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ライフ  作者: 道野ハル
カタス国
11/162

キヨズミ



「マサコさん」

『え?』


 気まずい昼食を終えて食堂を出ると、涼やかな声に名前を呼ばれた――ソラノさんだ。


「マサコさんさえ良ければ、このあと街を案内しようと思うんだけど……どうかしら?」

『えっ!?』


 え、ソラノさんと二人で!?な、何で?どうして私に……


「ソラノ殿、仕事は大丈夫なのか?」

「ふふっ、今日は半休なの。だから午後からはお休み」


 ……それって貴重なお休みなのでは?そんなお休みを私なんぞの街案内に使わなくても……


「……いいんじゃねえか?ソラノと一緒なら安全だ」

『!』

「マサコさんは……どう?」


 遠慮がちに私を見るソラノさん。……か、かわいい。これ断れないでしょ。断れる人いないでしょ。


『よ、よろしくお願いしますっ』

「こちらこそ。じゃあ、行きましょうか」

『は、はいっ』


 私はドキドキしながらシンイ廷を出た。




―――ザワザワ


―――ワイワイ



 ソラノさんと二人きりだなんて、どうしよう、なに話そう……。と思っていたけれど、その心配は無用だった。


「あのお店の装飾、変わってるでしょう?小さい頃、友だちと変だねって話してたら、お店の人にすごく怒られたの」

『ええっ』

「ふふっ、それから暫くは、あの前を走って通るようになったわ」

『!かわいいですね』


 ソラノさんは話すことも、話を聞くことも上手だった。


「マサコさんの星には、ああゆう建物あるのかしら?」

『あ、はい、ありますっ』

「そうなの!この星と、結構似ているのかしら?」

『そう、ですね……。この国は、似てるところが多いかも、です』

「そうなんだ……。なんだか面白いわね」


 寺院、商店、大きな橋……。ソラノさんに連れられて、色々な所を見て回った。



「たくさん歩いたわね、ちょっと休みましょうか」

『あ、はいっ』




―――サワサワサワ……


―――ピチチチッ……



 街の中心から少し離れた場所にある大きな公園にやってきた。なかに入ると水草の浮いた池があり、池の真ん中には中国風の塔が建っていた。災害が続いた年に、厄払いとして建てられたそうだ。


「座りましょう」



―――スッ



 池のほとりにある椅子に、私とソラノさんは腰を下ろした。


「この時間だと人も疎らね……。私、賑やかな場所よりも、ひっそりしてる所が好きなの。……陰気でしょ?」

『あっ、いや!わたしも、です』

「えっ、そうなの?……ふふっ、一緒ね」



―――サワッ



 気持ちの良い午後の風が私たちの間を吹き抜けていく。


「マサコさんは、こっちに来てどれくらいになるのかしら?」

『あ、えと、10日くらいです』

「そう。……なにか困っていることはない?あの三人はとても信頼できるけど、女の子一人だと大変でしょう?」

『!あ、まあ、あの、服がなくて困ったこともあったんですけど、買ってもらえたんで、大丈夫です!』

「そう……。もし何かあったら、遠慮なく言ってちょうだいね」


 なんて良い人なんだ……。美人で副隊長さんでそのうえ良い人だなんて、完全無欠とは、まさにこの事……


「……あの、キヨズミ隊長のこと、ごめんなさい」

『え?』


 突然、ソラノさんが暗い声で言った。

 

「オウド国の信頼を得るのは、カタス国にとって重要なことだわ。でも、それとセンコウは別の話よ。第六班の皆は、特にセンコウの仕事に誇りを持っている。隊長も分かってるはずなのに……」

『……』

「だから、」


 涅色の目が、私を見つめる。


「マサコさんも、イオリくんたちも、納得いかないのであれば断ってくれていいのよ。キヨズミ隊長もきっと……最後はみんなの気持ちを汲み取ってくれるはず」

『……』


 最後の方は、ソラノさんの願いのように聞こえた。


『……あの……オウド国に行くというのは、危険なことなんですか……?』

「え?」

『あ、すいません!私、あんまり状況が分かってなくて……。あ、神様を捜してるとか、200年目とかは聞いたんですけど……』


 そう、私には知らないことばかりだ。


 神様のこともオウド国のことも、この星の住人でない私には関係ないことかもしれない。


 でもソラノさんは真っ直ぐ目を見て話してくれた。だから私も、“関係ない”ですませてはいけない気がした……。


「……そうよね。マサコさんには、分からないことばかりよね。ごめんなさい、私、自分の気持ちばかり話してしまって」

『いや!そんなことは……』


 しまった、気を遣わせてしまった……!私が焦っていると、ソラノさんは、ふう、と息を吐いて笑った。


「なんでも聞いてちょうだい!私に分かることであれば、全力でお答えするわっ」

『!、は、はいっ』

「……と言っても、何を質問していいかも分からない、よね?」

『あ、はい』

「マサコさんが知っていることを教えてくれる?」

『は、はい!……えっと……この世界が200年に一度、誰かに滅ぼされてて……それが神って言われてる人で……あ、私は神の孤独に引き寄せられたから、この世界が終わる時に帰れるって……』

