婚約破棄された御令嬢は桃に仕舞われ川流しの刑に処されるが、イケメンイヌサルキジに溺愛されて鬼ヶ島で陛下を討ち滅ぼします。
昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが居を構えておりました。
ある朝、お爺さんは芝刈りに行くふりをしてハローワークへ。お婆さんは川へ洗濯に行くふりをしてすぐそばのコインランドリーへ向かいました。
お婆さんが川で暇潰しをしていると、川上から大きな桃が『どんぶらこっこえいさっさ、どんぶらこっこえいさっさ』と流れてきました。
お婆さんは『昼飯ゲットだぜ』とこれ幸いに、桃を洗濯物と一緒に持ち帰り中を割ってみると……。
「うう、陛下……どうして……」
なんと桃の中には婚約破棄されたばかりの御令嬢が入っておりました。
「あかんわコレは」
お婆さんとお爺さんは、とんでもない物を拾ってしまったと思い、とりあえずきび団子を差し出しました。
「しくしくもぐもぐ」
御令嬢が泣きながらきび団子を食べます。
すると、御令嬢は途端に元気を取り戻しました。
「食べたら婚約破棄されたのがアホくさくなりましたわ! こうなったら陛下に仕返しでしてよ!!」
よく分からないお爺さんとお婆さんは、とりあえずきび団子を適当に持たせ、御令嬢を見送ることにしました。
陛下の住まう宮殿は、その鬼のような圧政から【鬼ヶ島】と平民の間からは影で呼ばれ、誰しもが近付くことを恐れておりました。
陛下は血も涙も無く、実の弟でさえ気に食わなければ追放してしまうような、正しく鬼のような人物でした。
誰しもが陛下を恐れ、そしてその命令からは逃れられませんでした。
「もしもしそこの御令嬢さん」
道中、犬が御令嬢に話しかけてきました。
「なんでして?」
「コルセットに付けたきび団子、お一つくれれば旅のお供を致しましょう!」
「よろしくてよ」
御令嬢は犬をお供に加え、鬼ヶ島を目指しました。
「もしもしそこの婚約破棄された御令嬢さん」
道中キジが話しかけてきました。
「なんでして」
「相当きつめなコルセットに付けたきび団子、一つよこせばお供になってやりますよ?」
「よろしくてよ」
今度は口の悪いキジをお伴に加え、鬼ヶ島を目指しました。
「もしもしそこの──以下略」
「よろしくてよ」
サルがお伴になりました。鬼ヶ島まではもうすぐです。
鬼ヶ島の近くまでやってくると、御令嬢は平民の格好に扮し、夜の闇に紛れながら宮殿の近くまでやって来ました。
「コルセットしてないとマジ楽ですわ」
壁に張り付き宮殿の入口を覗くと見張りの兵が立っており、誰が通るにもしっかりと検査を行っておりました。これでは忍び込む事も難しそうです。
「どうしたら良いのかしら……」
「もしもしそこのマドモアゼル」
御令嬢が途方に暮れていると、物陰からイケメンが話しかけてきました。
「鬼退治ですかな?」
「い、いえ」
招待がバレたのかと、御令嬢は警戒しました。
「私は貴女の味方です。私の友人も鬼の圧政によって酷い目に遭いましたから」
「わ、私は……」
「婚約破棄の仕返し、私にも手伝わせて下さいな」
イケメンが御令嬢の腰から勝手にきび団子を失敬し、口へとそれを運びました。
「私の事を知っておいででしたのね……」
「私はあの時、婚約破棄の場におりました。そして……昔から貴女のことをずっと。貴女が婚約破棄され、私は怒り兄上に直訴しました。そして私も追放されたのです」
「私のために……そんな」
「貴女の傷に比べればこれくらい」
イケメンが御令嬢の手を取り、しっかりとその目を見つめました。
「あ、あの……お名前をお伺いしても?」
「少し前まではグランヴァルドと呼ばれていたが……今は君の好きに呼んでくれて構わない」
御令嬢はその名前を聞いて大層驚きました。
グランヴァルドは陛下の弟にあたる人物で、その顔は御令嬢もとても良く知っていたからです。
「グランヴァルド様……お顔が以前と違う気が」
「兄上に見付からぬよう、顔を変えたのさ。昔の方が良かったかな?」
「……お似合い、と言うと変化もしれませんが、今のお顔もとても素敵だと思います」
「そうかな。君にそう言われると、とても嬉しく思うよ」
「グランヴァルドさま……」
二人の周りに甘ったるい空気が流れ始めたところで、犬が話しかけました。
「で? どうするんです?」
「考えがある」
「おい、犬が居るぞ」
「ああ」
宮殿の見張りの前を、犬が通りました。
しかし校庭に犬が来てはしゃぐ年齢でも無い見張りは、すぐに犬から視線をそらしました。
が、すぐに興味は犬へと戻りました。
「おい、あの犬いい財布を咥えてるぞ!」
「お! とっ捕まえるぞ!」
