第六話 初陣
魔獣が現れない日は定時に筋トレや射撃訓練、班ミーティングを行う。学生は授業時間割を提出するとその分考慮される。もっとも、出動命令がかかれば授業を脱け出さなければならない。
基地の地下には射撃訓練場がある。世間一般で”聖具”とされる銃を改めてよく見ると、純白の浮かれたデコレーションと裏腹に、使い勝手に直結する形状自体はほぼ無加工で、照準に至っては黒のまま。ファンタジーな外見に生々しい合理性が見え隠れしている。
魔対に所属すると作戦で用いる”犯罪才能”が解禁される。俺は”射撃”までBランクだったようで、何度か試し撃ちすると銃の扱いにも慣れた。サブウェポンにはナイフを選んだ。運動系の”才能”を色々取っている身としては、動きながら使いやすいナイフが性に合っている。
別に、朱果に合わせたわけじゃないんだからねっ。
配属されたのは遊撃班の第十四班。基本的に遊撃班は三人一組だが、この班は人数の都合で二人だけ。朱果の所属する処理班が、猛毒の巻き添えにならないよう精鋭二人組であるのに対し、こちらは純粋に余り班だ。
相方の顔は知らない。
なんせその男、班ミーティングに一度も来ていない。ミーティングも時給が発生するものの、班単位で記帳するため業腹ながら部屋の申請をしている。もちろん、作戦の打ち合わせはできていない。比較的重要度の低い箇所の担当なのがせめてもの救いか。トレーニング中に聞き込みをしたところ、元々サボり癖で有名なんだそうな。
当然、本番でも来ない。
既に索敵は終わり、狙撃失敗に備えた配置についている。作戦開始から十分は経過しているのに、どこをうろついているのか。見える範囲に十二班と十三班がいるのでいざという時は手を借りよう。
『異常成長させた植物を操る魔法と思われます。』
とオペレーターの報告を聞いていると、誰かがてくてくと歩いてくるのが見えた。
「よぉ~後輩~お前十四班か~?」
「……はい。」
「俺は波岸唐草ぁ~十四班の班長だ~連絡事項とかあるかぁ~?」
「いつも通り待機、とのことです。桜田或献です。宜しくお願いします。」
謝罪どころか悪びれもせず班長を名乗る男に呆れつつ答える。
「お前も何かすげぇ”才能”とかあんのか~?」
そういう擦り合わせはミーティングでやっとくもんだろ。”テロリストEX”を答えるのは論外。”革命家EX”も答えたところで、『”才能”全般に上乗せが入るんですよ~』という曖昧な説明になってしまう。ややこしくなるだけだ。
「ありません。」
「へえ~?そりゃ大変だなあ~!まぁ俺もBランクまでしかなくても三年やれてるしな。”才能”が無くてもしょげんなよ~?」
えらくニコニコしながら背中をバシバシ叩いてくる。何で嬉しそうなんだ。
「俺二十三。大卒。お前は?」
「十九歳、八重大の一回です。」
「茶髪たぁチャラついてんなぁ~大学デビューかぁ~?」
かく言う波岸は金髪に毛先側が緑色のツートンマッシュ。お前が言うな。派手な髪に対し顔の印象は薄く、色を変えれば誰か気付けないだろう。
「地毛ですよ。先輩は八重大出身ですか?」
「おう。」
「何学部ですか?」
「文学部ーー社会の役に立つ仕事がやりたかったから小説家にはならなかったけどなぁ~将来を考えてるわけだぁ~」
「経済学部で学部違うんですけど、良さげな般教とか教えてもらえませんか?」
「……年度が違うからな~先公変わってりゃ参考になんねぇだろ~?