「!……神の孤独に引き寄せられた?」

『え?』


 ソラノさんが、じっ、と私を見る。


「それは、誰から聞いたの?」

『え?あの、イオリさんが……』

「……イオリくんが」


 すっ、と薄い瞼が伏せられる。


「言い伝えのことを考慮すれば……そう考えることもできるのかしら?」

『……?』

「!あ、ごめんなさい」


 私が疑問符を浮かべていると、ソラノさんは少し戸惑ったように笑った。


「正式な情報として出ているものではなかったから、ちょっと驚いちゃって……。でも、そう考えることもできそうだなって」

『……』

「あ、この世界が終わる時に帰れるっていうのは本当よ!過去の記録も残っているから。心配しないで!」

『あ、はいっ』

「他には、何かあるかしら?」


 私は他にも自分が聞いたことをソラノさんに話した。上手く説明できなくてひっちゃかめっちゃかになってしまったけど、ソラノさんは頷きながら最後まで聞いてくれた。


「……なるほど。よし!ちょっと待っててね」

『?』


 ソラノさんはそう言うと地面にしゃがみ込み、近くにあった小石で砂に何かを描き始めた。



―――コツ!



「できた!これがこの星の地図よ」

『!』


 そこには、大きさの違う大陸のようなものが二つ描かれていた。間にあるのは……海かな?


「こっちが、私たちがいる東側」


 ソラノさんが小さいほうを指す。


「そしてこっちが、オウド国のある西側」


 大きいほうだ……。


「この世界には、東と西の二つの大陸があるの。東に住む人間は天災を引き起こす者を神と呼んでいるけれど、西ではその思想は薄く、奥地では悪魔とさえ呼ばれているわ。でも、」


 ソラノさんは西側の端を指した。


「オウド国だけは、西の奥地にありながら、神を信じている国なの。周辺の国はそんなオウド国を忌み嫌い、何度も戦争を仕掛けた。でも……オウド国は、未だに一度も侵略されていないの。国王が持つ“奇跡の技”を、皆が恐れているからだと云われているわ」

『……奇跡の技?』

「死んだ者を生き返らせる技」

『!?』


 死んだ者を生き返らせる……!?


「真相は分からないけれど、王自身もその技を自分に使ってると云われているの。現に彼女の齢は200歳を超えているわ」

『200!?……え?、というか、彼女って……女の王様なんですか?』

「ええ。人前に出ることはもう殆どないようだけど、彼女がオウド国を動かしているわ」

『へえ……』

「数年前、王は東側諸国と次々に同盟を結んだ。共に神を救おう、有事の際は互いに協力しよう、我々は同盟国への支援を惜しまない……と。カタス国もそう」


 そう言うとソラノさんは池の中の塔を見た。


「……災害が続いた年は、オウド国の支援無しではとてもやっていけなかったわ」

『……』

「そのオウド国から敵国の調査に協力して欲しいと依頼がきた……。こんなことは初めてよ。……敵国の調査に協力するということは、その敵国と戦う可能性があるということなの」

『えっ』


 ふと、ラルフさんの言葉を思い出した。



“神のために動くのはやめて、武器をもって国に協力しろってこと?”



「停戦中とはいえ、オウド国の周りは敵だらけよ。何が起こってもおかしくないの……」


 そんなに危険な状況なんだ……。


「東も西も言語は変わらないけれど、西では訛が強くて、意思疎通が困難な地域があるの。だから……マサコさんのように、全ての言語を解する能力を持っている者は、とても貴重なのよ」


 ソラノさんが悲しそうに笑う。私はどう答えたらいいのか分からなくて、目を逸らして頷いた。


『……』


 世界地図に落ちる二つの影が、とても小さく見えた。




 夕方。シンイ廷に戻ると、中庭の椅子にユラさんが腰掛けていた。


「ソラノ殿、タナカ殿!今戻ったのか?」

「ええ、長い間連れ出してしまってごめんなさい。……マサコさん、楽しかったわ。ありがとう」

『あっ、いや、私こそっ』

「皆、今日はシンイ隊舎に泊まるんでしょう?」

「無論!金が無いからな!」


 どーんと言い放つユラさん。ユラさんは堂々とするところが、ちょっとズレてる気がする。


「ソラノ副隊長―!」


 遠くからソラノさんを呼ぶ声がした。隊員の人だ。


「すみませーん!ちょっと確認していただきたいことがっ」

「いま行くわー!」


 そう返事をすると、ソラノさんは私たちを見て少し悪戯っぽく笑った。


「特別手当付けてもらわなきゃ」

「大変だな。休みだというのに」

「本当よ。じゃあ、また……」

「ソラノ殿、」


 背中を向けかけたソラノさんを、ユラさんが呼び止めた。


「明日、もう一度キヨズミ殿と話すことになっている」

「……そう」

『……』


 ゆっくり休んでね、と言ってソラノさんは去って行った。



―――……



 明日、また話すんだ……



“キヨズミ隊長もきっと……最後はみんなの気持ちを汲み取ってくれるはず”



 ……言い合いにならないといいな。


「タナカ殿も座ったらどうだ?」

『!あ、はい』

 

 ユラさんに言われて椅子に腰を下ろした。


『……』

「……」

『……』

「……」


 ……あれ、なんで座ったんだっけ?ユラさんは黙っている。私も黙っている。


『……』

「……」


 こ、これは、気まずいやつだ……!


