第九話 切り札
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
12月中に更新予定でしたが、思いの外時間が取れずこんな時期に……ここからはペースアップしていくので重ねて宜しくお願いします。
目標は3月中の1章完結です。
見覚えのある白い天井。病室か。
「起きたか実験動物。」
覗き込んだのは猫背に白衣を引っ掛けた老人ーー活性器を開発した天才科学者、宮地片白。寝覚めに一番見たくない顔だった。
「……もしかして解剖されそうになってます?」
「いや、もう終わった。」
慌てて体を起こし腹部に目をやる。シーツ越しにはおかしなへこみも膨らみも無いが、めくったらグロ画像が広がっているのか。
「ケケケ、儂が非道な真似をしたとでも思ったか?」
「正直に言えば、はい。」
モルモット呼ばわりだし。
「今、人工臓器の培養ーースペアの研究をしとってな。御主の細胞で遊んどったら丁度死にかけと聞いたから提供してやったのよ。」
「そ、そうですか。ありがーー」
「認可を待たずに試せてWin-Winというやつじゃな。」
そんな物勝手に埋め込むな。やっぱりモラルねえじゃねーか。
「ーーとうございました。」
他人の細胞でこの野郎と思いつつ、助かったのも事実なので礼を絞り出す。
「スペアはどのくらいのペースで作れますか?手足の複製も可能ですか?」
「出来るが今のところ個人でやっとるからのう。旧海に任せれば早いじゃろうが、何に使うんじゃ?」
「フェイントに使おうかと。片腕を失っても止まらず攻撃すれば魔獣も驚くかもしれませんし。」
気を取り直して答えた途端、宮地の顔から飄々とした笑みが消えた。
「ふざけているのか。」
怒りを内包しながらも底冷えする低い声。
こめかみを押さえて溜め息を吐くと、一転してつまらなさそうに言い捨てた。
「そういうことならこの研究は中止じゃ。儂は暇じゃない。もちろん新しいスペアもやらん。」
「何でですか!?」
「あの小娘が重宝される理由を忘れたか?高々相討ち狙いのために腕を作れなど、馬鹿馬鹿しい。」
小娘と言うと朱果のことか?”短剣”が使われる理由。”遺骸”を確実に処理できるから?それだけならミサイルでも撃ち込んで魔法ごと粉々にすれば事足りる。となると弾頭費と修繕費ーーコストか。
特にこの街において魔獣戦は勝つか負けるかではなく、どれだけ被害と支出を減らして倒せるかの段階まで来ている。言われてみれば手足を無料で生やせる訳が無い。宮地がさも簡単そうに振る舞うからか、その辺りの現実味が欠けていた。
「失礼しました。今回の費用はいくらでしょうか?」
「要らん。まだ値札が無いからの。金にも困っとらんし。」
費用を重視しているのかそうでないのか分からない返答を残して、白衣を翻し病室を出ていく。
「次に大怪我を負えば終わりと思え。儂の研究は御主の遊び道具ではない。」
遊び道具にしてた本人が言うことか。
心の中でツッコんで気が付いた。あの男にとっては遊びだったのだ。
宮地の真骨頂は次々と新技術を生み出す膨大な発想力にあると、旧海が昔何かのインタビューで答えていた。世紀の発明さえ容易く捨て去る、天才のみ許された取捨選択。文字通り世界を変えられる男。
凡才たる俺にその背は止められなかった。
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一週間後、退院した足で基地へ赴いた。人探しのためだ。
廊下をうろついていると、朱果の後ろ姿が見えた。
「あやーー陽川さんこんにちは。快気祝いに食事でもどう?」
「行きません。」
意表を突く誘いも振り返りすらせず即答される。
「敬語じゃなくていいよ。この前みたいに或君って呼んで。」
「呼んでません。」
「いやいや、流石に無理があるって。」
「幻聴です。意識が混濁していたのでしょう。妄言を吐くならもう五年休んではいかがですか?」
「そこまで言わなくても……」
右に回り込むと左に、左に回り込むと右に。細かく方向転換して横顔しか見えない。
「壁画か?」
再会した時からそうだった。目どころか顔も合わない。左右片面は見れても正面だけはかわされる。見られたくない傷がある訳ではなさそう。かといってふざけている風でもなく。真顔で回っているのはなんともシュールではあるが。
「俺は味があって良いと思う。」
「よく分かりませんが馬鹿にしてますね?」
「美術館行く?」
「いい加減にーー」
「そこまで。」
楽しいやり取りに割り込んだのは魔獣と同じ色を纏う白髪に赤目の男ーー輪泉鈴芽だった。
「彼女が嫌がっているのが分からないかい?」
「ハハー先日はどうも。あなたには関係無い話ですねー」
避けられているのはとっくに理解している。それでも、こちらから仕掛けなければ十数年経とうが進展しなかったのも事実。踏んできた二の足の数が違うのだ。
……まあ、しっかり告白してフラれてもいるが。
「関係が無いなら今築けばいい。どうしても美術館に行きたいなら俺とーー」
ひざまずく輪泉の言葉をバシリと小気味良い音が遮る。バインダーで輪泉の頭をはたいた朱果はそのまま不愉快そうに襟元を掴み引き摺って行く。言葉を被せられたのが余程気に食わなかったのだろうか。
何にせよ今話し掛けても邪魔が入るな。ガードが固い。
しかし、何故輪泉は俺の手を取って朱果を誘っていたんだ?当て付けにしても奇妙。相手を見ずに喋るのが流行りなのか?
