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ライフ  作者: 道野ハル
1799年
114/162

満点の星



 夜。



―――……


―――……



 全く眠れない。


 あの後ラルフは何事もなかったように私と同じ宿に入り、相変わらずの食欲で夕飯を食べて、おやすみ、と言って隣の部屋に入っていった。



“へんな顔しないでよ”


“なんともないから”



 私のこと……どう思ってるんだろう。どうして何も言わないんだろう。勝手に離れて、追ってきたラルフに酷いことをして……私だったら絶対こんな奴と一緒にいたくない。私だったら……


『……』


 置いていくな。確実に。



―――ギィ……



 ドアを開ける。何してるんだろうって自分でも思う。でも、もう確かめずにはいられなかた。



―――コン、コン



 隣のドアをノックする。反応はない。



―――キィ……



『……だよね』


 ドアを開けると、そこには誰もいなかった。……出て行ったのか。いや出て行って当然だ。これでまだ居たら異常だ。ふざけるなって、はっきり言ってくれてよかったのに……。



―――タンッ、タンッ……



 開け放たれた窓に近付く。身を乗り出すと、街の上にたくさんの星が光っているのが見えた。


「なにしてんの」

『え?』


 顔を上げる。すると、


「そこ、俺のへやだよ」

『……』


 屋根の上に、異常な奴がいた。


『……そっちこそ何してんの』

「空みてた」

『空……?』

「よく見えるよ」


 ……私も上るべきなのだろうか。


『ちょっと、そこで待ってて』


 


―――タタッ


―――ガサゴソ……



 一度部屋に戻って自分の鞄を探る。確か持ってきてたはずなんだけど……


『!(あった!)』


 蓋を開けて中身を確認する。……うん、これなら何とかなる。古ぼけた木箱と小さなランプを持って、私はラルフのいる屋根に上がった。



--------



『わあっ』


 のぼりきって顔を上げると、夜空には満点の星が広がっていた。綺麗……手を伸ばしたら届きそう。


『(ん?)』


 ふいに視線を感じて横を見ると、ラルフが屋根の端で足を放り出しながらこちらを見ていた。


『……?』

「ガキみたいだね」

『は?』

「年そうおう?」


 なんて答えていいのか分からない……。取りあえず小さく肩をすくめておいた。



―――……ギッ、ギッ



 姿勢を低くして、落ちないように気を付けながらラルフがいる端に向かう。周りは静かで何の音もしない。なんだか、この世に私たち二人しか居ないみたいだ。



―――ギッ、……ガシッ!



 ラルフの横に着くや否や、右腕を掴んだ。


『かして』

「は?」

 


―――シュルッ



 返答を待たずにぞんざいに巻かれた布を取る。……血は止まってるけど、傷口はぱっくり空いていた。



―――パカッ……カチャ、カチャ



 ランプを置いて木箱を開ける。そこから必要な器具を取り出した。


「なにそれ」

『縫う』

「は?」

『やったことないけど出来ると思う。抉ったことはあるから』

「えー」

『動かないで』


 ラルフは不服そうだったけど、私が手を動かし始めると、その場で黙ってじっとしていた。



―――……



 神経を集中させて丁寧に縫合する。治るように、早く治るように……。


『……よしっ』

「ヘタじゃない?」

『……』


 縫合は無事に終わったけど、確かになんか汚かった。白い腕に不格好なものが残った。


『……ごめん』


 ごめん……そう口にしたら急に胸が苦しくなった。数々の失態が波のように頭の中に押し寄せる。勝手に出て行ったこと、攫われたこと、助けに来させたこと、痛い思いをさせたこと、傷を残したこと、その傷を上手く縫い合わせられなかったこと、そして


『ごめん、ごめんっ』


 今まで一つも謝れなかったこと。


 なんでこんなに弱いんだろう?なんでこんなに役に立たないんだろう?一人で生きていけるように知識も技術も身に付けたのに。いろんなことが出来るはずなのに。出来ると思っていたのに。


『……っ』


 どうして何もできないんだろう。どうして無力なんだろう。間違ってた?私がやってきたことは、選んできたことは、全部……


「いいんだよ、なんだって」

『……え』

「ただ、そうなっただけだよ」


 ただ、そうなっただけ……



―――……



 そっとラルフを見る。彼は相変わらず、何を考えているのか分からない顔をしていた。


 

―――ぶらんっ……



 ラルフの真似をして足を放り出してみる。フッと身体が楽になったような気がした。顔を上げる。いくつもの星が眩しいくらいに輝いて見えた。


『……すごい星』

「うん」

『いつもこんなに綺麗に見えるの?』

「きれい?」

『え?』

「ああ、うん。これくらい見える」


 ……今、話逸らした?


『……この空、どう思う?』

「え?」

『あんたは、この星がたくさんある空を見てどう思うの』

「みあきた」

『……そっか』

「うん」

『ま、人それぞれだよね』

「え?」


 ラルフが目を丸くする。子供みたいだ……。可愛いと思ったけど、私は何でもないような顔をして話を続けた。


『だって同じ物を見たって同じように感じるとは限らないじゃん。多い方が正しいみたいになってるけど絶対違うよね。どれも誰かが決めたことでしょ?私はそんなものに惑わされたくないね』

「……」

『なによ』

「アンタってたくましいよね」

『?まあね?』

「ははっ」

『ちょ、そんなに可笑し……』


 ……あれ?


 今、ラルフ……泣いてる?


 目の前のこいつはヘラヘラ笑ってる。でも何故だろう。泣いてるように見えてしまうのは。


『……あのさあ』

「うん?」

『その“アンタ”っていうのやめてくれない?』

「は?」

『同い年じゃん。名前で呼んでよ。アンタって言われると……なんか……』


 遠い他人みたいに感じる。


『年下扱いされてるみたいでムカッとする』

「そうなの?」

『そうだよ』

「でもアンタもあんたってよぶよね」

『あんたがアンタって言ってくるからだよ』

「そうなんだ」

『そうだよ……っていうか、そもそも私の名前覚えてないんじゃ』

「おぼえてるよ」

『……言ってみなよ』


 ラルフはすっとヘラヘラ笑いを引っ込めた。そして表情のない顔で、でもどこか悲しそうな瞳でゆっくりと口を開いた。


「サラーフ」



 ラルフに名前を呼ばれた瞬間


 私の奥で何かが動いた




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