第七話 目と目が合うと
ゆっくりとこちらを振り返る朱果は、しかし九十度で止まった。
「?」
顔を覗き込もうとすると、また直角に回って横顔しか見えない。
俺の顔に何か付いているだろうか?
そういえば、さっきの魔獣の攻撃で顔が溶けていたんだった。怖がらせてしまったか。
「……どうしてここにいるんですか。まさか魔獣をーー」
『朱果ちゃんがいたから。』は流石にキモいな。
「知り合いの伝があったから、かな。」
「コネ入隊を許すとは腐った人間がいるようですね。」
「いやまあ、伝と言っても締切を融通してもらっただけで、審査自体は全部受かってるから……」
「ーーなるほど。期限後に推薦を通せる人間……」
目が剣呑な光を帯びている。暫く会わない内に幼馴染が不正絶許レディになっていた。旧海の仕業と特定したら殴り込みに行きそうだ。話を変えよう。
「朱果ちゃんこそどうして魔対に?急に引っ越してびっくりーー」
「討伐お疲れ様でした。基地に治療室はありますが、隊員ならば無料で九十九岬病院を利用できます。どちらでもどうぞ。
それから、馴れ馴れしく名前で呼ばないでください。」
「あ、はい。ごめんなさい。」
凍えきった声で事務的に伝えられる。これはいつか有仁が言った通り俺に原因があるのかもしれない。
「いだああああああああ!!」
……すっかり存在を忘れていた。どうやって三年も生き残ったんだ。絶叫する波岸に視線を送ると、他の隊員の肩を借りて立ち上がるところだった。
白髪に赤い目をした男の肩を。
魔獣の色。反射的にマガジンへ手が伸びる。
「何をするつもりですか。あの人は輪泉鈴芽。私のパートナーでーー人間です。魔獣ではありません。」
パートナー。
パートナー。
いや、処理班は二人だから相方をパートナーと呼んでもおかしくない。多分、そういう意味だ。恋慕の響きも無いし。
分かっていても脳内を言葉が巡る。
改めて観察すると、細身ながら引き締まった体をしている。波岸を助け起こす身のこなしは無駄が無く丁寧。明らかに手練れ。腰に提げた日本刀がサブウェポンか。
何より、とてつもなく顔が良い。
「やあ、君も怪我をしているね。歩けるかい?送って行こうか?」
「深手では無いので大丈夫です。」
「あれ?君、三ヶ月ぐらい前に魔獣を引き付けてくれた子かな?」
「えっと、土を生み出す魔獣のことなら、はい。」
「やっぱり!気絶した君を背負って行ったの俺なんだよ。入隊前ってことは、勝ち目が無いのに皆のために囮になったんだろ?立場上こういう事は言っちゃいけないんだけれど、感動した。君みたいな勇敢な子がうちに来てくれて嬉しいよ。俺は輪泉鈴芽。よろしく!」
「桜田或献です。よろしく。あはは……」
握手にハグまでしてくる。爽やかな香水が鼻をくすぐった。
性格まで気さくなのか。完璧だな。
……
何か……ムカつくなぁこの人!
これといって存在しないコンプレックスが刺激される。香水を付ける男にろくな奴はいねえ。そんなこじつけ染みた暴論まで首をもたげる。
嫉妬しているのだ。実力があり朱果のパートナーが務まるこの男に。癪だが、彼がいた方が朱果は安全だろう。闇討ちは下策だ。癪だが。
輪泉が戦闘不能になれば、二人きりの処理班は早急に代わりの人員が要る。基準は不明だが、その時までに強くなっていれば俺も隣に立てるだろうか。
朱果は相変わらず横顔しか見えないやや離れた位置をキープしている。物理的には隣じゃなく正面に立って欲しいかなー……
「……で、あやはさっきから何やってんの?」
あやだあああ~~!?こちとら名前呼びもNG食らったとこだぞ。
やるか?闇討ち……ッ
「見ての通り、何もしていません。」
「どこ見て喋ってんのさ。こっち来なよ。怪我人もいるんだし。」
「そちらの方は自分で歩けるそうですから、帰ります。」
「ちょっと!?えぇ……」
朱果はそのまま本当に帰って行った。そちらの方……
「ごめんね?いつもは一応協力してくれるんだけれど、魔獣を逃がして処理班として合わせる顔が無い……のかな?とにかく、嫌ってるとかではないから!」
本当か?それはそれとして彼氏ポイントの高いフォローはやめてくれ。吐血する。
冷淡な幼馴染の態度と強力なライバル(暫定)の温かい追撃が致命傷となり、結局輪泉の肩を借りて歩いた。よく鍛えられた良い筋肉だぁ……
「ううっ……」
「泣いてる!?どうしたんだい!?話聞こうか!?」
憔悴した俺は気付かなかった。波岸から終始無言で睨まれていた事に。
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母が寝静まった頃を見計らって一階のリビングへ降りる。音を立てないよう慎重に人間大の白い卵型の筐体、”活性器”に入ってヘッドギアを着けた。
