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ノアの選別  作者: 土楯人
一章
1/9

第一話 遭遇

 登下校のために学校に通っていた。

 中学生頃から教室で女子と話すのが気恥ずかしく、周囲を気にせず幼馴染の陽川朱果ひかわあやかと何気無い会話が出来る時間は俺ーー桜田或献さくらだあるけんにとって貴重だった。


「それでねー私とさっちゃんで会話を引き延ばしてる内にミナちゃんが三階の窓から"ロッククライム"で登って飛び降りを止めたんだよ。すごいよね。『あなたが落ちれば私も落ちる。』って。まぁ、急に足首を掴まれた子がビックリして落ちかけたのは危なかったけど。」

「エピソードが重い!」

「私も楽しい話がしたいんだけどインパクトが強過ぎて他の話題が思い付かない……」

「そりゃな……"ロッククライム"使い処あるんなら俺も取っとこうかな。」

「うーん、普段使わないしポイント勿体無くない?」

「今取りたい"才能スキル"も無いし取ってすぐ使えるわけでもないからさ。あ、またBか……」


 スマホに表示された取得可能リストを見て溜め息を吐く。


 活性器アクティベーターーニューロンや体質から適性を測り、ポイントを消費することで電気刺激による神経系の活性化を行い、学習効率を向上する”才能スキル”の習得ができるこの装置は、十二年前の発表以来人類の歩みを三倍に速めたと言われている。


 もちろん、才能と表記するだけあって練習を積まなければ使いこなせず、あくまで汎用的な類型であり自分の体に慣らす期間も要る。


 "才能スキル"にはA~D、EXのランクが存在し、大まかにAが一流、Bが二流、CからプロでDはアマチュアといった扱いで、Aランクをも凌ぐ規格外や、一芸だけならAランクに匹敵するが他はそうでもない特化型はEXに該当する。


 ランクが高いほど取得に必要なポイントは増えるので、メインとなるBランク以上の"才能スキル"を決めて応用が効きそうな低ランクの"才能スキル"で補助するのがセオリーだが、俺はこの手が使えない。

 殆どの"才能スキル"がBランクだからだ。


 Aランク以上の"才能スキル"も無ければやりたいことも無く、なまじどの"才能スキル"もランクが高いためポイントが嵩む。未だに主軸とする"才能スキル"を決めていないため常にBランク一つ分のポイントを残しているせいでもある。


「とりあえず腐らなそうな勉強系と運動系は取ってるけど"ロッククライム"なぁー……朱果ちゃんはもうメインの"才能スキル"決めた?」

「ううん、まだ。」

「そんなに高ランクあったっけ?」


 Aランク以上の"才能スキル"が無く、Bランクの"才能スキル"も常識的な個数にも関わらず、朱果もまたメインの"才能スキル"を決めていなかった。


「えっ、えっと、或君程選択肢が無くても迷いはするよ?そりゃ人生が懸かってますから!何するか楽しみだなー迷うなーあとそういうのスキハラだよ?スキルハラスメント。あっ今欲しい物ある?」


 あたふたしながら露骨に話題を変える様子に、俺自身とやかく言える立場ではないがこの幼馴染はちゃんと将来を見据えているのだろうかと心配になりつつも答える。


「ポイント。」

「そんなんじゃなくて、もっと形になった物というか、買える物というか……」


 ……もしかして明日の俺の誕生日プレゼントに向けて探りを入れているのだろうか。いや、前日に聞いてる時点で色々と駄目だしまだ心理テストの可能性も残っている。でも自然に聞けた私すごいみたいな顔してるんだよなー……


「シャーペンかな。」

「そっか!じゃあ私急用出来たから先帰るね!また明日!」

「お、おう。」


 困惑しつつ念のため入手しやすい物を答えた途端に急用が出来た、あからさまに怪しい幼馴染を見送ると、早くも明日が楽しみになっていた。


 彼女が向かった商店街で災害が発生したと知ったのは二時間後だった。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「来ないで!」


 翌日、出会い頭に拒絶の言葉を残して朱果は走り去った。


 先程まで彼女がいた教室を覗くと放課後にも関わらず三人の女子生徒がこちらを向いて立っていた。

 何事か尋ねると、俺に近付くなと注意していたところ、通りかかった俺を見て逃げ出したのだと語った。


 俺のためだったのだと。


「あの子様子がおかしかったからーー」

「全くありがたくない。陽川さんは付きまとってなんかいなかったし、俺が一緒にいたかっただけだ。俺のためならもうやめてください。」


 早々に会話を終わらせ下駄箱を確認して学校から出ると、激しい夕立が降っていた。朱果は傘を持っているだろうか?折り畳み傘を広げて通学路を急ぐ。


 昨晩から安否確認の電話は繋がらず、朝からは顔を見るなり避けられていたが、ひとまず怪我は無さそうだと安堵するばかりで、誕生日プレゼントが買えなくて気まずいのかもしれないと悠長に考えていた。