それよか”聖具”は撃ってみたか?俺ハワイで拳銃使ったことあったんだけどよぉ~やっぱ”聖具”ともなると反動がでかくて手こずったぜぇ~」
作戦中にベラベラ私語をするものではないけれど、無視できないのはーー波岸が嘘を吐き続けているからだ。
年齢以外の経歴全て、”才能”の自己申告すら嘘を示す挙動が出ている。”聖具”と拳銃を別物のように語る辺り、本気で騙そうとはしていないようだ。”心理学”で敢えて疑わしい仕草をしつつ本当の事を言っておちょくっているのか、素性を教える気は無いと暗に示しているのか。目的が分からない。
『狙撃成功。』
双眼鏡を覗くと、もがく魔獣に止めを刺す朱果の横顔が見えた。感情を圧し殺した、張り詰めた無表情。明るい彼女を知っているからこそ、助けになれないかともどかしく思う。
『魔獣の消滅を確認しました。』
「終わり終わり~飯食いに行くかぁ~?」
「まだ訓練時間が残ってるのでその後なら。」
「かぁ~んな面倒なもんサボりゃいいのに。真面目だねぇ~」
この辺りの店の店員は避難しているし、探しに行く方が大変だろうに。
「そういえば、あやーー処理班のナイフの名前って何なんですか?」
鞍林支部長はナイフとしか言わなかったから分からず終いだった。
「”短剣”だ。」
「はい?」
「短剣と書いてナイフ。」
耳がバグったわけじゃなかったのか……
「変な名前だよなぁ~?毒作った博士が名付けたらしいぜぇ~”活性器”の奴ぅ……何つったっけ?馬鹿と天才は紙一重ってこったなぁ~」
“活性器”のということは宮地博士か。自作の毒には凝った命名をしながらナイフは雑に名付ける姿が容易にイメージできる。やりそう。もう同じ名前の”獣鏖無塵”とか”獣鏖無塵剣”とかで良かったんじゃないか。
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「お前彼女いんのかぁ~?」
「いませんよ。」
「俺も今はいねぇなぁ~遊びのキ~プは何人もいんだけどよぉ~やっぱまだ自由を満喫したいっつ~かぁ?」
「あ、はい……そうですか。」
左上へ視線を向ける波岸の自分語りに適当に相槌を打つ。。
『狙撃成功。魔獣の消滅を確認しました。』
「終わり終わり~飯食いに行くかぁ~?」
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「酒とか煙草とかやんのかぁ~?」
「まだ十九なので……」
「い~じゃね~か一年ぐらい。やるなら紙にしろよぉ~?電子煙草はやっぱ物足んねぇからなぁ~ただ高ぇのがなぁ~困るよなぁ~」
そう言う割にアルコールの臭いも煙草の臭いもしない。金欠なのは訓練をサボって時給を下げられているからなので自業自得だ。
『狙撃成功。魔獣の消滅を確認しました。』
「終わり終わり~」
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「普段何してるんですか?」
「決まってんだろぉ~?女と遊んでんだよ~訓練があるっつっても放してくれなくてなぁ~」
いつものように左上へ視線を向けている。ステータスでも見えてんのか?
『狙撃成功。魔獣の消滅を確認しました。』
「終わ」
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ーー何もやることがない。
流れが定着している分、力になるどころか突っ立ってるだけで作戦が終わってしまう。かといって持ち場を離れるわけにもいかない。波岸が未だに嘘だらけで全く心を開いていないのも地味に辛い。
今日も索敵が終わってからやって来た波岸は、辺りをきょろきょろ見回すと乗り捨てられたトラックの屋根によじ登った。
「……何してるんですか?」
「ん~?トラックの屋根で待機すんななんてルール無ぇだろぉ~?お前も来いよ~」
「大丈夫です。いざという時走れないので。」
ルールは無くてもモラルはあるのだ。
「そこは駄目だぁ。近過ぎる。」
意味不明な発言に首を傾げる。まあ断る程でもないか。
トラックに飛び乗る。何を見せたかったのか、特筆すべき点は見当たらない。
そこへいつもの如く通信が入る。
『狙撃失敗!上へ逃走しました!十四班は接敵に備えてください!』
「!」
上?上って何だ。今回の魔獣は手足に長く硬い爪を持ち全身から溶解液を出す。
溶解液、爪、上ーー
「登ってるのか、壁を溶かしてーー!」
ばしゃりとどさりの混ざった、湿った重い音を立てて魔獣が降って来た。広がる粘液でアスファルトから煙が上がる。そこは、波岸に呼ばれるまで俺が立っていた場所だった。
読んでいたのか?まだ狙撃もしていない段階で。何の”才能”か見当もつかないが、それだけの先読み能力があればあるいはーー
「うわああああああああああ!!」
「!?」
発狂したかのような乱射は、悉くピンポイントで噴き出した粘液に溶かされ届かない。何やってんだこの人!?
その間に魔獣はこちらへと駆け寄り、トラックの壁に小さな穴を空け爪を引っ掛けて登ってくる。距離を取らなければーー!