肉弾戦向きの”才能”は粗方取ったし今日は”槍術B”と”棒術B”にするか。明日の訓練時間で慣らそう。
旧海は”才能”同士の相乗効果と言うが、そう簡単ではない。
例えば、速度の定義を見て、
『何で数式なのにMをSで割るんだ。モビルスーツ壊したいのか。』
と思う人が”理科”や”物理学”を”開花”すると、
『一秒に進んだ距離で速さを表してるのか。』
と意味が理解出来るようになる。ただし、意味が分かるから覚えやすくなるだけで、実際に覚えられるかどうかは努力次第。
運動系の”才能”で言えば、どう動けばいいかなんとなく分かる形で、技術が頭に直接流れ込むようなオカルトではない。むしろ、変わってしまう無意識の動きの癖に慣れる時間が要る。
そんな訳で、魔対に入ってからは週替わりで”開花”した”才能”の技術習得を急ピッチで進め、頻繁に変わる体の感覚を修正している。役立つか不明な”才能”もあるが、俺の強みは数だ。力を付けるには質より量を優先した方が良いだろう。
“開花”直後の微妙な違和感と吐き気、いわゆる開花酔いはランクが高い程酷くなるものの、短期間でBランクの”開花”を繰り返しているせいか、最近はあまり感じなくなってきた。これも旧海に報告しておくか。
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「お前ぇ!何だよ昨日の戦いはぁ!強い”才能”無いって言ってたろうが!騙したのか!?」
更衣室に入ると波岸に詰め寄られた。基地で会うのは初めてだ。待ち構えていたのか、昨日の戦闘前の未来予知(仮)を使ったのか。そんなことするぐらいなら連絡先を教えてくれたらいいのに。
「いえ、全部B止まりですし”射撃”以外は使ってませんよ。」
「”才能”無しであんだけ動けたってのか……?」
嘘ではない。数に言及していないだけで、動きのベースに何らかの”才能”が影響していたとしても、意識的に使ったものは無い。
……”テロリストEX”があるから嘘でもあるのか。申し訳無いな。これ以上疑われたら”革命家EX”のガバガバ説明で乗り切ろう。
「……お前のトレーニング俺もやっていいか?」
「えっ。」
「!やっぱ何か隠してーー」
「は無いですけど、あんまり他の人の役に立たないかなーと。」
「やってみなきゃわかんねぇだろうが!」
昨日の様子を見る限り、槍術よりPTSD辺りのカウンセリングか射撃精度を優先した方が良いと思う。
本人がやりたいならいいか。手早く着替えを済ませて波岸と武器庫へ入る。別途保管されている火器を除けば種類が豊富なものの、刀剣類以外は現物と殺傷力の無い練習用が一つずつで、槍も例に漏れず二振りだけだったので練習用を渡す。
「お前槍の”才能”持ってんのか?」
「はい。今のところ使う予定はありませんが、練習だけでもと。」
「ふーん。で、何だこのおもちゃは。先輩を立てようとか思わねぇのか?」
「思ってるからこそですよ。練習には練習用が向いてるに決まってるじゃないですか。使いやすい方を差し上げました。」
本音は”才能”があるかも不明な波岸にうっかり刺されたくないからである。
波岸の納得をもぎ取ると、軽く準備運動をして図書館で借りてきた槍術の入門書を広げる。マスターするには心許ない教材でもBランクの補正で基礎ぐらいは身に付く。
反復練習を二時間、波岸が床にへたり込んだ。”才能”を取っていないと無駄な挙動が増え疲れやすい。急な参加で”槍術”を取っていないことを加味すれば体力はある方だ。
「今日はこのぐらいにしておきましょうか。槍返してきますね。」
「おう。」
波岸から受け取った槍を戻し、警棒を持って戻る。
「まだやんのか!?警棒の”才能”なんざあっても取らねぇだろ!?」
「あー……”才能”はありませんけど、表示無しならワンチャンありそうじゃないですか?お試しです。お試し。」
「しょっちゅうそんな事やってんのか?」
「ええ、まあ……」
やってしまった。取得可能な”才能”欄に記載自体が無い場合、Dランクにも劣る素質が殆どだが、極稀に”活性器”との相性が悪いせいで測定がきちんと行えず、実際に挑戦するとみるみる上達したという事例が発生する。その僅かな可能性に賭けて雑多な武器を振るっているーーなんて言い訳は流石に苦しいか。
「ーーなるほどなぁ~それなら俺も続けるぜぇ~」
黙りこくっていた波岸は急に上機嫌で立ち上がった。
「最近伸び悩んでたからなぁ~俺に必要だったのは”才能”外の開拓だったって訳だぁ~」
そういえば、昨日魔獣に襲われた辺りから語尾を過剰に伸ばす口癖が消えていた。もしかしてわざとやっている喋り方なのか。何キャラだろう。北海道狐呼び農家?あの人農家で合ってたっけ?