 俺のせいだ。


 幼稚園から高校まで同じで、とっくに彼女が好きだったくせに幼馴染の立場に甘えて好意をはっきり伝えてこなかった。

 それが原因で周囲に誤解され、彼女が傷付くぐらいなら、もう勇気がシチュエーションがと逃げるわけにはいかない。


 逸る想いは足を急かし、折り畳み傘さえ邪魔に思えて鞄に突っ込む。


 しばらく走ると路地にずぶ濡れで立ち尽くす朱果の姿があった。傘も差さず、雨宿り出来る場所を探すでもなく、空を見上げる表情は虚に見えた。


「朱果ちゃん!」

「……或君?」


 呼び掛けるとゆっくりこちらを振り向いた。鞄から再び折り畳み傘を取り出して彼女を入れる。


「大丈夫?寒くない?」


 どう見ても大丈夫そうではなかったが、何か話しかけていないとどこかへ消えてしまうのではないかと不安になる出で立ちで、寒さからか微かに震える彼女を少しでも暖めようと抱き締める。


「何があったのか聞いた。俺は朱果ちゃんを鬱陶しいと思ったことなんて一度も無いし、むしろ側に居てくれて嬉しい。いつまでも一緒にいてくれたらいいとすら思ってる。」


 息と共に緊張を飲み込み、積年の科白を告げる。


「ずっと前から好きです。付き合ってください。」

「……!!」


 彼女が目を見開いておずおずと俺の背中に腕を回し、口を開いた次の瞬間、


 ーー俺は突き飛ばされていた。


「あ、違、これは違うの……!私は、私も……!……ごめん、もう無理……」


 まるで無意識にやってしまったと言うように両手を背中に隠した彼女は、首を横に振りながら後退り、俺よりも混乱した様子で駆け出した。

 雨に濡れて確かではなかったが、その目は煌めいて映った。


 翌日から彼女は学校に来なくなり、家に行っても会えなかった。彼女の母もずっと部屋に閉じ籠っている娘を心配していた。

 そうして四ヶ月が過ぎた高校二年の夏休み明け、誰に何を告げることもなく引っ越してしまった。行き先は知らない。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「何でだと思う?」

「汗臭かったんじゃねぇかな。」

「……」

「ほら、雨でも汗かくし湿度が高かったら臭いも籠りそうだろ?全力疾走直後に密着したのがキツかったんじゃねぇ?」

「……」

「あとびしょ濡れの奴がこっちの心配しながら濡れた折り畳み傘鞄から出してくるのも意味分かんなくて怖い。」

「何でそんな酷いこと言うの……?」

「一年半で百回も同じ愚痴されたら返事してるだけマシだと思うぞ。」


 卒業式の帰り道で回想を交えて嘆いていると、灰畑有仁はいはたありひとに辛辣な意見を返された。彼も幼稚園からの幼馴染で、朱果の話は毎回彼に聞いてもらっていた。

 思い返せば、最初は慰めてくれたが、十回を超えた辺りから無言になり、三十回を過ぎると「発見ハグ告白まで展開速くない?」や「お前探偵とか雇いそうだな(笑)」などと容赦の無い返答になっていた。

 却って傷が広がっている気がするものの、愚痴らなければやってられない。これが煙草を止められない人間の思考だろうか。


「有仁は心配じゃないのか?」

「そりゃ心配だが俺としてはお前の方が心配だよ。まだメイン"才能スキル"決めてないんだろ?大学は決めたか?」

「八重大。近いし。」


 特定の才能を持っていると推薦入学を受けられる大学は多く、中でも我が地元の私立八重島大学はなにがしかBランクの"才能スキル"があれば入れるガバガバっぷりからDラン大学の蔑称で親しまれている。

 なお、有仁は中学から続けてきたテニスの名門への推薦入学が早々に確定していた。


「適当だな……」

「そう言う有仁も中高地元だったじゃん。」

「いや、まあ、八重高はテニスそこそこ強かったし、中学から名門行く奴とかガチっぽくて怖いし……」


 普段の投げ遣りな言動とは裏腹に小心者で寂しがり屋の幼馴染は、指摘に顔を赤くしながらもごもごと答えた。心持ち小さくなった姿に思わず笑いを溢すと、別れ道の大通りに着いた。


「有仁は順当に強いし、口の悪さ以外は性格も割とまともだからすぐ友達出来るよ。」

「励ましてんのか煽ってんのか微妙なラインだな……或こそ、とりあえず浮かないように友達作っとけよ。」

「友達作りに大学行くわけじゃないから……」

「そういうのは目標持ってる奴が言うんだよ。」

「目標あったら尚更人脈大事じゃない?」

「どっちにしろ作る一択じゃねぇか……」


 有仁が通う予定の大学は県外にあり、下宿するため暫く会えない。


「GWでも夏休みでも帰って来たら連絡くれよ。どっか遊びに行こう。」

「或がこっちまで来てくれてもいいんだぞ?」

だよ面倒い。……じゃあな。」

「おう。」


 笑いながら軽く手を振って分かれる。


 ーーその時、互いのスマホからけたたましいアラームが響き出した。

 二人だけではない。通りにいる全員のスマホが鳴っている。あえて不快感を覚える音階を奏でるアラートは災害の発生を予告するものだ。


「場所は!?」

「八重島市二丁目四番地ーーここだ。」


 空気に溶けた体を固めるように、ゆらりと異形は現れた。非生物的な硬質の白い外殻で全身を覆い、しかし生物的な滑らかな挙動で周囲を見渡す。人間大で二足歩行ながら敵意に満ちた金色の瞳は、一目で人類に害を為す怪物だと理解させられる。

 眼前五メートル。魔獣が、そこにいた。


初投稿です。何かと不慣れではありますが宜しくお願いします。

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