薄給の見張り二人は、すぐに高そうな財布に釣られて持ち場を離れてしまいました。
その隙に御令嬢達は宮殿の中へと忍び込みました。
「財布は宜しかったのですか?」
「どうせ中身は空さ」
「随分と様変わりしたものだ……」
宮殿の中を見たイケメンがため息を漏らしました。
追放前の質素さは微塵も感じられず、黄金や宝石でこれでもかと光り輝いていたのです。全て民から絞り上げた税金で買った物です。
「兄上を探さなくては」
「その前に陛下をそそのかした新しい婚約者のエアリーに仕返しをしてやりたいわ」
「了解」
御令嬢達はエアリーの部屋の前へとやって来ました。静かに部屋の覗くと、エアリーはベッドの上で本を広げながらうつらうつらと居眠りをしていました。
御令嬢がそーっと忍びより、灯りを消しました。
「何事!?」
エアリーが驚き声を上げました。
「エアリー」
「へ、陛下!?」
イケメンが陛下の声真似をしました。
「君に会いたくなってね」
「陛下……」
御令嬢がエアリーのベットの上にサルを乗せました。
「陛下…………ん? あら? 陛下ったら急に毛深くなられたのですね」
暗がりでサルを撫で回すエアリーに、御令嬢とイケメンは笑いを堪えるのに必死です。
「いでぇッッ!!!!」
そしてサルがエアリーの指を噛むと、エアリーは悲鳴をあげながら部屋を飛び出して行きました。
「ふん! これで少しは気が晴れましたわ」
「よし、それじゃあ兄上の所へ向かおう」
「お、お前ら……!!」
陛下は二人の顔を見るなり酷く慌て、持っていたワイングラスを落としてしまいました。
「兄上の恐怖政治もここまでだ」
「婚約破棄の報い、しっかりと晴らさせて貰いますわよ!」
御令嬢がスマホを掲げました。その画面にはSNSが映っており、宮殿の絢爛豪華な装飾の数々の画像がアップされておりました。
「ワーッ……!!」
地鳴りのような音と揺れが、宮殿を包み出しました。画像を見た民達が暴動を起こし始めたのです。
宮殿に流れ込んだ民達は宝石の数々を奪い取り、その中には見張りやメイド達も混ざっておりました。
「クッ! かくなる上は……!!」
陛下が懐から小型銃を取り出し二人に向けました。
「一緒に死んでもらう」
御令嬢は身を屈め、イケメンは御令嬢を庇うように覆い被さりました。
──バンッ!
風船を割ったかのような、鈍い音が鳴りました。
御令嬢がそっと目を開けると、陛下の銃は床に転がっており、陛下の手には引っ掻き傷、そして銃弾は天井のシャンデリアの傍へ放たれておりました。
「俺の女に銃を向けるな、アホタレめ」
キジが銃の傍でポーズを決めておりました。どうやら発砲の際、咄嗟に陛下の手を空から蹴飛ばしたようです。
暴動を起こした民達はすぐに陛下の部屋まで押し寄せ、陛下は縛られ宮殿は制圧されてしまいました。
「グランヴァルドさま……いえ、新たなる陛下」
「いいえ。私はそのような器では御座いません。それに私はもう昔の、グランヴァルドではありませんので」
イケメンはそう言いながら、落ちていた冠をキジに乗せ、歩き出しました。
「待って下さい……!!」
御令嬢が慌てて駆け寄りました。
「私も、貴方様についていって宜しいですか!?」
「二人を縛る物は、もう何一つありません」
「それでも、貴方様と歩きたいと思うのです」
「フフ、私で宜しければ喜んで」
御令嬢とイケメンは手を取り合い、熱気あふれる宮殿からそそくさと走り去りました。
そして、のどかな村でひっそりと暮らし始めましたとさ。
昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが居を構えておりました。
お爺さんは山へ芝刈りへ行くふりをして打ちっ放しへ。お婆さんは川へ洗濯をしに行くふりをしてコインランドリーへ。
お婆さんが川で魚を捕っていると、川上から大きな桃が『どんぶらこっこえいさっさ、どんぶらこっこえいさっさ』と流れてきました。
お婆さんは『昼飯ゲットだぜ』とこれ幸いに、桃を洗濯物と一緒に持ち帰り中を割ってみると……。
「……私が間違っていた」
なんと桃の中には打ち拉がれた陛下が入っておりました。
「またかいな」
お婆さんとお爺さんは、とんでもない物を拾ってしまったと思い、とりあえずきび団子を差し出しました。
「う、うう……!!」
「どっから来たのか知らんが、元気だせ、な?」
「ありがとうございます……!! ありがとうございます……!!」
陛下はその美味さに感涙し、泣きながらきび団子を食べました。
そして陛下は自らの過ちを悔い、罪滅ぼしとしてお婆さんからきび団子作りを教わり、きび団子専門店を開くことにしました。おしまい。