第五話 チュートリアル
旧海の会社名をホライズ社に変更しました。何度見ても長ダサかったので…
魔対も別の名前が思い付いたら変えたいところですね。書いてて感度3000倍がちらつく…
褐色のスキンヘッドが眩しい。向かいに座る二メートル超えの巨漢の圧で、取り調べでも受けている気になってくる。
「桜田或献と申します。本日はお時間頂きありがとうございます。宜しくお願い致します。」
「魔獣災害対策部隊九十九岬支部長の鞍林合徒だ。怪我で体力検査が遅れた者には同様に個別ガイダンスを設けている。そう気に病むことはない。」
一九九七年六月。魔獣災害対策部隊ーー通称”魔対”入隊に当たりガイダンスに赴いた。
入隊には書類審査、体力検査、面接を通過して五月のガイダンスを受けなければならず、俺が旧海と会った三月の終わりにはもう履歴書の提出期限が過ぎていたので、実験に協力する見返りとしてスポンサーの力で書類審査に捩じ込んでもらったーーまではよかったものの、足が折れていては参考にならないと、完治してから体力検査を受けるよう通達された。そのため、五月に個別で検査を受け、ガイダンスは六月までずれ込んだ。
「説明の前に最終確認を。」
気に病むなと言っておきながら、獲物を見定める眼光が、ただそこにいた存在感とは比にならない威圧を放つ。
「ここでは機密情報を扱うため、最低五年の勤続義務と守秘義務があり、退職後も情報漏洩には罰則が適用される。状況によっては休日でも出動命令がかかる上、”聖具”が不足しているため新人は丸腰同然だ。それでも入隊を希望するか?」
「はい。」
黒が何色あるか知らないが一際ブラックな業態に内心ドン引きつつ、戸惑っても話が進まないのでとりあえず同意する。情報漏洩はやらなければいいだけ。休日出勤も人命が懸かればやむを得ない。”聖具”が足りないのは問題だが、流石に攻撃力の無い人間に攻撃は任せまい。避難誘導か支援か……最悪囮か。回避に専念すればやりようはある……はず。
「問題『ボクヒミツワカルヨ』……アリマセン。」
「……?本当か?よく考えるんだ。ここから先はもう後戻りできない。」
「はい、大丈夫です。」
自動で情報漏洩させてくる友人の顔が一瞬脳裏を過る。次会った時に「魔獣」「魔対」辺りもNGワードに加えてもらおう。
「ーーそうか。では始めよう。」
厳かに言い鞍林は取り出した。
カラフルな表紙に『魔獣討伐のすゝめ』とやたらでかいポップ体で書かれた冊子を。
「試すような物言いですまなかった。どうも、”聖具”さえあれば安全に魔獣を狩れると楽観する者が毎年いてな……」
どれ程優れた武器も当てなければ意味は無く、特殊な銃を持つだけで魔法を防げるとも考えにくい。安全を求めて魔対に入ろうとは酔狂なものだ。そんなことより、丸いフォルムの可愛らしさを劇画タッチが帳消しにしている岩の妖精(?)は笑っていいやつだろうか?
