動く
―――ザワザワ
―――ワイワイ
朝食をとった四人は火薬職人の調査をするため、街へ出た。ラルフは宿を出てすぐに姿を消してしまったので正子、イオリ、ユラの三人で一軒目の工場に向かう。
『……』
「……」
「……」
正子の様子がおかしい、とイオリもユラも思っていた。
朝、ラルフと共に食堂に降りて来たのだがその時から変だった。しかし正子自身はその件に触れられたくないようだ。二人は何と声を掛ければいいものかと思いあぐねていた。
「……タ、タナカ殿!元気がないぞっ!!ア、アレだ!!ラルフと何かあったのだな!?」
思いあぐねた結果、ユラが直球を投げた。正子の肩がピクリと動く。
『……いえ、べつに……』
「「(絶対なんかあったな)」」
『あー、今日もいい天気ですね』
「……そうだな」
「う、うむ!良い陽気だ!ラルフがいたら確実に居眠りするような!!」
「(おいっ!!)」
「(はっ!!)」
『……』
「……」
「……」
『お昼ご飯、なにがいいですかねー』
「そ、そうだな、昼飯どっかで食わないとな……」
「はははっ!ラルフがいないから財布の中身を気にしなくてす」
「(だからっ!!)」
「(はっ!!)」
『……』
「……」
「あ!!二人とも!!あれが一軒目の火薬工場だっ!!」
気まずい空気を吹き飛ばそうとユラが大袈裟に数十メートル先にある小さな工場を指した。街を歩く人々が訝し気な目で三人を見る。
「……お前バカ?ホントにバカだな」
「なっ!こ、これは作戦なのだ!!敢えて怪しい人物を装い相手を警戒させ、ふとした瞬間に優しさを見せて油断させるという」
「無理だろ!意味わかんねえよ!」
「……何か用ですか?」
「「『!!』」」
気が付くと、荷物を抱えた作業着姿の男が三人の傍に立っていた。
「うちの工場に、なにか……」
「!あ、ああ……俺たちは旅の者なんだが、知人に頼まれてな……この国の火薬製造方法を調べてきてくれって」
「へえー……」
「「『……』」」
男は怪しいといった目つきで三人を見たが、やがて軽い口調で話し始めた。
「街の火薬工場を訪ねても無駄だよ」
「え?」
「俺たちがやってるのは末端の作業さ。国からの指示で言われたものを作ってるだけ。二年前まではそれぞれの工場で造っていたが……それも単純なもんだ。あんたたちが求めてるようなものはないと思うよ」
「失礼、なぜ二年前から変わったのですか?」
ユラが半歩前に出て訊ねた。
「アメリア国と停戦状態に入ったからさ。俺たち火薬職人は本来なら職を失うところだったがエポナ様のご厚意で仕事を与えてもらったんだ。本当に偉大な御方だよ……国の工場だけでことたりるのに、わざわざ俺たちに仕事を与えて生活を支えてくれてんだ……」
思わず涙ぐむ男を三人は複雑な心境で見ていた。彼の気持ちは理解できるし王の心遣いも立派なものだと思うけれど……もしかしたら、この優しさの裏で恐ろしい何かが起こっているかもしれないのだ。
「……よく分かりました。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございま」
「!あ、そういえば……」
「?、なんでしょうか?」
男はスッと遠くに見える林を指した。
「あの街外れの林にも火薬職人がいる――そいつの親父が腕の立つ職人だったんだが気性が激しい奴で停戦後も一人で火薬を作り続けていた。親父は死んで、今は息子が後を継いでいるが……噂では息子も火薬を作っているらしい」
「……しかし、作ったところで使い道がないのでは?」
「そうなんだ。でもそいつは飢えることもなく飄々と生き続けてる……国内で売れないから、闇のルートを使って国外に売りさばいてんじゃないかって皆言ってるよ」
「……なるほど」
「『……』」
ありがとうございます、と頭を下げて正子達はその場を後にした。