「うおっ。」
探し人の声が背後から小さく聞こえたので思考を中断して飛んで行く。
「こんにちは。一週間ぶりですね。」
「どこ見て喋ってんだ!?」
天井を見ながら話し掛けるのは流行りじゃなかったらしい。
「お、俺は悪くねぇからな!お前が『二手に分かれて逃げよう』ってサイン出すから逃げたんだ!危ねぇ道も教えたし、俺のせいじゃねぇ!」
挨拶も抜きで弁明を始めたのはチームメイトの波岸唐草。そんな風に読めるサインだったかはともかく、負い目を感じているようで好都合だ。
「そうです、先輩は悪くありません!」
「!?」
「先輩の予知は正しかった。身を以て体感したからこそ、確信したんです。魔獣戦の新しい切り札になるとーー皆のためにその力を貸してくれませんか?」
「……そんなもん、誰も信じねぇよ。今までもそうだった。」
「俺が信じます!場所を教えてもらえばそこへ行きます。先輩は前線に立たなくても構いません。毎回俺が真っ先に魔獣と会敵すれば、やがて方法を問われるはずです。」
俺がすべき事は三つ。
魔獣を惹き付ける体質こと誘引体質の存在確認、効果範囲や条件の検証、他者への証明。いずれも数多く魔獣と遭遇しなければ始まらない。故に、波岸の探知能力が必須なのだ。
「注目が集まったタイミングで能力を発表して検証に漕ぎ着けましょう。そうしたら皆先輩の力を認めますよ。」
「そこまで言うならーー」
にやけながら同意しようとした波岸の顔が強張る。
「いや、信じられてもこんな変な力持ってたら頭開かれて実験台か、人間に化けた魔獣呼ばわりで殺されるんじゃねぇか?」
「殺されませんよ、そんな時代錯誤な……」
正直なところ、実験台コースは無くも無いが。脳裏に「私が解剖しました」の文字と共にダブルピースをする宮地の写真が浮かぶ。
「いや、やっぱ危ない真似は出来ねぇ。」
……意外と粘るな。さて、どうしたものか。
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色々あって協力してもらえることになった。決め手は誠意だろう。
「四丁目のこの辺り……です。」
「ありがとうございます。行ってきます!」
地図を指差す波岸はこの手法を始めた頃から敬語になってしまった。まるで距離が出来たようだが、元々近くもなかったので問題無い。
誘引体質の発動条件は視認されること。声や臭いへの反応は薄く、かつらやフルフェイスマスクを着けても狙われたのに等身大パネルは無視されたため、姿そのものは重要でないらしい。
周囲を警戒して歩く魔獣を遠目に見付け、角に隠れて報告する。まだ見られる訳にはいかない。
「十四班、魔獣を確認。」
『ドローンを向かわせます。監視を続けてください。』
「了解。」
何度か試して分かった問題が二つ。
一つは、処理班の到着まで保たないこと。
何でもありの魔法を初見で、それも一人でかわすのが難しい。未詠唱なら仕留められるが、詠唱済みなら殺さないよう加減しなければならず、攻撃の機会を与えてしまう。隊員の負傷の七割は初撃で負うらしい。そりゃそうだ。
地雷の魔獣が爆弾に使った生首は、条件も曖昧な内に深追いした第六班の新人ーー同期のものだった。面識こそ無かったものの、刺し違えるどころか死体を利用されてさぞ無念だったろう。
そこで、二人以下の遊撃班が最初に魔獣を発見した場合、誘導ではなく監視と援護に回れるよう鞍林に進言した。これまでも少数班は魔獣発生地点から遠方に配置されていたため、俺が言うまでもなく似た構想はあったのだろう。提案は呆気無く通った。
波岸についても本人と口裏を合わせ、PTSDにより味方を誤射する恐れがあるとして後方待機と単独行動の許可を取った。勤続年数に比べて交戦記録が極端に少なく、数少ない戦闘でも銃を乱射した挙げ句後輩を身代わりに命乞いしたり、二手に分かれて自分だけ逃げたりと申し分無い錯乱ぶりを発揮しているため、そうそう嘘とは断定出来まい。というか本当にトラウマでもあるのかもしれない。あの怯え方は少しおかしい。
もう一つの問題はーーと、他班の到着を目にして位置取りを始める。
正面から組み合う防御力が無いため同じ側には回らない。挟み撃ちだと互いの射線上に立つ上、魔獣が俺に近付く程他班からは的が小さくなるので却下。射線が垂直に交わる十字砲火へ持っていく。
「援護します。」
「また君か!」
魔獣が猛然と突っ込んで来る。この並びでは直角の外、斜め方向に逃げ道を与えてしまうが誘引体質で打ち消せる。以前も十字砲火に巻き込んだ班なのが幸いし、魔獣の急な進路変更にも即応してくれた。
脚を狙った銃声が二発ーーそして、甲高い金属音が二回。
魔獣は一旦足を止めたものの何事も無かったように走って来る。どう見ても無傷。やはり詠唱済みか。後退しつつ発砲してもノーモーションで弾かれる。硬化能力か?条件を見極めないと狙撃どころか”短剣”まで効かない可能性がある。
フィクションだと硬い敵は同じ箇所を攻撃し続けるのが定番だが、そこまでの技量も凹みを視認出来る視力も無い。リロードの隙を埋めるように他班と交互に撃ってもびくともしない。
びくともしない?
