遊び人じゃありません
「はあー……やっぱり高い宿はいいなあ」
言うほど高くはないが、それなりの値段はする宿屋のベッドで、カノンは大きく伸びをする。
キチンと洗われた清潔なシーツ。掃除の行き届いた部屋にはサービスの果実水の入った瓶が置かれており、なんと食事としてパンまでついてくる。
ベッドに転がり、今日の儲けと明日以降のことを考える。
「スライムハンター、か。やっぱりどう考えても長続きする仕事じゃない。もっと安定した仕事を考えないと」
といっても何をするか。高く売れるモンスターを狩るのもいいが、当然危険度も高いし……狩れたとして、何度も狩れば当然値は下がる。
そうすると、安定して需要があるものを売るのが一番良いということになる。
「うーん……狩っても売っても需要の減らないもの……あるかあ、そんなの?」
どう考えても、そんなものはない。
とすれば、どうすればいいのか。
未だ見えない「将来」を見据え、カノンは溜息をつく。
やはり今の経歴が足を引っ張っている。こればかりはどうしようもないのだが……。
「うーん……冒険者、か」
傭兵は波がありすぎる。儲かる時は儲かるが、儲からないときは徹底して儲からない。
おまけに有名になれば戦争屋だの死の香りのダニ野郎とまで罵られるオマケつきだ。
それに比べれば日雇いと言われる程度の冒険者の方が幾らかマシではある。
確率は低いが、冒険者として実績を積めば何処かに雇われる未来だって待っている。
フリーの狩人と比べれば、ある程度確率の良い話とも言えた。
「でも冒険者になる、とすると……あの面倒そうなのに絡まれそうだなあ」
今日も会った少女の事を考えながら、カノンは憂鬱そうな表情になる。
自分と組んだって何一つ良い事はないだろうに、何故自分に絡んでくるのか。
組むならもっと良い魔法使いと組めばいいのだ。まあ、冒険者になるような魔法使いは余程の変わり者に違いないけども。
「ま、しばらくはスライムハンター……かな?」
期待もされてるし、ライバルも少ない今の時期はそれが一番だろう。
元手さえ稼いでおけば、選択肢は増える。
金は経歴の不備を覆す何よりも強い武器だからだ。
「未来を買うには金が要る。金さえあれば未来も買える……はー、せちがらっ」
呟きながらカノンは……「あっ」と声をあげる。
「そうえいば風呂、入ってなかったな」
寮であれば風呂もあったが、宿屋では余程高級なところでなければ風呂などない。
共同浴場に行くしかないわけだが……幸いにも金はある。安い共同浴場くらい余裕だ。
「よっし、行くか!」
そう叫び宿を出て、街の比較的中心部にある共同浴場へと歩いていく。
国民の為の福祉の1つとして各街に設置されている共同浴場は、その場に住む者の社交場でもある。
日々の疲れを愚痴と共に流す場……程度のものではあるが、それでも十分な福祉として成り立っているわけだ。
大きな浴場に辿り着き、男用の入り口に入ろうとすると……背後から何者かに思いきり抱き着かれる。
「み、見つけたー!」
「げえっ!」
「何がげえっ、よ! アタシの何処がそんなにダメだって言うのよ!」
「え、だって凄い面倒そうだし」
「何がよ! アタシはただ、アタシを選べって言おうとしてるだけなのに!」
「うーわ、言い回しがもう面倒くさい!」
「なによー!」
強化魔法を使って逃げようにも、こう組みつかれていては振り払ったときに怪我をさせてしまうかもしれない。だからこそ、その選択肢をカノンは選べない。
「なんだ、別れ話か?」
「結構かわいい子なのになあ」
「結構遊び人なのかな? 見えねえのになあ」
「そういう奴こそ遊び人なんだよ」
そう、共同浴場は社交場だ。いろんな噂が交換されたりするわけで……たぶん今日のトップニュースは確定だろう。
「ぐう、街の皆さんからの好感度が俺は何一つ悪くないのに下がっていく!」
「話くらいしてくれたっていいじゃない! アタシを見るなり逃げてさー!」
それは良くないよなあ、と少女に対する同情的な囁きが増えてきた辺りで、カノンは色んなものを諦めて深い……とっても深いため息をつく。
「分かった、分かったよ……とりあえず話を聞くから。痴情のもつれじゃないって説明してくれないか?」
「ちじょうのもつれ、って何よ」
「恋愛関係のトラブル」
「はあ⁉」
そこで少女はハッとしたように周囲を見て……ささやきを聞いてカッと顔を赤くしてしまう。
「ち、違……これはそういうのじゃ。違っ」
「おいおい、今さら逃げるなよ」
「離してええええ!」
逃げようとした少女を素早く捕まえると、少女は顔を真っ赤にしたままジタバタし始める。
「ほら、やっぱり遊び人だぜ」
「結構強気に攻めるんだな……」
「みなさーん、違いますからねー!」
何やら軽いパニックになっている少女を見てカノンは「どうしたものかな……」と困り顔になってしまうが、一つの手段を思いつき空いている手を少女の頭にのせる。
「精神力強化」
ポゥ、と小さな魔力の光が少女に吸い込まれ……その瞬間、少女はピタッと暴れるのをやめる。
「……よく考えてみれば、そんな恥ずかしいことでもないわよね」
「お、成功した」
「むしろ、そういう方向に持っていけばアタシ以外と組めないようになるんじゃないかしら!」
「いや、その理屈はおかしい」
精神力を「強化」したら、おかしな方向にいってしまったな。いや、元々こういう性格なんだろうか。
そんなことを考えながらも、カノンは少女の言葉の意味を考え始めていた。
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