カノン、野に解き放たれる
「君に魔法使いの才能はない。本日をもって除籍処分とする」
「でしょうね」
ファレス魔法学校の校長室。7人中4人くらいはダンディと言いそうな風体の校長は、カノンから返ってきた言葉に思わず唖然とした表情を向けていた。
「あー……すまない。今、なんと?」
「でしょうね、と」
カノン。姓はなく、ただのカノン……庶民の男子生徒だ。
黒い髪と金の眼。容姿に左程特別な特徴もなければ、試験ですさまじい点数をたたき出したこともない。校長自身、報告を受けるまで記憶になかったくらいに普通の生徒で……しかしながら、報告を受けてみればすさまじいまでの劣等生であった。
「何しろ属性魔法は生活魔法のリトルファイアやウォーターに至るまで発動の兆しすらゼロ。攻撃魔法は無属性のマジックアローすら発動せず。かといって防御魔法もダメで回復魔法が使えるわけでもない。おお、自分で言ってて引くくらいの劣等生ですね」
「う、うむ。自分の現状を把握しているのは良い事だ。しかしまあ、なんだ。君は多少の強化魔法が使えるそうではないか」
校長が思わずフォローをしてしまう程度には悲惨なカノンの現状。
そう、カノンは強化魔法と呼ばれる魔法に関しては発動可能であるらしかった。
らしい……というのには、理由がある。
「校長先生もご存じでしょう? 強化魔法はあらゆる魔法の中で断トツの不人気。あらゆる多方面からその有効性を否定された『覚えるだけ無駄』な魔法です。ま、これは俺がいろんな先生から言われただけですが」
「うむ。まあ……な」
たとえば攻撃側の威力を20、防御側の守りを10とした時……攻撃側は10の守りを貫き10のダメージを与える……という計算式が成り立つと仮定しよう。
その時、強化魔法によって「プラス10」が付与された時、その分が合わさり20のダメージを与えられるようになる……と、これが「強化魔法」の理屈だ。
ならばその10倍、100を付与すれば100のダメージを与えられる、とはいかない。
いわば「外付け」の追加装備ともいえる強化魔法を施す限界値というものが存在し、それを超えると霧散、あるいは強化対象の破損といった大原則が存在している。
つまるところ、強化魔法は大きな実力差を埋めるだけの要素とはなりえず……そんなものを使うくらいであれば攻撃魔法を極めたほうがいいというのが常識だ。
そしてそんなものを生徒に指導する教師がいるはずもない。
「確かに強化魔法を教える教師は……いや、教えられる教師は居ないだろう。緩やかに滅びつつある魔法だ」
「散々言われましたよ。無駄なことに使う時間はないって」
「そうだろうな。私も同意見だ」
そんなものを覚えたところで、行く先は明るくない。将来の進路だって無いも同然だ。
「こう言っては何だが、君は魔法使いとしては無能で役立たずと言わざるを得ない。当校は君にこれ以上無駄な時間を使わせる事を良しとはしない」
「承りました。まあ、強化魔法も独学になってしまいましたし……これ以上学校にいる理由もありませんね」
「理解してもらえて幸いだ。君を追放するような形になってしまったのは遺憾ではあるが」
「いいえ。むしろ俺のような無能をよく1年も置いてくださったものだと思います」
ファレス魔法学校は、入学は簡単だが卒業するのは難しい。それ相応の結果というものを出さなければならないが故に……誰もが日々研鑽を続けている。その中に、無能の席がいつまでも用意されるほど甘くはない。
「では、俺はこれで。今までお世話になりました」
「うむ。息災でな」
校長室を、そして校舎を出て……肩に背負える程度の荷物しか持たないカノンが去っていくのを校長室の窓から見下ろしながら、校長は小さく溜息をつく。
「まったく、嫌な役目だ。それというのも……」
「校長!」
ノックもせずに扉を開けて入ってくる男の姿を認め、校長は……今度は大きく溜息をつく。
「何かね、アール先生」
「あのゴミは……チッ、もう行ってしまいましたか!」
「そのゴミとかいうのはもしや、カノン君のことかね?」
「当然です! このファレス魔法学校の栄光の歴史を穢す粗大ゴミ! ようやく追放出来て清々します!」
魔法省の重鎮の紹介でなければ、このダメ教師こそを追放してやるものを。
そんな事を思いながら、校長はダメ教師……もといアール教師の握りしめていた紙束に視線を向ける。
「……それは何かね?」
「ああ、これですか。あのゴミが提出してきたレポートですがね。今日叩き返してやろうと思っていたんです……ああ、残念です」
「ふむ、内容は?」
「強化魔法についてだと聞いた時点で評価対象外としました。当然でしょう?」
「君は……いや、いい。私が預かろう。もう行きたまえ」
アール教師から紙束を受け取り、校長は再び1人になった校長室でレポートをペラペラとめくり始める。
「ふむ、強化魔法についての研究か」
握られグチャグチャになったせいで読みにくいレポートを捲っていくうち……校長の表情は、訝しげなものになっていく。
「加算ではなく掛け算……? 馬鹿な、そんなものが成立するわけがない。いや、しかし……このレポートが真実なら……」
校長の額を流れるのは、一筋の汗。
「……実験記録は無し、か。となると机上の理論ということか……そうだな、有り得るはずがない。もし有り得てしまうなら……」
世界が変わる。そう呟いて。
いやいや、まさかな……と。
校長は、自分で自分の考えを打ち消した。
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