第二話 生きた災害
魔獣ーー十年前から日本を中心に観測され始めたそれは、一様に白い外殻と金色の目を持ち、魔法というそれぞれ異なる超常能力を以て破壊と殺戮を行った。
虚空から現れ死亡すると肉体が消滅する特性上、今なお研究は進んでおらず、生物と言うよりは現象・災害として扱われている。
積極的に建造物を攻撃するもの、人間を襲うもの、潜伏を好むものやひたすら逃亡を計るものなど、一定の知性と個性が見受けられたため、初期は意志疎通を試みる流れもあったが、生放送でEXランクの"動物調教師"が殺害された放送事故により、融和路線を唱える者は殆どいなくなった。
「●●●●●●●●●●……?」
宇宙人、地底人、生体兵器。自然破壊に対する地球の怒り、神の裁き。
数撃ちゃ当たるを地で行くような節操の無さだが、正体が何だろうとただ殺さなければならない害悪であることだけは分かる。
「●●●●● ●●●●● ●●●●●」
魔獣が特徴的な唸り声を上げた。詠唱と呼ばれる、魔法発動の予兆行動。魔獣が”魔”獣と称される所以。
独特の韻律は確かに詩に聞こえなくもない。詠唱とは言い得て妙だ。
「今の内に逃げるぞ!」
走り寄って来た有仁に腕を掴まれる。魔獣は詠唱中に魔法を使わない。逃げるなら今。だが……
「俺が魔獣を引き付けるから、出来るだけ避難誘導しながら逃げてくれ。」
「何言ってんだ、或!?」
「魔獣を見るのは初めてだけど、出現してすぐに詠唱を始めたってことは、あいつはまず間違いなく攻撃してくる。手当たり次第に暴れられるよりは、俺に的を絞らせた方が被害は少なくなる。」
「だからってお前がやる必要はねぇだろ!」
その言葉に通りの人々を観察する。ハイヒールを脱いで逃げる女性、腰が抜けたスーツの男性、立ち尽くし固まった少女。
恐怖と動揺が支配する場で、囮になってくれなど言えるはずもない。
「最適なのは俺だよ。運動系の"才能"を色々持ってるから、逃げるだけなら多分この場の誰よりも動ける。ーーそれに、こんなこともあろうかと策も用意してある。」
「……俺と二人で注意を分散するのは?」
「駄目だ。一人分の安全しか保証できないし、あの子を動線から外す役も要る。」
一人でお使いにでも行っていたのか、周囲に親の影が無い少女を指差すと、有仁は胡散臭そうな視線を向けつつ腕を離した。
「俺はお前を信じない。ーーだから、策は本当にあったって証明して、疑った俺に文句言いに来い。」
「……」
「ーー●●●●●●●●」
無言で有仁の背中を押しやると同時、詠唱を終えアスファルトに両手をついた魔獣が宙へ浮き上がった。否、土が湧き出し山となり体を押し上げていた。
土を操作する魔法か。効果範囲によっては足下からの奇襲も有り得る。
腕時計ごと手首を握り締め、痛みで緊張を誤魔化す。
魔獣に通常の武器は通用しない。魔獣災害対策部隊、通称魔対の隊員に支給される特殊武装ーー聖具でなければ殺せないらしい。当然、俺はそんな物持っていない。
故に、最優先すべきは回避。人気の無い場所へ誘導し魔対到着までの時間を稼ぐ。
助走をつけて水筒を"槍投げB"で投擲すると、吸い込まれるように顔面へ飛んで行きーー寸前で急速に盛り上がった土の壁に阻まれる。
魔獣がこちらを向いた直後響いたボンッという音に怖気を感じて横に飛び退くと、先程まで頭があった位置を通ってボウリング玉程の土塊がアスファルトに弾けた。土の大砲だ。
石を混ぜる知恵は無いようだが、速く硬い以上、当たれば骨折するので一撃も受けるわけにいかない。
ともあれ、魔獣の気は引けたらしい。試しに逃げる素振りを見せると、六メートルまで高くなった山ごと追い掛けてきた。
これでいい。挑発にボールペンを投げつけ全力で走った。
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デスゲームさながらの鬼ごっこを初めて十分が経過した。
土山の移動速度は遅く、容易く振り切れる程度だが、頻繁に撃ち出される土塊を回避しなければならず、そう余裕は無かった。
三分経った頃からは、人体の脆さに勘づいたのか弾を縮小し弾速・生成速度共に向上させてきたため、牽制にボールペンを投げる間も無くなった。
追い付かれれば山に呑み込まれ圧死する。
自在に高台と壁を確保し無尽蔵の弾丸を持つ。その程度の魔法が厄介で仕方ない。
塀を掴んで飛び乗ろうとするも、先んじて放たれた弾丸で縁を砕かれ腕を空振る。
生じた致命的な隙を、塀を蹴って軌道変更することで辛うじて潰す。
動きが読まれつつある。
"マラソンB"で体力管理しつつ"パルクールB"で立体的な挙動をしてきたが、徐々に照準が合ってきているのを肌で感じる。それなりに学習能力があるのかもしれない。
