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ライフ  作者: 道野ハル
1799年
115/162

残るもの




 何も無い広大な大地



 何処かから風がきて 何処かへ去って行く



―――メリッ



 何かを踏んだ



 これは



「……」



 人間だ



 生きていた人間だ



「……」



 遮る物が何もない 広大な大地



 何もない



 足元以外は



「…………っ……はっ……」



 地面は人間



「……っぅ……あぁ……っ」



 人間だった者たち



 苦しい


 苦しい


 苦しい


 ああ



「……ア……シア……」



 ア シ ア


 それは だれ?

 



*****




―――ガバッ



『っ!……っ』


 また変な夢を見た。自分のものではない、誰かの記憶のような夢……。今まで夢なんて殆ど見たことがなかったのに、この二ヶ月で頻繁に見るようになった。


『……』


 二ヶ月、か。



―――ワッ、ザワザワッ


―――ザワザワザワッ



『うん?』


 なんだか外が騒がしい。朝早くから何だろう?服を着替えて取り敢えず廊下に出た。



―――ダダダッ!



『!わっ』

「ああ!すいません、お客さんっ!」


 ドアを開けた瞬間、宿の主人が目の前を横切った。何だか興奮しているようだ。


『どうかしたのですか?』

「見つかったんですよ!!」

『見つかった?』

「“願いの書”が!!」

『……ねがいのしょ……?』

「え」


 主人がものすごい形相で私を見る。


「……“願いの書”ですよ……?」

『え……あ、ああ!“願いの書”ね!わーすごいですね!』

「そうなんですよ!!今朝、森の奥で埋もれてるのが見つかったみたいでね!!今、軍が派遣されて、これから掘り出されるみたいです!!」

『わーすごーい!』

「いやあ、まさかこの国で見つかるなんてねえ!私もちょっくら見てきます!!」

『そうですか、いってらっしゃーい!』


 主人は大きく手を振りながら足早に去って行った。


『……“願いの書”ってなに?』


 私は踵を返して隣の部屋に向かった。



―――ガチャッ



『ラルフー』


 ノックはしない。どうせ寝ているのだから。ズカズカと部屋に入ってベッドで眠るラルフを揺すった。


『ねえ、聞きたいことあるんだけど』

「zzz……」

『ねえ』

「zzz……」


 全く起きる気配がない。仕方がない……。



―――きゅぽんっ



 ポケットから瓶を出して栓を抜く。中にある液体を、そっとラルフの首筋に垂らした。



―――ガバッ



『あ、起きた』

「……なにこれ」

「目覚まし?」

「……」


 じとっとした目で私を見る。いいじゃん。朝なんだから起きなさいよ。


『聞きたいことあるんだけど』

「……」

『“願いの書”って何?』



―――ピクッ



 一瞬、ラルフの肩が動いた。


『?なんか森の奥で見つかったって言ってたけど、知ってて当たり前の物なの?』

「うん」

『書ってことは本ってこと?』

「いし」

『石?』

「でかいいし」

『ふーん。何のための物なの?』

「わすれた」

『あ、そう』


 これ以上聞いても無駄なようだ。でも、なんか気になるな……。


『見に行きたい』

「いってらっしゃい」

『ラルフは?』

「ねる」

『……じゃ、行ってくるわ』

「うん」


 ラルフはそう言うと再び布団を被った。


『(……珍しいな)』


 いつもなら一緒に行動するのに。……疲れてる?



―――パタン……



 小さくなって眠るラルフを一瞥して、私は部屋を出た。



--------



 外に出ると大勢の人が同じ方向に向かって歩いていた。この人達について行けば“願いの書”に辿り着けそうだ。私は何食わぬ顔でその中に混ざった。



―――ザワザワ


―――ワイワイ



「まだ存在していたなんて夢のようだな!」

「ああ、しかも200年目のこの年に見つかったんだぜ!?」

「もしかしたら神が見つかるのかもしれないな……!」


 誰も彼もが興奮している。……神か。ラルフからざっと話は聞いたけど、神なんて本当にいるんだろうか。っていうか世界を終わらそうとする神なんて神じゃなくない?悪魔じゃん。