「まず初めに、魔獣には”聖具”以外通用しないというのは、嘘だ。」
「このキャラ……はい!?」
「魔法で防御されなければ包丁でも鉄パイプでも殺せる。隊員の銃は塗装しただけの拳銃だ。」
マニュアルに目を落とすと、岩の妖精も「大概何でも効くズン!」と言っている。
何故そんなデマを!?殺害手段を独占して特権を得るため?理由によってはブラックの種類が変わってくる。
「その情報は公開した方がいいんじゃないでしょうか?自警団でもあれば魔獣に対応できますし、逃げ惑う以外の選択肢も増えるでしょう。」
「それこそが問題だ。
ーー三ヶ月前の事件で、君は何故逃避を選んだ?」
「”聖具”を持っていなかったから……」
「日々鍛練を積み、武器を揃え、策を講じる我々でさえ負傷は珍しくない。確かに、一般人でも集団で一斉攻撃を続ければいつか魔獣を殺せるだろう。夥しい死体を重ねながらなーーそれでは意味が無いのだ。」
困難に直面した人間の行動は二つに分かれる。
闘争と逃走。
不死身の怪物を前に、応戦して命を繋ごうとする者は滅多にいない。しかし、必死に食らい付けば勝てるかもしれない、手の届く脅威ならーー他人のために命を投げ出す人間はごまんといる。
「……なるほど。」
「無秩序に魔獣を殺されると困る理由はもう一つーー」
言葉尻が途切れる。突如鳴り響いたサイレンに掻き消されたからだ。明らかな緊急事態にも拘わらず鞍林は落ち着き払っていた。
「君は携帯を持たない主義か?」
「いえ、途中で警報が鳴らないよう置いてきました。」
「そうか。知っての通り、この街は世界有数の魔獣発生地帯だ。危ないから警報はいつでも聞こえる状態にしておくように。
ちょうどいい。実際の動きを見せよう。ついてきてくれ。」
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「ここが管制室だ。」
大部屋の壁一面に設置された巨大モニターは三十以上の街並みを映し、大量に並んだ端末を睨みながらオペレーターがインカムに声を飛ばす。
「魔獣は発生直前に重力場を歪ませる。それを感知次第警報を発令し、遊撃班とドローンで周辺を捜索。協力を得られた監視カメラや市民の通報を基に現在地を割り出す。」
「第三班、接敵!」
一斉通信の後、モニターの分割映像の一つが拡大され、標的の姿を映し出す。白い外殻に覆われているのは先日の個体と同じだが、明確に異なる点として、肘から先が赤く光っていた。
「両腕に高熱反応。詠唱済みと推測。誘導を開始してください。」
『了解。』
短く答えて隊員が発砲すると、魔獣の両腕が白く輝き、直後に映像が激しく乱れる。
画面の向こうで何が起きたのかーー漂う緊張を通信が破る。
『総員無事だ!着弾も無し。熱波だ。弾が空中で溶かされた。熱っっつかったが肉薄しなきゃセーフ。以上だ!』
早口で報告を終えると隊員は音声を遮断した。ドローンの映像だったのか、熱波による強風から回復すると、逃げる遊撃班三人と追う魔獣の後ろ姿を捉え追従を始める。
「魔獣を発見した場合、まず威嚇射撃を行い魔法を使うか確かめる。使わなければ詠唱前と判断し直ちに射殺。使ったら殺さないよう牽制射撃に留め、こちらが指定するポイントへ誘導する。敵を追うか逃げるかは魔獣によるので申し訳無いが臨機応変に対応してくれ。」
「殺さない」という単語が引っ掛かる。魔法を発動したら「殺せない」のなら理解できるが、先程言いかけていた一般人に魔獣を殺されて困る理由と関係するのだろうか?
「魔法は多種多様故に共通の必勝法は存在しない。だが、高確率で勝利する手段はある。分かるか?」
「魔法を分析して弱点を割り出すこと、でしょうか?」
オペレーターの殆どが恐らく担当の班と連絡を取り合う中、集まって
「ドローンを破壊しないところを見るに遠距離攻撃はーー」
「サーモグラフィーから熱波の射程はーー」
「発動までに溜めがーー」
と話し合う集団がいる。牽制射撃は魔法を使わせてデータを得る役割もあるのだろう。
「道理だな。が、あくまで次善だ。魔法は極力使わせないのが望ましい。魔法を使わせるほど隊員はリスクを抱え、かわしても街へ被害が出る。相手が常に全力とも限らない。魔法を読み違えて隙を晒すのは管制室ではなく遊撃班だ。」
実際に勘違いで死にかけた身としては頷くしかない。となると、どうやって勝つつもりなのか。
今回の魔獣は両腕に高熱を湛え、一挙に放出することで熱波を生み弾丸を防ぐ。熱波を展開できるのは一方向で人体が耐えられない温度帯は魔獣から約二メートル圏内。再び熱が溜まるまで三秒かかる。主な攻撃手段は灼熱の手掴み。掴まれば骨すら溶かされかねない。