弾を野球ボールサイズにしてからは一個ストックを作っておけるようになったらしく、生成と発射のタイミングをずらして絶え間無い射撃を行っている。
今のところ、こちらの足下の土を動かしてバランスを崩す、弾の軌道を曲げる、飛び散った土塊の破片を再度操作して死角から攻めるといった搦め手は使ってこないが、魔法の制限ではなく単にまだ気付いていないだけの可能性がある。
時間稼ぎにも関わらずあまり長引かせたくないとも思う。
乗り捨てられた自転車が目に入る。目的地までこれに乗れればーー期待を込めてハンドルを握るとタイヤからチェーンロックの抵抗が帰ってくる。
「防犯意識ッ……!」
ごめんなさい、壊します。
パニック下でも盗まれたくなかった持ち主に心の中で謝りながら"ハンマー投げ"の姿勢で自転車を振りかぶる。
魔獣が選択したのは迎撃だった。防御を壁に任せ、カウンターで射抜く算段なのだろう。
その証拠に弾は野球ボールサイズのままで、自転車を止められる威力は無い。ーーこんな風に。
自転車を投げるのではなく、バットの要領で振り上げ土塊を叩き割る。
後輪がひしゃげた自転車を捨て置き、追撃が無いことを確信しつつ目的地の茂みまで全力疾走する。
動きを読んでいたのは俺とて同じだ。
ボウリング玉と野球ボールでは体積差があるのに同時に作ったのはたった二発。加えて、壁を作らせると次弾が来るまで間隔があった。恐らくは前足(腕?)の本数、二が上限。
そのため、今まで水筒やボールペンでやったように自転車の投擲を示唆し片腕を土壁用に空けさせ、大きなモーションでチャンスを演出してもう片腕を土塊の射出に使わせれば、意図的にリロードを引き起こせる。
茂みを走りながらスマホから森の環境音を流して投げる。ちゃちな小細工だがこの間に身を隠すーー
しかし、魔獣が取った行動は広範囲攻撃だった。
土の山をさらに巨大化させ、丸ごと茂みを押し潰す。木が軒並みへし折れる音と地響きが轟き、地上の生命を蹂躙する。
茂みが更地になると、奥には突き出た崖と海が広がっていた。
初めて見るであろう海に驚いたのか、あるいは散々仕留め損ねた羽虫が生存している可能性を微塵も残さないためか、崖の先端から下を覗き込む魔獣、
ーーその背中にリュックを叩き付ける。
寸前で急速に壁が割り込んできた。生成速度に歯噛みしつつ、リュックを手放し最短距離で壁を回り込む。勢いを殺さず、外殻で覆われた首へラリアットをかけ、
「ーーーーラァッッ!!」
ーー力の限り崖下へ放り投げる。
「●●●●●……!」
やがてドボンと重い水音が聞こえた。
安堵で足から力が抜けていく。動悸と息切れが止まらない。視界の中心以外は黒くぼやけている。
最初から茂みに隠れるつもりは無かった。雑に撃たれて当たるリスクがある上に、今回のように山ごと突っ込んで来るパターンもある。
そのため、"ロッククライムB"を使って、突き出した崖の根本に貼り付いていた。震動で振り落とされかけたものの、結果的に正解だったようだ。
そうして、崖の先端へ向かう魔獣の背をとった。
だが、まだだ。早くこの場から逃げなければならない。
実のところ、策と呼べる代物ではなかった。不確定要素が多過ぎる。
第一に、魔獣の目的が分からない。
何に惹かれるか分からない以上、唐突に他の人間を襲いに行く恐れがあったため、体力を削ってでもボールペンを投げ続けた。
第二に、通常の武器が効かないとはどういう意味か分からない。
①一切の物理現象を受けないまたはすり抜ける。
②触れるが外殻でダメージが通らない。
③触れるしダメージも通るが死なずに肉体が再生する。
②や③はまだしも①なら無闇に接近するだけになり射殺されるところだった。
攻撃を逐一壁で防いでいた点から見ても魔獣は自身の耐性を理解していない可能性が高く、最後まで確信は無かった。
第三に、聖具の素材が分からない。
即ち、決定打に欠ける。
海に溶けた成分であれば、飛び込みを知らない魔獣が海抜二十五メートルのここから海面に落ちた衝撃で絶命するかもしれないが、あまり期待はできない。
第四に、魔法の詳細が分からない。
肉体と接触した土を一定範囲内で操作する能力だろうが、射出した土は操作できないのに山の底部分は動かして移動できていたあたり、地続きであれば効果対象なのかもしれない。
なので、足を地面から離す必要があった。
それでも、足が離れきる前に土を伸ばして即席の命綱にする展開も有り得て、気は抜けなかった。
疲弊した体を引き摺るように進む。
途中で崖に触って魔法を発動できる飛距離ではなかったし、仮に敢えて潜水して海底に触る知恵があったとしても、まだ時間の猶予はあるはずだ。
……
…………
………………本当にそうか?