弾切れの銃をカチカチしている波岸の腹に腕を回し飛び降りるのと、魔獣が腕だけ出して溶解液をぶち撒けるのはほぼ同時だった。屋根で跳ねた液が数滴足にかかる。
「ーーっ」
「ぎやああああああああああ足がああああああああああ!!」
「十四班、接敵!波岸が右足を負傷!」
「ああああああああああ!!」
「撤退できません……立て!」
「ああああああああああ!!」
うるせぇ。助け起こそうとするも、手を払い除けて転がり回る。何だこいつ!?
「……あ……ああ……なんで俺なんだよ!?あっち狙えよ!あっち!」
大きな身振り手振りでこちらを示す波岸を見捨てるパターンも考え顔を上げると、魔獣と目が合った。
視界が丸ごと液体で覆われる。
後ろへ飛び退く刹那、液体の膜の中心から爪が伸びる。咄嗟に爪を撃ち抜くと、弾は溶かされたもののノックバックで動きが止まる。しかし、散弾銃の如く弾き飛ばされた溶解液は避けきれなかった。
「ぐっ……!」
袖で頬を拭うと、剥き出しになった肉と繊維が擦れて不快な痛みが走る。
魔獣の爪は無傷だが、拳から煙が立ち上っている。自爆覚悟の攻撃とはやけに殺意が高い。魔獣が命令を聞いたのか?チラリと波岸を確認すると、ぽかんとした顔で呆けていた。
いや、そんな芸当ができればああも慌てふためくことはない。偶然か無自覚か……ともかく今は目の前の脅威だ。
当然ながら、液体は空中で広がる。
投射しつつ距離を詰める魔獣に対して、こちらは大きく回避せねばならず、後退しながらの戦闘はジリ貧になる。やるなら短期決戦だ。
よく見ると、肉体から直接分泌しているのではなく、数センチ離れた空中に生成しているのが分かる。触れて無事なのは爪だけで、他は魔獣自身もダメージを負うと判断して良さそうだ。
銃をホルスターに戻し、すかさず空いた右手でナイフを投擲する。ナイフは真っ直ぐ眉間へ飛んで行き、それを受けるように面前ーーと左足に粘液が生まれる。
「●●!?」
失敗か。
ホルスターに戻す振りをして銃を落とし、左手で受け止め射撃していた。ナイフと伸ばした右腕で隠したにも拘わらず、魔獣は銃口ではなく自身の左足を見てガードした。
恐ろしく勘が良い。生死を嗅ぎ分ける野性の勘。狙撃が失敗したのも、ミスというよりは相手が悪かったのだろう。
さてどう切り崩すか。腕時計を握り締める。もう、殺せない前提で動いていたあの時とは違う。
魔獣の後方、変化する状況が目に入る。
所々穴の空いた上着を脱ぎ、広げて目眩ましにして的を読ませず銃撃する。
この攻撃は通らないだろう。それでいい。
魔獣の背後、大型の盾を構えた隊員が迫る。そのための陽動。
「●●●!」
反応が遅れた魔獣は、しかし全方位に散布することで対応してみせた。
「まだだ。」
マントのように翻した上着で前面の液を絡め取る。拭き取る一瞬なら生地が持ち堪えるのは頬の傷で確認済みだ。
勢いを止めず次の行動が来る前に押し倒す。
「●!?」
衝撃に耐えられなかった魔獣の体は盾で身を守る隊員の傍をすり抜け、自身の発した溶解液に背中から突っ込んだ。
「●●●●●!?」
のたうち回る魔獣にのし掛かったまま、顎に銃口を密着させ残り全弾を撃ち込む。一発ごとに緑の血が地面に溢れる。
「”遺骸”の処理をお願いーーしなくてもよさそうですね。」
魔獣の死体は留まることなく消滅した。
ゼロ距離の弾丸を溶かせば自分の体まで溶かしてしまう。接近を許した時点でこの魔獣の命運は尽きていたのだ。
軽く服の汚れを叩き落とし、皺を伸ばして整える。それから、ドロドロの盾を構えて固まっていた隊員に向き直る。
魔獣が本能的に弾丸と同レベルの警戒をした相手ーーその毒。
とびきりの笑顔を浮かべよう。明るく朗らか、爽やかに。
「久し振り、朱果ちゃん。」
折角の幼馴染との再会なのだから。