―――サワサワ



 暫く歩くと森に入った。最初は歩きやすい道だったけど、次第に険しくなっていった。まあ今まで発見されなかったんだからそんな簡単な場所にはないか。



―――ジャリッ、ジャリリッ



 草を掻き分け、崖を上ってさらに歩くと――ようやく人だかりが見えた。



―――ワッ


―――ザワザワ



「一般国民はそれ以上近付かないこと!ほら、もうちょっと離れて!」


 人々の隙間から中心を覗くと、軍人と大きな岩が見えた。あれが“願いの書”か……。何か書いてあるみたいだけど私には全く読めない。


「ああ!あれがそうなのか!!」

「神よ、神よ、神よ……」

「どうか我らを光ある方へ!!」


 場は高揚感に包まれていた。泣いている人もいる。そんなに?あの岩ってそんなにすごい物なの?



―――……ちらっ



 私は周りを見回して一番優しそうな老婆に声を掛けた。


『あの……すみません』

「え?なあに?」

『あの、実は私事故に遭って一部の記憶を無くしてしまって……恥ずかしながら、“願いの書”がどのような物だったのか、どうしても思い出せないのです』

「まあ」

『教えて頂けますか?』

「ええ、勿論よ」


 老婆は哀れみを含んだ目で私に微笑むと、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「願いの書はね、遥か昔に、誰かが世界の平和を願って掘ったものだと云われているの」

『世界の平和?』

「そう」


 老婆の目が虚空を見つめる。


「“この星には孤独な神がいる 神は孤独に耐え切れず世界を終焉させんとす 見つけ出せ神を 彼の孤独を癒すのだ”」

『……』

「この星は200年に一度終わりを迎えるけれど、その神を見つけ出して、彼を孤独から救うことが出来ればきっと平和が訪れる……」

『……』

「願いの書は、生きる手段と希望を、私たちに与えてくれるの」

『……そうですか』


 そうなのだろうか。



―――……スッ



 老婆に礼を言って、そっと人だかりを離れた。




 来た道を戻る。帰り道、岩の元へ向かう大勢の人々とすれ違った。やはり皆、一様に興奮している。私は邪魔にならないようなるべく端に寄って森の出口に向かった。


 出口近くまで来るともう誰にも会わなかった。木々の揺れる音や、自分の足が草を踏む音だけが聞こえる。


『!、あ』

「はやいね」


 視線を感じて顔を上げると、少し先にある木にラルフが凭れ掛かっていた。


『何かしっくりこなくてさあ』

「しっくり?」

『そう』


 ラルフの前で足を止めて、老婆から聞いた言葉を思い出した。

 

『岩に書かれてる言い伝え?みたいなやつ……誰かが世界の平和を願ってあの岩に掘ったって言ってたけど……なんか違うと思うんだよね』

「ふーん」


 興味なさそうだな。まあいいや。私は頭の中を整理するために思っていることを口に出した。


『なんか、願ってるのは世界の平和じゃなくて……その人のこと、みたいな?』


 ふと、ラルフの周りの空気が止まった。ように感じた。目を向けてみる。ラルフは相変わらずの涼しい顔で空を眺めていた。喋り続けていいのかな……?少し躊躇したけど、ここで終わらせるのも気持ちが悪いので再び自分の思考に集中することにした。


『この、神?っていうのを見つけてあげて、一人にさせないでって言ってるような……』

「のこさなくていいのにね」

『え?』

「わざわざ残さなくていいのに」

『まあ、よく分かんないけど……自分じゃどうしようもないから誰かに託したかったんじゃ……』


 ……あ。


 誰かに、託す。


『……』


 自然とラルフに目がいった。


「なに?」

『いや……』


 ラルフの話が本当なら私はそのうち居なくなる。そして私が居なくなる時に、この星では人類の大半を滅ぼす何かが起こる。……その時ラルフは?無事でいられる保証はどこにもない。


『……何かしたかったんだろうね』

「そうなの?」

『多分。……なんか岩掘った人と仲良くなれる気がしてきた』

「へー」

『でも岩じゃないよなあ』

「は?」

『岩って砕けるもんね』

「うん」

『う~ん』

「なんなのアンタ」


 木から背中を離してラルフが歩き出す。


『あ、待ってよ!』


 慌てて後を追う。ラルフが一足先に森を出た。


『あ……』



―――……



 朝の光がその姿を見えなくした。







*****




 強烈な光



 いや



 闇



 どこまでも続く白い闇



 ここは……たしか……



<お前は知ってしまった>



 知った?



