異星へ
「―――は――でいることを諦めてしまったんだね」
誰かが 悲しそうに呟いた
「約束だよ」
二つの手
繋がって
遠く遠く離れていく
……
これは 誰?
どうして
どうしてこんなに寂しいの?
****
―――♪〜♪〜♪
「……あ、夢か」
携帯のアラームで目が覚めた。画面の時間は16:00――そうだ、ギリギリまで昼寝を粘るためにこの時間にしたんだった……。すぐに起きて仕度しないと、ゆっくりしてたらバイトに遅刻してしまう。
「正子〜、時間大丈夫なの〜?」
「!、大丈夫〜!」
台所から、ここぞというタイミングで母のお節介が飛んでくる。だから今準備しようとしてたんだってば!と心の中で反抗しつつ、椅子に被せてあるパーカーを黙って剥ぐ。
「雨上がったみたいね~、今日はもう降らないみたいよ」
「!」
その情報は有難い。よし、じゃあ自転車で行こう。
部屋を出て、玄関に置いてある鍵を取りながらクタクタの靴を履く。遠くから聞こえた“いってらっしゃい”に慌ただしく返事をして、私は足早に家を出た。
―――シャーッ
緩めにブレーキを握りながら団地の坂を下って行く。ふと、道の脇に植えられたイチョウが緑色になっていることに気が付いた。……そっか、もう一ヶ月経ったんだ。
“皆さん、卒業おめでとう”
“プロの声優になった貴方達と現場で会える日を楽しみにしています”
私はこの春、声優の専門学校を卒業した。在学中は実習とか発表とか、やる事がたくさんあったから、目の前のことに全力で取り組んでいたら、あっという間に二年が過ぎていった。今振り返ると、充実していたんだと思う。クラスメイトと一緒に頑張る毎日は、なんだかんたで楽しかった。
でも一つ、大きな勘違いをしていた。学校に通う=声優になれる、ではないのだ。
現に私は今、何者にもなれてない。朝起きて、ご飯食べてバイトしてテレビ見て……そんな日々を繰り返している。不幸だなんて思わない、死にたいなんて思わない、でも、どう生きていけばいいんだろう?と漠然と思う。
そんなことを考えているせいか、最近は何を見てもあまり面白く感じない。大好きだったはずの漫画もアニメも、
―――スッ
―――……
「……」
雨上がりの夕空も。
―――パッパァーッ
―――ブロロロッ
信号の青が続いたのでスムーズに大橋の手前まで来れた。この時間でココなら大丈夫だ。余裕で出勤時間に間に合うだろう。
「よいしょっ……」
お尻を上げてペダルを漕ぐ。上がって下がるって無駄だよなぁ、と思いながら車が走る脇を慎重に進む。てっぺんまで来ると、当たり前だけどオレンジの空が近くなった。
―――シャーッ
再びサドルに座って橋を下る。今日、お店混んでるかな?明日は休日だから、もしかしたら遅い時間に結構来るかもしれな……
「……うん?」
あれ、なんだろう?なんだか景色に違和感が……。でも、特に変なものはない。いつも通りの道路、建物、帰宅ラッシュの車やバイク。うん、普通だ。普通なんだけど……
―――カッ
「え」
―――パァァァァッ
うそ、目の前が白く……
―――ヒュゥゥゥゥ……
あれ?私、落ちてる??……橋から!?
―――ドサーッ!!
『っつ~……?』
……うん?けっこうな高さから落ちたはずなのに、あんまり体が痛くない……。それに何か地面も柔らか……
「ねえ、どいてくんない?」
『え?』
「重いんだけど」
え、大地が喋っ
『……』
「きいてる?」
目を向けると、そこには大地ではなく、大地と同じ目の色をした金髪の少年がいた。……これは、どうゆうこと?
「……てめえ、何者だ」
『へっ!?』
唐突に聞こえたドスの効いた声に振り返ると、黒い着流しに白い羽織を着た恐そうなお兄さんが立っていた。な、なんで和服?あ、お茶とかやってる人??でも今、てめえって言った……?
「ねえ、いつまでそこにいるの」
『!あっ』
―――バッ!
とりあえず少年から離れる。そして離れて立ち上がった瞬間――私は自分の目を疑った。
『…………あれ』
ここ……どこ?
―――サワサワッ
―――サァァァッ……
目の前にあるのは見慣れた道路でも目指していたバイト先でもなく……緑色のだだっ広い草原と、どこまでも続く青空だった。
「どこから来たの?」
『えっ』
呆然としていると少年がくりっとした瞳で訊ねてきた。
『え、よ、横浜市……』
「ヨコハマシ?それ国のなまえ?星のなまえ?」
『は……』
何を言ってるんだ、この子は?
「……ラルフ、まさかこいつ」
「うん、異星人だね」
『えっ!?』
なにそれ!?なんで地球外生物扱い!?
―――ずいっ
「あのね、」
『!』
綺麗な顔が眼前にきた。端正な唇がひらりと開く。
「ここは宇宙のなかのべつの星。アンタはたまたま、やってきた」
『……』
「でもそのうち帰れるよ。この世界が終わるときに」
……
……なんのはなし?
「……ラルフ。それじゃ分かんねえだろ」
「じゃあ、あとイオリよろしくね」
「はあ!?」
少年に振られた和服の……イオリと呼ばれた人は、あからさまに戸惑った顔をした。
「……あー、この星はだな」
―――バッ!!
「歩きながら話そうではないかっ!」
『わっ!?』
ワケが分からず固まっていると、突然、私と和服の人の間に民族衣装的なものを纏った人が入ってきた。腰まで伸びる艶やかな黒髪の……男の人だ。その人は灰色の目を瞬かせると、不自然なくらい明るい声で言った。
「初めまして異星人殿!俺はユラ、あっちはラルフ。そしてこの目つきが悪いのはイオリだ!」
「おい」
「来たばかりで申し訳ないが、ご同行いただけますかな?我々は一刻も早く次の国に入らねばならぬのだ!」
??国に入る?
―――ザッ!
「さあさあ。こっちだ!」
『えっ』
なにこれ、付いていく感じ??いや、でもこんな得体の知れない人たちと一緒に歩くなんて危ないんじゃ……。
「……まあ、とりあえず来い。とって食ったりしねえよ。これからどうするかは次の国に入って考えりゃいい」
『……はあ』
なんだか促されて(流されて?)、私はこの人たちと行動を共にすることになった。……ホントに大丈夫?
※2024年3月より、pixivで一話から改稿したものを表紙つき(表紙のみAI作成)で掲載中です。そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
https://www.pixiv.net/novel/series/11738143