……なんというか、この魔獣ちょっと……
「魔獣、目標へ到達!」
そうこう言っている内に遊撃班と魔獣はビル街の開けた大通りに出ていた。目標地点にしては戦車があるわけでもロケットランチャーがあるわけでもない。分割映像から他の遊撃班も付近に潜んでいるのが分かり、つい先刻否定していた物量作戦の態勢に見える。特殊な訓練を受けているので真似しないでくださいというやつか。
「超常の力を振るうものを殺したければ、力を振るわせなければいい。答えは、」
第三班へ突進する魔獣。
その側頭部から音も無く緑色の血が噴き出す。
「認識外からの一撃必殺ーー狙撃だ。」
えっぐい。
確かに、リスク面でもコスト面でも効率は良い。集団攻撃では道連れ覚悟の悪足掻きで犠牲者が出かねない。戦車の弾頭は高く道路の修繕費もかかる。一年に一回ならともかく、多ければ月に一回の災害で使うには費用が嵩む。
敢えて魔獣の土俵に乗って能力バトルをやる義理が無いのも事実ではあるが、あまりに情け容赦が無い。これでは流れ作業の射撃台だ。風情が無い。無慈悲。
実に好みだ。興奮してきた。
ただ、気になる点はある。
「狙撃する必要はありましたか?」
「無いな。八割の魔獣は狙撃で仕留められるが、今日のは特に弱かった。」
そう、魔獣が弱かったのである。
両腕にしか攻撃力が無いのに速さも飛び道具も無く、防御も前面だけでカウンターもできない。素手で応戦する分には脅威でも災害と呼ぶには力不足だ。わざわざ狙撃地点まで行かずともタイミングをずらして撃てば真正面からでも殺せただろう。防弾チョッキを着たボクサーの方が強いかもしれない。
「もっとも、ここまで生かしておいたのは正解だったらしい。あれが、部外者の魔獣討伐を許可できない理由だ。」
鞍林の険しい視線を辿るも魔獣の死体があるばかり。他には何も……
魔獣の死体……?
死体が消滅しない……?
「死んだふり!?まさか再生能力!?」
「その可能性もあるが、恐らく違う。一部の魔獣は死後も肉体を残すのだ。我々は”遺骸”と呼んでいる。」
一度消えた腕の赤熱がいつの間にか再燃している。それどころか、肘から肩へと光が広がっていく。
「かつて魔法の軍事利用を企て、『偶然』消えなかった死骸を秘密裏に確保する国は珍しくなかった。そして、相次いで最先端の設備、人員、資料を研究所ごと失った。
”遺骸”は消滅と引き換えに桁違いの魔法を放つ。街一つ容易く消し飛ばす規模のな。故に、発動前に爆散させなければならない。」
ーー危険。それ以上に厄介。何より悪用されると不味い。
誰でも起爆可能な時限爆弾のようなものだ。発生時期、地点、”遺骸”になるか否かと運任せなものの、条件が噛み合えば魔対が戦う横から隙を突くだけで破壊活動ができてしまう。弾丸一発で街を吹き飛ばせてしまう。少なくとも自分の懐を痛めること無く”遺骸”除去のための爆薬を往来で使わせられる。
ここ十年のインターネットの普及で情報が手に入るのが当たり前になった人々は嘘を許せなくなった。情報漏洩を厳しく禁じてもデマを流していたと先に暴露されただけで魔対の存続は危うくなる。そのデメリットを踏まえてさえ”遺骸”の存在を明かせないのも納得だ。
「弱い魔獣は強力な”遺骸”になりやすい。あの弱さなら被害はこの街に留まるまい。」
殺されてはならない個体程殺しやすいとは尚更たちが悪い。
今や魔獣の全身は赤く熱を持ち、熱波を放つ直前と同じく腕から白い光が広がりつつある。
「今から爆破して間に合いますか?」
今回の魔獣ならもっと人気の無い場所へ誘導しても負担は少なかった。手近なビル街を狙撃地点に選んだのは何らかの安全策があるから。
……あるよな?あるよね?あると言ってくれ。
「ギリギリだな。だが問題無い。」
悠然と“遺骸”に歩み寄る人影一人。右手には透き通った水色のナイフが握られている。
「この世で”聖具”と呼べる代物があるならばただ一つ。あらゆる生物を殺し魔獣さえ”遺骸”も残さず消し去る猛毒”獣鏖無塵”を練り込んだ”短剣”。『彼女』はその唯一の免疫保持者だ。」
彼女がナイフを振り下ろすと、起爆寸前だった”遺骸”がほどけるように光の粒子となって宙に溶ける。
朱果の力になりたいと思った。
彼女が戦いたいならサポートし、同じ配属にならなくとも間接的にでも負担を減らし、戦いたくないなら抜けられるように立ち回るつもりでいた。
けれど、彼女は想像以上に組織の中枢に食い込んでいた。