一段落ついて脳に余裕が生まれたのか、急激に違和感が膨らんでいく。
水音が聞こえるまで心なしか早かった。昔この崖から等身大桜田或献人形を投げた時はもう数秒かかっていた気がする。
そもそも最初に魔法を使われたのはアスファルトの上だった。
元々ひびがあって土に触れるようになっていたかまでは覚えていないが、少なくともひびが広がる様子は無かった。
それどころか、六メートルの山を作る最中、大量の土が移動して震動一つしなかった。
土塊に石が混ざっていなかったのも奇妙だ。石を操ることができないとしても地中から土を引き出せば勝手についてくる。わざわざ取り除く理由が無い。
……リュックを振り抜いた時、壁は地面から生えていたか?
ーー能力を読み違えている。
振り返ると、結論を肯定するように魔獣が土山の上に立っていた。
掌をこちらに向けながら。
土塊が掌の前で回転しながら直接生成されるのがやけにゆっくりと見えた。
「グッ……アァアアアアア!!……ハァ……アァ……!!」
左の太腿に直撃を受け倒れ伏す。頭が焼けつくような痛み以外の感覚は無く、傷口は止めどなく溢れる血で隠れ、繋がっているかすら定かでない。
魔法の正体は土を生成する魔法だった。
山を動かしていたのではなく、土を生み出す推進力で進んでいた。
土なんてわざわざ創らずともそこら中にある。それらを操作して多角的に戦った方が間違いなく強い。
……場所を選ばない、ただ一点を除けば。
本来は街路樹の下へ行かずとも能力を発揮できる程度のメリットでしかなかったが、空中でも発動可能なため、こと海からの復帰においては早々に山を築いて落下の衝撃を減らしつつ迅速な復帰に結び付いた。
……あって無いような利点を活かす構図を命懸けで提供したわけだ。
笑えない。
ギリギリと歯を食いしばってどうにか一矢報いることができないか思考を巡らせる。
再び土塊が生成される前で、両手右足に力を込め、動かない左足を無理矢理立たせてクラウチングスタートの体勢をとった。
このまま死ぬならせめて道連れにしてやる。腕の一本、足の一本、目の一個でも削り取る。
殺意に満ちた静寂が訪れる。
先に動いたのは俺ではなくーー魔獣でもなかった。
鋭い破裂音と共に土塊が弾け、しゃがむ俺の上を素早く影が通り過ぎる。全身黒で統一した衣装は魔獣災害対策部隊の制服だ。
「●●●!?」
突然の乱入者に動揺する魔獣へ、隊員は透き通った水色の刀身のナイフを突き刺すものの、鎧のように浮き出た土壁で妨げられる。
しかし、即座に左手の白い銃で一ヶ所に三発の弾丸を撃ち込むと、ひびにナイフを捩じ込んだ。
次の瞬間、魔獣が光の粒子と化して消滅し始める。魔法で生成された土も同様に消えていく。
目の前で繰り広げられた非現実的なまでの高速戦闘、初めて見た聖具の威力、意識の有無を問う別の隊員の声。
そのいずれも、俺にとっては最早どうでもよかった。
たった今、魔獣を屠った隊員。その後ろ姿を見紛うはずもない。
陽川朱果ーー行方を眩ませた幼馴染がそこにいた。
「あ、や……」
絞り出した呼び掛けに彼女が振り向きーー限界を迎えた俺の意識は途絶えた。
馴染みの無い設定が多めですので、分からないところがあれば遠慮なく感想欄で質問してください。