冒険者は結構世知辛い職業です
魔法学校を出たカノンの足取りは、決して重いものではなかった。
むしろ、これからどう生きていくかを考えるとワクワクするほどだ。
「傭兵……はないな。あっちは攻撃魔法使いの独壇場だし。となると、やっぱり冒険者か?」
魔法学校除籍、みたいな経歴でも働けるのはそのくらいのものだ。
今時、鉱山労働だって身分保証が要るし役立たずという印象がついた状態で働けるほど甘くはない。
それに比べれば冒険者は非常に緩い。何しろ余程問題がなければ誰でもなれる。
その辺のチンピラでも冒険者になれるといえば緩さが誰にでも分かるだろう。
日雇いのような仕事で小銭を働く彼等を「冒険者」と呼ぶのは、その刹那的な生き様が冒険だ、という部分もある……が、それはともかく。
「あ、そこの方。冒険者ギルドはどこにあるかご存じですか?」
「えっ……あんた、冒険者になろうってのかい⁉」
「ええ、まあ」
道端に居たおじさんに聞けば、そのおじさんは如何にも嫌そうな顔をする。
「まだ若いのに……人生を捨てるのはやめな? 英雄譚ってのはおとぎ話の方が多いんだぜ?」
「あ、いや。人生捨てるつもりは……むしろ始めようとしてるっていうか」
「皆そう言うんだ。俺は英雄になれるってな。でもいいかい、地味かもしれないがちゃんとした職についたほうがだな」
「足強化」
ヒュン、と音を残してその場から消えたカノンに気付かず、おじさんは何かを言い続け……「ありゃ?」と声をあげる。
「何処行った? 今さっきまで此処に居たはずなんだが……」
見回してもカノンの姿はないが……当然だ。カノンの姿はすでに別の通りにあった。
「はー、困った。冒険者があまり好かれる職業じゃないのは知ってたけどさ」
「何がよ。冒険者馬鹿にしてんの?」
「いや、俺じゃなくて世間の皆様が……って」
思わず足を止めたカノンが振り返れば……そこには、1人の少女の姿があった。
「アンタの言う世間がどの程度の広さか知らないけどね。冒険者は人の役に立つ職業よ」
肩くらいまで伸ばした赤い髪。同じ色の瞳は何処となくキツく、しかし全体としては美少女と呼べる顔立ちの少女がそこに居た。
おそらくは鉄製と思われる胸当てを着け剣を帯びたその姿は、何処からどう見ても傭兵か冒険者以外の何者でもなく……その言い様から、冒険者であることは間違いないと思われた。
「俺もそう思うよ」
「ならさっきの台詞は何よ」
「何って……冒険者ギルドまでの道を聞いたら『人生踏み外しかけてる若者』扱いされたしな。そりゃ、あんな言葉も出るってもんだろ」
「……そういうことね。まったく、一部の連中のせいで偏見がいつまでたっても消えやしない」
苛立たし気な少女を見て「あ、これも面倒なパターンだな?」と感じたカノンはその場からそっと消えようとして……しかし、少女がガシッと腕を掴まれてしまう。
「まあ、いいわ。冒険者ギルドを探してるのね? 依頼をするの? ちなみにアタシは今まで依頼を失敗したことないわよ?」
「うわ、また面倒なのに絡まれた」
「面倒って何よ⁉」
「俺は冒険者になろうとしてるだけだってば」
目に見えて面倒そうな表情のカノンに、少女は気の抜けたような表情になり……しかし、腕は離さない。
「なんだ、そっち? なら案内してあげるわよ」
「いや、場所さえ教えてくれればそれで」
「遠慮しないで。勘違いで絡んだお詫びよ」
「ていうか腕離してくれよ……」
「いいけど……って速⁉ 何その逃げ足!」
足の強化をかけたままのカノンは少女から素早く遠ざかり……追いかけようとした少女は、すでに追いつけないと手を伸ばしたまま固まっていた。
「何、あの速度……どう鍛えたらああなるってのよ」
少女の瞳は、面白いものを見つけたとでもいうかのようにキラキラとした輝きを宿していた。
「冒険者になるって言ってたわよね」
カノンの逃げていった先は、冒険者ギルドのある方角。なら今から追いかければ、登録が終わってすぐに接触できるかもしれない。そう考えた少女は、楽しげな表情で走り出す。
「決めたわ! アイツとパーティーを組む! そうすれば……きっと何かが変わるわ!」
冒険者とは、決して夢に満ち溢れた職業ではない。
残酷なまでの実力主義。それが真実だが……夢に溢れた若者が冒険者になるべくひっきりなしにドアを叩くのもまた、事実である。
そして、少女もまた……そんな若者の、1人であったのだ。