迷子Ⅱ
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―――カシャーンッ
「何をしている!……またお前か」
「ご、ごめんなさい……」
「次にミスをしたら牢に入れる。お前の代わりなど幾らでもいるのだからな」
何とかしなきゃ。絶対失敗しないようにしなきゃ。
「おい、聞いたか?次の薬品試験に合格した奴は特別待遇で市民に昇格できるんだってさ!」
「本当か!?俺、受けてみようかな」
市民に、なれる……?
「サラーフ、合格だ」
「!」
「今後も気を緩めることなく従事しろ」
ようやく手に入れた 私の命 私の人生
もう誰にも奪わせない
私が私を守っていく
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明け方。
―――キィ……
金髪が寝ているうちに、私は宿を出ることにした。
―――……
朝の街は静かだ。この世界に自分しかいないような感覚になる。冷たい空気を肺に入れて、私は歩き出した。
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―――ガヤガヤ
―――ワイワイ
『さて、と』
一人で行動するのは不安だったけど何事もなく次の国に着くことができた。大きくて賑やかな国……ここなら何かしら手に入りそうだ。金髪から貰っていた銀貨を握って、私は市場に向かった。
『(薬屋、薬屋……、!あった)』
有難いことに、薬屋には多種多様の薬草が並んでいた。店主に声を掛け、怪しまれない程度の質問をして目当ての物を手に入れる。そのあと道具屋に向かい、薬研や瓶など必要な器具を揃えて宿に入った。
―――バタンッ
―――カチャッ、カチャカチャ
部屋のドアを閉めて、買ってきた物を机に並べる。
『よしっ』
早速作業に取り掛かった。
女一人となれば今までの何倍も危険は増す。そのため護身用に作っておきたい薬があった。私が使っていたのと同じ物はさすがに売ってなかったけど、代用できそうな物はあった。
―――ギッ、ギッ、ギッ……
―――ポタ、ポタッ……
薬草をすり潰し、調合し、幾つかの小瓶に分ける。余った分は少し大きめの瓶に入れた。全て終わるのに、それほど時間は掛からなかった。
……もう一回、外に出るか。できれば仕事も見つけたい。薬を入れた瓶を目立たないように身に付けて、再び街に向かった。
―――ザワザワ
―――ワイワイ
「これくださいな!」
「わあ、美味しそうっ」
「いらっしゃい、いらっしゃーい!」
先ほどよりも人の数は増えているようだった。老若男女、様々な人々が市場でひしめき合っている。
―――フッ
ふと、白い背中が目に入った。
『!』
息が止まる。ゆっくり頭部に視線を向ける――黒髪だ。耳まで伸びる金色ではない。
……っていうか何やってるんだ私は。
「あの~すいません~」
『え?』
ふいに後ろから声を掛けられた。振り返ろうとしたその時
―――グイッ
『!?』
―――ガンッ!!
『っ!……』
頭を強く殴られた。目の前が霞む……意識が遠のく直前に、男の下卑た笑い声が聞こえた。
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「お!おい、起きたぞ!!」
「おお!!本当だ!!」
『……ん?』
頭が痛い。私、なにしてたんだっけ……?
目を動かす。松明に照らされた土の壁が見えた。……ここは、洞窟?状況が理解出来ないでいると視界に髭面の男達がヌッと入ってきた。
「いやあ美人だな!!やったな兄貴!!」
「おう!!へへっ、たっぷり楽しませてもらうとするか」
『……』
最悪だ。私はこいつらに捕まったのか。
「へへっ、大声出すなよ。綺麗な顔に傷付けたくないからよお~」
男が小刀をちらつかせる。くそっ、嫌だ。こんな奴らの好きにされるなんて絶対に御免だ。
―――ズッ、ズズズッ……
『……た、たすけて』
目の前の男達に気付かれないよう、後退するふりをしながら腰回りを探る。……あった。
息を吸い、空いている方の手を大きく振り上げた。
―――ビシィッ!
『あーっ!あれはー!』
「「うん?」」
『(今だ!)』
二人の目が離れた隙に小瓶を取り出す。そして、
「?なんだよ、何もな」
―――ブンッ……パリーン!!