何はともあれ、やる気なら協力しよう。練習用……と言えるかは微妙な警棒をもう一本取りに戻った。
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三日後。
訓練が終わっても波岸の姿は無かった。
あいつ……もうサボりやがった……!
『サボり癖があって四六時中嘘を吐くバイト先の先輩の思考が理解出来ない。』
と森狸に相談した事を思い出す。
『百聞は一見にしかずと言うけど、聞くは一時の恥とも言うよね。直接見てみないと僕も分からないけど、見て分からないなら聞いて歩み寄ってみてもいいんじゃないかな。』
そんな訳で、距離を縮める良い機会だと思っていたのだ。元々俺が”才能”を試すだけの時間なので来なくても構わないが、やる気になった切っ掛けが掴めないので改善すべき点も分からない。
その一週間後、一度も訓練場に顔を出さなかった波岸は魔獣災害現場には現れた。余程気まずかったのか索敵前に到着し、訓練の話題を避けつつ聞いてもいない事をペラペラ話している。今なら予知について聞けるか。
「前回、魔獣の奇襲を読んでましたよね?凄かったです。コツとかあるんですか?」
「あぁ~あれなぁ~……でも信じられねぇよなぁ~……」
信じられるも何も波岸の自己申告は最初から嘘だらけ。今更だ。
「ーー昔っから面倒臭そ~な場所が何となく分かんだよ。魔獣相手なら危ねぇ場所だな。第六感っつ~の?”才能”でもねぇからコツも無ぇんだ。悪ぃな。」
驚くことに嘘を示す挙動が無い。本当にそう思い込んでいるのか、この大ボラを通すためだけに見え透いた嘘を吐き続けてきたのか。
ーー実のところ、真偽はどうでもいい。
第六感にしろ他の”才能”の副産物にしろ、重要なのは機能するかどうかだ。つい笑みが零れるのを自覚する。
「じゃあ魔獣がどの辺りにいるかも何となく分かりますか?」
「……分かるけど囮やりたくねぇから安全な場所までしか行かねぇぞ?」
能力確認にはそれで十分。
「大丈夫です。ギリギリを攻めていきましょう!」
「えぇ~……」
渋々進む波岸だが、方向に迷いは無い。
「そこの通りには出るなよ~?所々やべぇ感じがする。」
『第六班、接敵!』
ビルとビルの細い隙間、立ち止まった波岸の後ろから顔を覗かせると、百メートル程先で魔獣と他の班が向かい合っていた。通信が入ったタイミングからして遭遇間も無い様子。
ついさっきまで魔獣がどこにいるか誰も分かっていなかったーー波岸以外は。
突飛な話が俄に真実味を帯び始める。魔獣に対するレーダーに加え攻撃予測まで可能とくれば、相当心強い戦力になる。
逃げ場を探して振り向いた魔獣と目があった。気付かれたか。これは参戦した方が良さそうーー
「……?何だぁ?安地が消えーー」
戸惑う波岸の言葉より早く、二人して横合いから吹き飛ばされ、路地裏を転がり出る。
何だ?
何が起きた?
全身が千切れそうだ。咳が止まらない。なのに自分の咳すら聞こえない。波岸も苦しんではいるが、ひとまず意識はあり出血も無いようだ。
耳鳴りから逆算し、爆音で聴覚がイカれたと理解する。魔獣のいた方向ではなく真横で爆発が起き、狭い路地裏に吹き込んで加速した爆風に引き摺られたのだ。
向かいの通りで次々と上がる煙の柱が近付いて来る。追って来た?銃を構えていない二人組の方が突破しやすいから?いや、十四班がいない今、魔獣の背後はがら空きだ。逃げるならそちらを選ぶ。わざわざ斜めに進む理由は無い。
ーー俺達が狙われている可能性を除けば。
爆発の直前、何の動きも見えなかった。
条件不明の遠隔爆撃。ボロボロの二人。明らかに狙われている現状。
これがギリギリ安全だと……?
「どこがだよ!!」
自分では聞こえないツッコミが爆炎に木霊した。
作者が読者なら思ったこと
毎話新キャラ出さないと話書けない人か?
次回からは暫くキャラ増えないと思います。多分。