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ライフ  作者: 道野ハル
オウド国III
117/162

その夜



「……タナカが、いない?」


 宿に戻ると、ユラが青ざめた顔で俺に近付いて来た。


「……うむ……自室に食料を取りに行ったきり戻って来ないので呼びにいったら部屋にはおらず……宿の中を捜したのだが見当たらぬ……今、ノベル殿も周辺を見てくれているのだが……」

「部屋の中はどうだったんだ」

「荒らされた様子はなくドアも閉まっていた。ただ……」

「ただ?」

「窓の鍵は、開いていた……」

「!」


 窓の鍵が……。タナカは出会った頃はバカみたいに不用心だったが、日が経つに連れてそれなりに緊張感を持つようになっていた。就寝時や部屋を出る時も窓の鍵は閉めるようになっていたはずだが……


「イオリ、ラルフは……?」

「……」


 いつもならラルフが近くに居るはずだと安心できたが今回は違う。ラルフは俺たちの知らない別の何かで動いている。


「……西の森で別れた。一人で何かするつもりだ」

「!?」

「詳しくは後で話す。俺も外を見てくる」

「……ああ」


 不安を隠しきれないユラに背を向けて、俺は走り出した。



--------



「(見当たらないな……)」


 ノベルは静まり返った夜の街をランプを片手に歩き回っていた。


 正子のことは心配だ。しかし、自分達も決して安全とはいえない。そのことについて四人に話したかったのだが……。


「(……これ以上は危険かもしれない)」


 そう思い、一旦宿に戻ろうとしたその時



―――フッ



「伝言たのんでいい?」

「!」


 突然背後から声がした。


「……ラルフくん?」


 振り向くと、少し離れた場所にラルフが立っていた。……白い肌がいつもより白く見えるのは気のせいだろうか。


「“タナカのことは捜さなくていい”」

「え?」

「“明日がおわるまでに連れてかえる”」

「……」

「ってイオリとユラにいっといて」



―――くるっ



 それだけ言うとラルフは背を向けて歩き出した。


「ラルフくんっ」



―――ピタッ



「なに」

「何で自分で言わないの」

「かお見たくないから」

「……」


 ラルフは再び歩き始めた。


「ラルフくん!月並みな言葉だけどさ、」


 ノベルは大きく息を吸った。


「一人で背負い過ぎないでよっ」



―――……



 答えは返ってこなかった。白い背中が闇に消える。


「はあっ……」


 息を吐いて、ノベルも歩き出した。



--------



「……ラルフがそう言ったのか」

「はい」

「……」


 宿に戻り、ノベルは街であったことを二人に伝えた。話し終えるとイオリもユラも顔を俯けて黙り込んでしまった。


「……少し、僕の話をさせてもらってもいいですか」


 二人は緩慢な動きで顔を上げた。ランプの灯りが彼らの横顔を頼りなく照らす。


「今からお話することは、タナカさんが居なくなったことと関係があるかもしれません」

「!」

「……話してくれ」


 イオリの黒い瞳がノベルを見据える。ノベルは静かに口を開いた。


「皆さんに張り込みをお願いした後、僕は街でロレンスさんの消息を調べていました。そしたら一つ、気になる情報がありました」

「……」

「三日程前、ロレンスさんがこの国を出て行ったのと同じ日に、彼の部下が辞職したそうです」

「辞職?」

「ええ。単なる偶然といえばそれまでですが、ちょっと気になりまして。住んでる所を調べて訪ねに行ったんですけど……何だか怯えていて中々話をしてくれない。仕方がないから“ロレンスさんって本当は出国してませんよね”ってカマかけたら、ようやく喋ってくれました。……彼は、こう言いました」


