かなり危ない
カノンが風呂から出てから、しばらく後。何やら凄まじく落ち込んだ様子のサーリアが共同浴場から出てくる。
「お、ようやく出てきた。随分かかったな」
「……うん」
「どうした? 元気ないな」
先程とは随分と違うサーリアにカノンは疑問符を浮かべ……やがて「あっ」と小さく呟く。
時間切れだ。サーリアの精神にかけた「強化」が解けたのだろう。
強化は基本的には永続的なものではないし、サーリアにかけた程度のものであれば風呂に入っている間に効果時間が終了していてもおかしくはない。
「なんで……なんでさっき、アタシはあんな……」
「気にするなよ。最初から結構ああいう感じだったぞ」
なぐさめのつもりでカノンがそう言えば、サーリアはカノンをキッと睨んでくる。
「嘘よ! アタシ、普段あんな事言わないもん! あー! もう!」
「いや、でも本人の持った資質ではあるんだよなあ……」
「アンタにアタシの何が分かるってのよ」
「分からんけどさ」
分かるはずもない。他人の事が分かる才能でもあるのなら、もっと上手く生きている。
「ま、その押しで俺と組むことになったんだろ?」
「……そりゃそうだけど。アレの件も話すつもりじゃなかったのに……」
「ま、だろうな。最悪お前殺されるし」
王都の家の権利書とはそういう類のものだ。
鉱山を掘れば見つかるかもしれない分、宝石の方が価値が低いくらいだ。
「その件も含め、早めに新しい宿を決めよう。今何処泊ってるんだ?」
「外壁付近の中でも一番高いとこよ」
「もうちょっと中心部付近にしよう。今俺が泊まってる宿を2人部屋に変えればいいと思う」
あまり高すぎるところに泊ってもよからぬ輩に目を付けられるから、そのくらいがちょうどいい塩梅だ。
「だから言ってるでしょ。カツカツなんだってば」
「問題ない。今日ちょっと稼いだからな」
「ええ……? どうやってよ」
「狩りを少々、な」
いいから行くぞ、とカノンがサーリアの手を取れば、サーリアは一気に顔を赤くする。
「ちょ、ちょっと! 強引過ぎない⁉」
「話と飯は早いほうがいいっていうだろ」
「それは傭兵心得でしょ! アタシは冒険者よ⁉」
「俺は冒険者じゃないし」
ズンズンとサーリアを引きずっていくカノンに周囲の人間が口笛などを吹いてからかってくるが、そういう点も含めてこの場から早く立ち去ったほうがいいとカノンは感じていた。
王都の家の権利書。そういう特大の発火物をサーリアが持っている事実を、何処かの悪党が今まで嗅ぎつけなかったのは奇跡に近い。
たとえ「強化」の影響下とはいえサーリアが取引材料に出したということは、サーリアの中ではそういうものとして使える武器だという認識……秘密兵器程度の扱いであることは見て取れる。
そしてそれは、ひどく危険なことだった。