「「ぐわっ!?」」
男達がこちらを向いた瞬間、顔目掛けて思い切り瓶を投げつけた。煙が上がる。髭面たちは地に倒れてもがき始めた。
―――ダダッ
立ち上がってその横を抜ける。私は走りながら男達に顔を向けた。
『なんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いなんだよ!バーカッ!!』
「「ぐぅっ」」
『ははっ!』
愉快だ。ああゆう男を懲らしめるのは特に愉快だ。私は清々しい気持ちで洞窟を出た。その時、
―――ガッ!!
『!?かっ……』
突然何かが腹にめり込んだ。膝だ。あまりの痛さに倒れ込む。一体何が起こっ……
「あたしの弟分たちを、随分可愛がってくれたようだねえ」
『……っ!』
顔を上げると、でかい女が仁王立ちしていた。髭面達のボスだろうか……。女は舐めるように私を見た。
「ふん。一人でここから逃げられるとでも?」
『……』
「あたしはあんたみたいな奴が一番嫌いさ。非力で、誰かに頼らなきゃ生きていけないような脆弱な女」
『……』
「弱い者は食われるのみ。さ、洞窟の中にもど」
『……その通り』
「え?」
いつの間にか痛みは消えていた。……違う。痛みを上回る感情が身体の底から沸き起こっていた。
『何も出来なければ死ぬ。生きるには能力が必要』
「なっ、なに?」
『一人で生きられない奴は、死んでも文句は言えないよ』
―――スッ
懐に手を入れる。一番大きな瓶を摑む。躊躇はなかった。
『くたばれ』
―――ブンッ
―――ザッ
『えっ?ラル』
―――パリーン!!
「『!!』」
―――ジュワァァァァ
『ラルフッ!!』
瓶を投げた瞬間、女の前に金髪の――ラルフが現れた。瓶はラルフに当たって粉々に砕けた。
「!!ひぃっ!!」
女が悲鳴を上げて去る。
―――シュゥゥゥゥッ
『……ラ、ラル……』
ラルフの顔から白い蒸気が立ち昇る。どうしよう、どうしよう……こんなはずじゃ……
「なにこれ。すご」
『!?』
しゃべ……ってる?ラルフが普通に喋ってる?
『ラルフ!!』
弾かれたように頬に触れる。掌に激痛が走った。
『っ!!』
「アンタは触らないほうがいいんじゃないの?」
『や、だって……っ』
「俺だいじょぶだから」
『そんなわけっ』
大丈夫なわけがない。この薬は少量なら命を奪うことはないけれど、今投げつけた瓶には男達にぶつけた物の三倍の量が入っていた。身体にかかれば皮膚を溶かし、そこから毒が全身に回る……あの女にかけるつもりだったのに、どうしてラルフに……
「へんな顔しないでよ」
『え』
「なんともないから」
『……』
「まあ、ちょっと痛いけど」
……何をしたらいいんだろう。何を言ったらいいんだろう。分からない。分からない……
―――シュゥ、シュ……
暫くして、蒸気はおさまった。ラルフの言う通り彼の身体は嘘みたいに何ともなかった。私が配合を間違えたのか……そんなことあるはずないけど……でも、良かった。本当に良かった。
『……あ……腕……』
「うん?」
瓶の破片で傷付いたのか、ラルフの右腕には一本の赤い線が入っていた。
―――びりびりっ
ラルフは自分の服を無造作に破ると、ぐるぐると出血している箇所に巻き付けた。
『……』
「おなかすいたなー」
そして何事も無かったように踵を返して歩き出した。……私の足は動かなかった。
―――くるっ
「なにしてるの」
『……』
「置いてくよ?」
ラルフはそう言って前を向くと、昨日と同じようにゆっくり歩き始めた。
―――……タン……タン……
気が付くと、私の足はその後を追っていた。
『……』
「……」
やはりお互い喋らない。山を下り、川を渡り、黙ったまま街に入った。
―――……スッ
そっと右腕に巻かれた布に目をやる。
雑に巻かれたそれは、傷を見えなくすることしか出来ていなかった。