声
―――……
ラルフは一人夜の森に佇んでいた。
目を閉じて、耳を澄ませる。
―――カサッ、カサッ
―――カササッ
―――カサカサッ
音がした。静かだが、確実にこちらに向かってきている。
―――ザッ
後方から何者かが飛び出した。
―――ザザッ
―――ザザザザッ
それが合図だったように、四方から大勢の人間が森の広場になだれ込んできた。
―――ダンッ
ラルフは地を蹴り、願いの書の上に飛び乗った。下を見る。そこには数十人のローブの――クラーレの者達がいた。
―――シュッ
―――シュシュッ……
抜き身の短刀が鋭く光る。ラルフは息を吐いた。そして
―――バッ
自らクラーレの中に飛び込んだ。
「「「「「!」」」」」
―――ガッ
「!ぐっ!!」
―――パシッ……タタッ
一人の男から短刀を奪い、広場の端へ走る。
―――ドドドドドッ
男達は瞬時に追い掛けて来た。ラルフは、くるりと身を翻した。
―――ザンッ
―――ザシュッ
―――ドッ
迫りくる者達を斬りつけて、薙ぎ払う。
「うっ!!」
「ああっ」
「!!がっ」
男達は次々と地に倒れていった。
―――……
―――……
残るは、あと一人となった。
「はあっ、はあっ……」
男は荒い息を繰り返しながら短刀の切っ先をラルフに向けた。
「どうゆうつもり?」
「……っ」
冷たく、抑揚のない声に男は足を震わせた。が、すぐに力を入れて何とかその場に留まった。
「……なんのことだ」
「殺す気ないよね」
―――ゴクッ……
男は唾を呑み込むと、ラルフを見据えてゆっくり口を開いた。
「……ゴデチア様からの伝言だ」
「……」
「明日の日没、オウド国の北の森で待つ……」
「……」
「女もそこにいる」
「女?」
ラルフの眉がピクリと動く。
「異星の……!」
―――ダンッ
―――ガッ
「!!がっ」
一瞬だった。気が付くと男は首を掴まれ、地面に押し付けられていた。細い指が男の気道を圧迫する。
「……あっ……ああっ……」
「何処にいる」
「ぅっ……っぅぅ」
「答えろ」
「……っ」
―――フッ
突然、気道が解放された。男は咳き込みながら恐る恐る目線を上に向けた。
「!」
そこには
「たのむよ」
「……」
「おしえて」
自分に向かって無防備に頭を下げる少年の姿があった。……月明りが照らす華奢な身体は今にも折れてしまいそうだ。
男は咄嗟に唇を噛み締めた。
「……あの御方は、お前が一人で来ることを望んでいる……」
「……」
「一人で行かなければ、女の命はない」
―――バッ
男は立ち上がると、そのまま森の中に姿を消した。
「ぐっ……」
「ぅうっ」
「……っ」
時を置かずに地に倒れていた者達が自力で体を起こし始めた。
―――ズズ……
―――ザザッ……
男達にもう戦う意思はないようだった。彼らは短刀を鞘に収めるとラルフとイオリが運んできた二人を抱えて、這うように広場を出て行った。
―――……
―――……
ラルフと、願いの書が残された。
―――ぱたっ
ラルフは仰向けに倒れた。月と多くの星が飛び込んでくる。咄嗟に腕で両目を隠した。
「……」
声が聞こえた。色んな声が。頭に、心に、身体に響く。指を握り込む。強く握り込む。握り込んだ手は震えていた。
―――ふっ
暫くしてラルフは手を解いた。腕をどかして起き上がり、広場の入口に向かって歩き出す。
―――……
岩の前まできた時――ふと足を止めた。
―――……すっ
ゆっくり手を伸ばす。冷えた指先が岩肌に触れる。
“ラルフは、人間でいることを諦めてしまったんだね”
「そうだよ」
ぽつりと呟いた言葉は夜の闇に呑まれた。
オウド国Ⅱ【完】