



―――ゲシッ


―――ダンッ



「!!があっ」


 彼は男の胸を蹴るとそのまま床に押し付けた。ブーツの踵でギリギリと踏み躙る。


「待って!」

「?」


 突然ノベルが叫んだ。


「その男の懐には危険な注射針が入ってる、もしそれが刺さったら……」

「死ぬのか」


 それは困る、と言いながら青年は足をどかした。そして



―――ドスッ



「ぐあっ!……」


 男の鳩尾に踵を落とした。男は意識を手放した。



―――……


―――スッ



「こんなにすぐに会うとはな」



―――コツ、コツ



 青年は顔を上げるとイオリを捉えて歩き出した。一歩、二歩と近付いてくる。



―――……コツ



「あんたは何してるんだ?イオリ」


 イオリは目の前に立つ青年を見上げた。……高く結った黒髪、自分と同じ黒い瞳……


「……リン」


 イオリの声を聞くと、青年は小さく口角を上げた。




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