 ノベルは一度息を吐くと低い声で告げた。


「“ロレンスさんは、ローブを纏った集団に連れて行かれた”って」

「!!なっ」

「それは……!!」

「ローブの色は紺藍色。クラーレで間違いないでしょう。しかもロレンスさんは城の中で、執務室を出た所で連れ去られたそうです」

「……っ」

「そんな……」

「そしてもう一つ」


 ノベルはスッと指を立てた。


「彼は、ローブの男達と話をしているこの国の人物を目撃しました」

「この国の人物?」

「はい。皆さんがまだお会いしていない……」

「!まさか」

「ゴデチア宰相です」


 二人は頭を殴られたような衝撃を受けた。信じ難い……。そんなことがあるのだろうか。


「あ……」


 ユラの動きがピタリと止まる。


「どうした」

「いや……ノベル殿……」

「はい?」

「その、宰相の髪の色は、何色だと言っていたか……」

「白髪です。そんなに歳とってないはずなんですけど、何故か髪だけ白いんですよね」

「白髪……」

「……おい、」

「ラルフが言っていた……」

「え?」


 ユラの手が震える。


「工場でクラーレの者と対峙した時……“シラガアタマに用がある”と……」

「「!!」」


 ピンと部屋の空気が張り詰める。


「……ラルフくんは、どこまで知っているのでしょうか」

「……分からねえ」

「……」

「ただ……」


 イオリの視線が(くう)を漂う。


「前に、クラーレに遭遇した時……あいつ怪我したんだ」

「ラルフくんが?」

「ああ。最後の一人と闘ってる時にあいつの動きが一瞬止まって、そこをやられた。掠っただけだったが……あいつが血を流しているのを、初めて見た……」

「……」

「……やっぱり、ちゃんと聞いときゃよかったんだ……躱されたって、しつこく食い付きゃよかったんだ……何のためにここに居んだよ……何のために今まで近くにいたんだよっ」


 イオリの爪が掌に食い込む。ユラは黙ってその姿を見つめた。



―――……



「何が良かったかなんて、分からないですよ……」


 ノベルがぽつりと呟いた。


「ああすれば良かった、こうすれば良かったって思うけど、それをやって本当に良かったかどうかなんて分からない」

「……」

「……」

「その時に自分が一番いいと思ったものを選択する。僕たちに出来るのはそれくらいですよ」


 ま、それすらも難しいですけどね、とノベルは小さく笑った。


「……ノベル殿の言う通りだ」

「……」

「やはり王子と呼ばせてもら」

「「その選択は違うだろ」」

「あ、そう」

「話戻します」

「うむ」


 紫の瞳がスッと細まる。


「……この状況からすると、タナカさんはクラーレに連れ去られたと考えるのが妥当ではないでしょうか」

「!……」

「……っ」

「この宿は城から手配されたものです。宰相の指示である可能性は高い。そしてその宰相がクラーレと繋がっているとしたら……彼らがこの宿に忍び込みタナカさんを攫うことは難くありません」

「……だが、なんでタナカを連れ去る必要があるんだ……?」


 イオリが小さく疑問を口にした。


「この国のことを探ってる俺たちが邪魔なら、俺たち全員を消しにかかればいいんじゃねえか……?居場所が分かってんなら、それこそ簡単なことだろ」

「……タナカさんが異星人だということは?」

「オウド国には報告しておらぬ……知らないはずだ……」

「そうですか……あ」

「どうした」

「いや……もしかしたら、って話なんですけど……」

「言ってくれ」

「……ラルフくんの足止め?」


 ハッとイオリとユラが息を呑む。


「ラルフくんは宿に居なかった。ってことは僕ら以外の誰かからタナカさんのことを聞いたわけですよね」

「そうだろうな……」

「クラーレの者から、か……?」

「きっとそうでしょう。そして……何か条件を突き付けられたのではないでしょうか」

「……何故そう思う?」

「ラルフくんの伝言、」



“タナカのことは捜さなくていい”


“明日がおわるまでに連れてかえる”



「“明日がおわるまでに”って、何かの期限みたいじゃないですか?」

「「!」」

「それに“捜さなくていい”っていうのも引っ掛かります。僕たちが捜すと何かまずことがあるんじゃないでしょうか……僕たち自身か、タナカさんに」

「……確かに……あいつは何かをしようとしてた」

「……」

「……」

「ちょっと出掛けるって、一人で……」

「……その時はタナカさんのことは」

「知らないはずだ。いや、知ってるはずがねえ。知ってたら……あんなに落ち着いていられない」

「……」


 ノベルは黙った。そして少し思案した後、小さな声で訊ねた。


「……ラルフくんにとって、タナカさんはどういった存在なんですか?」

「異星人だよ」

「……」

「だから特別なんだよ」

「え?」


 適当にあしらわれたのかと思ったが、イオリの目は真剣だった。


「タナカはラルフが唯一……自分を許せる人間だ」




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