魔獣の様子に違和感を覚えた。銃撃が効かない事はとっくに理解したはず。わざわざ立ち止まって受け続ける理由は何だ?ダメージ蓄積のカウンター型か、或いは動けないのか?
「近付くので攻撃を中断してください。」
「何!?馬鹿な真似はよせ!」
制止を無視し牽制射撃をしながら目線すら動かさない魔獣の背後に回る。鎧なら関節に隙間があり脆い。そう思い撃った膝裏も弾を跳ね返した。跳弾が爪先を掠める。
「危なっ。」
恐らくこいつの魔法は全身硬化。無敵の防御力を誇る反面、一分の隙も無いが故に身動き出来ないのだ。設計ミスとしか言い様の無い残念さ。となれば狙撃班に連絡して歩行中に撃ってもらおうか……そこまでしなくてもよさそうだな。
よく見ると呼吸も止まっている事に気付き、ナイフを膝裏に押し当てる。微塵も刺さる気配が無いのを気にせず押し付け続ける。
数十秒経った頃、不意にナイフが沈み込んだ。
「●●●!!」
大振りの裏拳をかわし銃口を向ける。再び硬直した魔獣に確信した。
勝てる。首でも心臓でも予めナイフを当てておけば解除と同時に刺せる。
刺せるが……
「処理班の陽川です。下がってください。」
「……能力は全身硬化。発動中は移動と呼吸が止まるので、息切れまで背後から”短剣”を押し当てるのが有効かと。」
「情報ありがとうございます。」
事務的な呼び掛けに手短な説明で引き継ぐ。もうやれる事は終わった。大人しく引き下がる最中、ふと疑問が浮かんだ。
あの魔獣は近付いてどうするつもりだったんだ?
硬化した肉体での攻撃は不可能。今までの動きを見る限り、筋力は比較的高いものの誤差レベル。
まるで当てさえすれば良いとでもーー
「そいつに触れちゃ駄目だ!!」
怪訝な表情の朱果の足下、魔獣が逆転の一手をーー打つ事無く塵と化していた。
「どうかしましたか?」
「あっ、何でもないです。」
これがもう一つの問題、決定力不足だ。
魔獣を引き付け弱点を分析しても”遺骸”になる恐れがある以上、止めは朱果との合流待ちであり、それなら最初からどんな魔法相手でも当てれば勝ちの”短剣”に頼るのが簡単だ。そこをどうにかしない限り、朱果は戦場に求められる。
「私の役目だから」と言いたくなるのも納得だ。現状、誘引体質を加味しても俺では代わりが務まらない。
「最強の毒”獣鏖無塵”の抗体を持っているのは”普通”だよな?~同じく免疫保持者の幼馴染とイチャラブ無双~」という展開は十中八九存在しない。イチャラブはしたいけど。
人目を忍ぶ暗殺者でもないのに、当てにくいリーチの短い近接武器に強力な毒を練り込みたった一人に携帯を許可するのは、流れ弾や掠り傷で人が死ぬからである。俺の細胞がいつの間にか宮地に横流しされていた点を鑑みても入隊時の血液検査辺りで免疫も調べているはずで、免疫があればこの人材不足で隠しておく理由が無い。
尤も、朱果が魔獣討伐をやりたくてやってるならそれで良い。サポートだけなら誘引体質で事足りる。しかし、真意を聞こうにもデートどころか会話も避けられる現状、辞めたいと思っていた場合に選択肢を示せるよう”短剣”に代わる”遺骸”除去の手段も持っておきたいのだ。
魔法の規模を数値化して”遺骸”の発生率を推定する評価システムを考えるか、確実に自傷も同士討ちも起きず誰でも扱える武器モデルを示すか。
腕を組んで唸っていると、朱果と輪泉の会話が聞こえてきた。
「今度の日曜、買い物に付き合ってよ。」
「良いですよ。」
はぁあああああ~!?
本年は御愛読ありがとうございました。
我ながら説明がくどくて読みにくい上に更新が遅い拙作ですが、読んでくださる方がいて嬉しい限りです。
来年はもっと更新頻度を上げられたらなと思います!
次回「脳破壊」。デュエルスタンバイ!