さようなら
ある朝、起きたらラルフがいなかった。隣の部屋にも、宿にも、街にも、どこを探してもあの涼しい顔を見つけることはできなかった。
【1800】
真っ白。
見ていた景色に違和感を感じた次の瞬間、視界が真っ白になった。
同じだ。ここへ来た時と同じ。
帰るのか
私の星に帰る
あいつが
ラルフがいない星に
……
―――……
白い光が薄れていく
ぼんやりと見慣れた部屋が見えてきた
ああ……帰ってきた……
私がいた場所に……
―――ドドドドドォォォォォォォォンンッ
!?
―――……
視界がクリアになる直前 大きな音が全てを覆った
再び世界が真っ白になる
―――……
―――……
白い世界
なんの音も気配もしない
白い闇が広がる世界
……
<お前が生きていた星は、たった今終わった>
誰?
……私の星が、終わった?
<人間の手により、滅んだ>
……
<ここが、お前の星となる>
え?
<生きるも死ぬも、自由だ>
どうゆう、こと?
ねえ
……
……
―――パァァァ……
白い闇が光に変わる
眩しい 眩しい……
そして
―――カッ
何も見えなくなった
―――ドサッ
身体が落ちた。柔らかい何かの上に。……頭が痛い。落ちた衝撃ではなく内側の痛さだ。長い間眠っていたような、そんな痛み……
―――ガシッ
突然手首を掴まれたのと同時に下にある何かが動いた。そのまま強い力で引っ張られて、体を起こされる。
「……ぃたっ」
手首が痛い。頭も重い。何が起こっているのだろう……?瞼をなんとか持ち上げて目の前の景色を確認する。……暗い。暗くて何があるのかよく見えない。ここは、どこ?私の手を掴んでいるのは……?
「………………サラーフ?」
掠れた声が聞こえた。息が止まる。ゆっくりと、声がした方に顔を向けた。
「……ラルフ……?」
姿は見えない。でも気配は分かる。分からないけど何故だか分かる。こくりと、息を呑む音が聞こえた。
「…………なんで……」
小さな声だった。その問いに答えなければ、と頭では思った。が、口から出たのは違う言葉だった。
「……ラルフ……どうしたの?」
「……」
「なにがあったの?」
「……」
「ラル……」
ゆっくりと、首の後ろに手が回される。冷たい肌が身体に触れた。しがみつくようにラルフは私を抱き寄せた。
「……」
「……」
どうしたの?なにがあったの?
ねえ、ラルフ
……
―――……
どれくらいそうしていただろうか。暫くすると、ラルフはそっと身体を離した。
「……」
「……」
ラルフは何も喋らない……。
「……あの、ね」
私は自分の身に起こったことをゆっくり話し始めた。見たものと聞いたことを、できるだけ細かくラルフに伝えた。
―――……
ふと、静かに息を吐く音がした。
「そっか」
「……」
「生きるも死ぬも、自由」
「え?」
「そういわれたんだ」
「……うん」
ラルフの気配が動いた。
「もう少ししたら、ここを出るよ」
「え?」
「ちょっと休んでて」
……“ここ”って、一体何処なんだろう……?
「外、みたい?」
「!」
私の心を察したようにラルフが訊ねる。抑揚のない――どこか硬く感じる声だった。
「……見たい」
「わかった」
―――……ぎゅっ
暗闇の中でそっと手が握られる。冷たい。その手に導かれるまま私は闇の中を歩いた。
それが、ラルフに触れた最後だった。
やっぱり置いていくんだね
今、なにを思ってる?
あなたがいない時間は長い
あなたがいない世界は痛い
消してしまおうか
少しでも 傷が浅くなるのなら
1799年・1800年【完】