 イオリさんとの散歩同様、共通の話題を見つけられず、ただただ沈黙に耐えなければいけないという謎のプレッシャータイム……。


 な、なんか話せることないかな?あ、今日食べた物とか?いや、でもいきなり食べ物の話するのも変だし……。


「ソラノ殿の街案内は、いかがなものだったのだ?」

『!』


 喋ってくれた!


『あっ、えっと、色んな所に連れてってくれました。お寺とか、公園とか……』

「そうか。……それは良かった」


 ユラさんが、ふわりと笑った。


「……タナカ殿から見て、キヨズミ殿はどう見える?」

『えっ?』


 見惚れていると、いきなり質問がとんできた。キ、キヨズミさんがどう見えるかって?え、どうって……ちょっとしか会ってないし……


『……き、きびしそうな人だなあって』

「……そうか。いや、急にすまなかった」

『……』

「……俺は、カタス国の南にあるヨミ砂漠の出身なのだが」


 あ、やっぱり砂漠に住んでる人なんだ。服装がそんな感じだもんね。


「キヨズミ殿も、ヨミ砂漠の出身でな」

『え?』

「いや、センコウになるまで面識はなかったのだが……噂だけは聞いていてな」


 ……噂?


「昔、ヨミ砂漠に人攫いが侵入したことがあった……。奴らは子供を狙い、手あたり次第に攫った。異変に気付いた王が軍を向かわせたが――到着した時には、人攫いはヨミ砂漠の住人に既に捕らえられていたという」

『……』

「人攫いを捕らえる為に動いたのが、当時まだ子供だったキヨズミ殿だ」

『!』


 そう言うと、ユラさんは赤い空を仰いだ。


「……友人が、その人攫いに捕らわれたらしい。キヨズミ殿は自ら囮となって敵の隠れ家に入り、隙を見て友を解放し脱出した。そしてその足で砂漠の住人の若者たちに隠れ家を伝えに行き、その者たちによって人攫いは捕らえられた」

『……』

「キヨズミ殿は強く、頭の回転も速い。ヨミ砂漠出身の者がシンイ隊に入隊し隊長の座に着くのは、容易なことではないのだ。隊長になってからも、キヨズミ殿は数々の功績を上げている。だが……出世のためなら手段を選ばないと、彼を非難する者もいる」


 イオリさんが、そうなのかな……。


「しかし、」


 ユラさんは小さく顎を引いた。


「俺は、友のために動いた者が、己の出世のためだけに動くとは思えないのだ……」



―――サアアア

 


 風が吹いた。風はユラさんの長い髪を、ふわっと後ろになびかせた。


「人は変わる、と言う者がいる。だがそれは表面に近い部分が変わったように見えるだけで、内側は、本当の内側は、変わらないと思うのだ」


 ユラさんの瞳は、揺れながらも前を見ていた。私は黙ってその横顔を見つめた。



―――……



 しばらくすると、ユラさんはハッとしたように顔を上げた。


「……あ、また急に、すまなかった!だが、タナカ殿に話したお陰で整理がついた。ありがとう」

『い、いえ!』

「よしっ、隊舎に向かうぞ!思う存分タダ飯を食おうではないか!!」


 ユラさんが勢いよく立ち上がる。私も慌てて立ち上がった。朱色の中庭を横切って、二人で門へ向かう。


『あ、あの、イオリさんとラルフさんは?』

「うむ。イオリはキヨズミ殿と同じ空気を吸いたくないと言って街へ出た。夕食ギリギリまで、外に居るつもりであろう。ラルフは自由行動だ。奴も夕食までには戻るであろう」

『そうですか……』


 イオリさん相当怒ってたからなあ……。街でちょっとでも気分転換できてたらいいけど。


 そういえば、ユラさんは今まで何してたのかな?……買い物かな?あ、でもお金ないのか。じゃあ、ユラさんも散歩とかしてたのかな?いったん外に出て、ここに帰ってきて……


『(あれ?)』


 なんでユラさんは中庭にいたんだろう?もう、シンイ廷に用はないよね?だったら隊舎に行けばいいのに……。


 ……あれ、もしかして


「?、どうしたタナカ殿?」

『!……や、いえ、あ、お腹すきましたね!』

「え?」


 ユラさんの目が丸くなる。


「……そうだな。どんな夕食か楽しみだな!」

『は、はいっ』


 そう言って笑いながら、ユラさんは私の頭をポンポンと叩いた。




―――サアアア……



 本当は、“待っててくれたんですか?”って聞いて、ちゃんとお礼を言いたかった。


 でも、違ったら恥ずかしいから聞けなかった。


 そんな自分が嫌だった。




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