<―――>



 ……



<やがてやって来るだろう>



<同じものを持つ者が>



 ……



 同じものをもつもの……




*****




―――ぱちっ



 ふと目が覚めた。……まだ夜だ。


『……』


 またこの夢か。二日続けて見るなんて初めてだ。


 今回も少し分からないところがあった。とても大切なことを言っていたような気がするのだけど……まあ考えても仕方がない。息を吐いてベッドから降りる。窓辺に行って窓ガラスを開けた。



―――キィッ



『え?』


 思わず目を見開いた。



―――……


 

 向かいの建物の屋根の上に少年が座ってる……。頭髪は金色だ。背中を向けてるけど……ラルフ?どうしてあんな所に?


 辺りを見回してみる。商店や民家が並んでいるだけで目ぼしい物は見当たらない。強いて言えばラルフが座ってる建物が一番高くて目立つ……



“空みてた”


“よく見えるよ”



 そういえば前にラルフが屋根にいた時……あの時の宿は四階建てで、他の宿と比べて高さのある建物だった。



―――スッ



 空を見上げる。


『あれ?』


 真っ暗だ。曇っていて星も見えない。



“きれい?”


“みあきた”



 ……そうだ。ラルフが見てたのは空じゃない。じゃあ、何を?


 もう一度、屋根の上に目をやる。



―――……



 月明りがラルフを青白く照らしていた。夜風に金色の髪が揺れる。綺麗だ……消えてしまいそうなくらい、綺麗だ。



―――……ストン



 背中を向けて、ゆっくり窓の下に腰を下ろした。


『……』


 私も起きていようと思ったけれど、疲れていたらしくそのまま眠ってしまった。





―――チチチッ


―――チュンチュンッ



『おはよう』

「zzはよう……」


 食堂で食事をすまして寛いでいると寝惚け眼のラルフがやって来た。


「きょうは目覚ましなかったんだ」

『してほしかった?』

「ぜんぜん」

『それは残念』


 ラルフは半目になりながらも、いつもと変わらぬ超食欲を発揮した。そして朝食を全て平らげると再びコックリコックリし始めた。


「zzz……」

『……』

「zzz……zzz……」


 暫くそっとしておくことにした。





 昼前に宿を出た。空はよく晴れていて風は穏やかだ。



―――ちらっ



 ラルフの眠気が覚めてきたことを確認して、私は口を開いた。


『あのさ、“神”はどうやって世界を終わらせると思う?』

「しらない」


 やっぱりラルフに聞いても駄目か……。今まで聞いたことを整理すると、神は200年に一度、人の力では到底太刀打ち出来ない大きな災害のようなものを起こすらしい。ある時は大洪水、ある時は疫病、ある時は大嵐など……。それは毎回予測不能で今回も何が起こるかは分からない。が、


『地下とかどうかな?』

「は?」


 私の発言にラルフが足を止める。


『今まで神が起こしたことってどれも地上にいると危険なものじゃない?地下に居れば免れることが出来るんじゃないかって』

「じめんの下にすむってこと?」

『そう』

「すめるの?」


 ラルフが目をぱちくりさせる。ああ、そうか。この星にはまだそうゆう施設とかないのか。


『住めるよ。私の仕事場も地下だったし』

「へえ」

『掘ろうか?』

「は?」

『私が居られるのってあと一ヶ月くらいなんでしょ?金使って人雇って……どこまで掘れるかは分からないけど、地上にいるより安全じゃない?」

「アンタがすむの?」

『あんただよ』


 再びラルフの目が瞬く。暫くするとラルフの口角がゆるりと上がった。


「ははっ」

『なに?』

「あははははっ」

『何で笑うの!』


 何でよ。こっちは必死に考えてるのに。


「俺はいいよ」

『え?』


 ラルフはそう言うと、笑いながら視線を落とした。


「死なないからさ」

『……』


 それは私を心配させないために言ったものでは無いようだった。本当にそう思っている。確信があって言っているのだと思った。


 でもだったらどうして……悲しい響きがするんだろう。




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