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街の喧騒から離れて、静かな路地に入る。周囲に誰も居ないことを確認するとイオリはゆっくり足を止めた。
「どう思う」
ユラと正子もその場に止まる。
「噂に過ぎぬかもしれぬが気になる話だ。行く価値はあるだろう」
「ああ……」
イオリはちらりと正子の様子を伺った。
「……」
『……』
彼女は不安な顔をしていた。これから探る相手がどれほど危険な人物なのか分からない以上、連れて行くべきではないだろう。
―――スッ
軽く息を吸い、イオリは二人に向き直った。
「お前らはこのまま街で情報を集めてくれ。俺はその火薬職人の所に行ってくる」
「分かった」
『……』
「……タナカ?」
『えっ?』
慌ててイオリの顔を見る正子。いつも通りの彼女だ。しかしその直前、イオリが一人で行動する旨を告げた時、彼女の瞳は何かを訴えていた。
「……なんか言いたいことあったら、言っていいんだぞ」
『!』
正子の目が見開かれる。彼女は小さく口を開いた。が、そこから言葉が出てくることは無かった。
―――……
イオリとユラは待った。暫くすると、正子は呟くように話し始めた。
『……いや……あの……ほ、本当は、イオリさんとユラさんの二人で、その、噂の火薬職人さんの所に行った方が、いいんだろうなあって……』
「「!」」
『で、でも、私がいると、足手まとい、というか……いや!あの、気を遣ってくれて、危ないからとかそんな感じで、気を遣ってもらっちゃってて……もうほんとすみませんって感じなんですけど、でも、そうするしかないですもんねって、思ったり、して……いや、あの……すいません……』
そう言うと正子は俯いてしまった。ひゅう、と冷たい風が路地を吹き抜ける。
「……タナカ殿」
ユラが静かに正子の前に立った。
「我々は自分たちがしたいようにしたまでだ。謝る必要などない」
『……』
「しかしそれでタナカ殿を傷付けてしまったのなら、謝るのはこちらの方だ」
『え』
「申し訳ない……」
『えっ、いや、そんなっ』
違うんです、と大きく手を振る正子。
『あのっ、違うんです、そんなんじゃなくて、あのっ、そのっ、だからっ……ぅっ、う゛う゛う゛う゛―っ』
「「!?」」
突然泣き始めた正子に二人は大きく動揺した。
「タ、タナカ殿!?」
「おいっ、どうした?」
慌てて正子を取り囲む。正子は涙と鼻水を流しながら子供のように口を開いた。
『ぜんぶ私が悪いんでずっー゛!なんもじなぐでっ゛、興味なぐでっ゛、なんも知ろうどじないでっ゛!!』
「……」
「……」
『だがら分がんないじっ゛、な゛んもでぎないじっ゛、ラルフよぐ分がんないじっ゛!!』
「「(……ラルフ出てきた)」」
『誰のごども分がんないっ゛!分がんなぐでいいど思っでだがらっ゛!でもなんが嫌でっ゛!今は嫌なんでずーっ゛』
ううっと呻きながら正子はその場に座り込んでしまった。
「……」
「……」
―――スッ……
ユラは正子の傍にしゃがみ込んだ。
「タナカ殿」
そして、ひくつく彼女の肩にそっと手を置いた。
「きっと、分からないのではないのだ」
『……え゛?』
「見ようとしなかったから見えなかった。それだけのことだ」
『……』
「見えたら迷うかもしれぬ。すぐには身体が動かず、つい動かない方を選択してしまうかもしれぬ。だが……」
ぷつりと言葉が切れた。正子はユラを見つめた。光を宿した灰色の瞳がまっすぐ正子を見つめ返してきた。
「動いてみた方が面白い」
『……』
ふっ、とユラが不敵に笑う。
「予定変更だ!三人で噂の火薬職人の元へ向かうぞ!!」
『!』
ユラは拳を突き上げると軽快な足取りで歩き出した。
「だからお前はいちいち声がでかいんだよ」
文句を言いながらイオリが続く。
「タナカ、行くぞ」
『え、あ』
「きたかったら来い」
『……っはいっ』
正子も歩き出す。二人の後を追って路地を出た。
―――タンッ
『あ』
―――……
路地から出て目にした街には、白い光が射していた。