冒険者にジョブチェン……ん?
本日二回目の更新です。
そして、しばらくの後。カノンは冒険者ギルドに……は居なかった。
「考えてみれば、別に冒険者になる必要はないんだよな。狩りして金稼げばいいんだし」
何よりなんか面倒そうなのに絡まれたし。
そんな事を考えているカノンが居るのは、街の東にある草原だった。
街から一歩出れば危険がいっぱい。それは一般常識ではあるが、その理由が草原のあちこちに居る生き物であった。
「スライムか……」
スライム。ぷにぷにとした軟体状にして半透明の身体を持ち、それ以外の全てを持たないモンスターだ。
目や口などの感覚器官は勿論、その半透明の身体の内部には消化器官らしきものも見受けられない。
どうやって生命維持をしているのか分からない不思議生物でもあるが……実は、スイーツとして人気だったりする。
「女性に人気のスイーツだからな。狩れば間違いなく売れる」
攻撃しなければ襲ってこないスライムではあるが、その弱そうな見た目に反して結構強い。
特に体当たりは大人が骨折するほどの威力があり、スライムハンターなどという職種が成り立つほどでもある。
「おーい、そこの奴! ちょっと待てー!」
「ん?」
かけられた声に振り向くと、カノンの所に向かって走ってくる衛兵の姿。
何かあっただろうか、とカノンが首を傾げていると、やがて息を切らした衛兵がすぐ近くまでやってくる。
「ぜえ、はあ……1人で街道を外れて何処に行くのかと思え、ば……ぜえ」
「えーと……何か?」
「何か、じゃない!」
衛兵は勢いよく顔を上げると、呑気に跳ねているスライムたちを指さす。
「まさか、スライムを狩ろうとか考えてるんじゃないだろうな⁉」
「いや、その通りですが」
「危ない真似をするんじゃない! 日に何人がスライム狩りで怪我してると思ってる! 半死半生の奴を施療院に運ぶのは俺達なんだからな⁉」
「それはご苦労様です」
「まったくだ。ほっといて死体になられても別のモンスターが来るからどうにかしてるが……お前も俺達に迷惑かける気か⁉」
なるほど、確かにスライムの見た目で判断して大怪我をする者は多いと聞く。
カノンもその類だと思われたのは間違いなかった。
「いやいや、俺にはちゃんと勝算がありますよ」
「皆そう言うんだ」
「なら証明しましょう」
「は? 証明?」
カノンが叩いて示したのは、腰に下げた剣。此処に来る前に武器屋の見切り品の中から選んできたものだ。
「剣か? あまり高いものじゃなさそうだが」
「樽に突っ込んであった見切り品ですね。屑鉄で見習いが作ったナマクラだそうです」
「何一つとして安心できる要素が無いな」
「大丈夫です。特に才能がない弟子が作ったそうですから」
「不安を増強してどうすんだ」
「なんと100イエン!」
「リンゴと同じ値段かよ」
「買う時『こいつ馬鹿だな』って顔で見られましたよ」
「だろうな」
鞘から剣を抜き放てば、見る者に不安を与える鈍すぎる輝きを放つ刀身が現れる。
「うわあ……素人目に見ても酷い剣だな」
「俺もそう思います。で、これを……『切れ味強化』、『耐久性強化』」
カノンの詠唱と同時に剣が輝き……不可思議な威圧を放つ刀身へと変化する。
「は? なんだ、その魔法……」
「強化魔法です。結構存在すら知らない人多いみたいですけど」
廃れかけた魔法だしなー、と言いながらカノンは「身体強化」と唱え……剣をその場で振るう。
視認できない程の速さで振るわれる剣に、衛兵の男は目を見開き驚いてしまう。
なんだこれは。そんな思いが彼の中を満たしたのは、あまりにも当然のことだろう。
「お、おい待て。強化魔法? まさかソレで剣と自分を」
「そういうことです。さて……っと!」
走る。近くに居た黄色いスライムを一瞬で切り裂き、カノンは停止する。
「な……一撃⁉ 警戒態勢に入る前に斬ったってのか⁉」
呆然とする衛兵の視線の先で、カノンは余裕の表情で剣を鞘に納めている。
幸いにもスライムには仲間意識はないので、他のスライムが襲ってくることはない。
地面に落ちたスライムの死骸を拾い上げ、カノンは衛兵の元へと戻る。
真っ二つになった黄色スライムの死骸は、爽やかなレモン味がする……らしい。
「とまあ、こういうことです」
「いや、いやいやいや。こういうことって……理解が追いつかん」
「要は俺はスライムを倒せるってことです」
「ん、んん……」
衛兵の男は腕を組み、悩むように首を傾げる。
分からない。何一つとして理解できない。
一つ分かるのは……目の前のカノンが自分の理解の及ばない者ということだけだった。
「そう、だな。それだけ強いならスライムも狩れる、な」
「でしょう?」
「だが、勘の鋭いスライム相手に攻撃動作さえとらせないとは……」
「もうちょい鋭ければ奥の手を使う必要もあったかもしれませんがね」
「まだあるのか……いや、いい。聞きたくない」
あまり常識を壊され過ぎては、今後の仕事に差し支える。
そう悟った衛兵は、軽く手を振るとカノンに背を向けて門に向かって歩き出す。
「頑張れよ。スライムゼリーは俺も好きだ、仕入れが増えれば助かる」
「俺食べた事ないんですよね。なんか高くて」
「そのままでも結構いけるらしいから食えばいいんじゃないか? じゃあな」
去っていく兵士から視線を外し、カノンは手の中の黄色スライムの死骸を見つめ……ナイフで端っこを切り取り口の中に放り込む。
「甘酸っぱいな……あ、クセになりそう」
未練を断ち切るように残りの黄色スライムを袋に入れると、カノンは次に狩るスライムを物色し始めた。