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青年漫画誌はおふくろの視線が痛くて本棚に並べておくのが躊躇われる

「とりあえず、わかっていることを聞かせてくれないか。人名まで含めて」

 俺は、歩きながら、風紀委員の女子に尋ねた。

「……被害者の女子生徒は、1年D組の、市場望(いちばのぞみ)という子です。体操服を自身の鞄の中に入れていたらしいのですけど、昼になって、弁当を取り出そうとして、鞄を見たとき、体操服がなくなっていることに気が付いたそうです。市場さんは学級委員である柄井一(からいはじめ)に相談して、放課後になって、学級会が起こったそうです」

「盗まれた場所は、どこかわかっているのか?」

「鞄は移動させてないでしょうし、D組のロッカーではないかと」

 ふむ。鞄がどういう経路を通って来たか、詳らかにしないと、それは何とも言いようがないか。


 そうこうしているうちに、D組の教室にやって来た。

 風紀委員は、俺たちの方を向いて、

「部外者を入れるのはあまり好ましくないと思われますので、あなたたちは、臨時の風紀委員として、この場に臨んでください」

 言いたいことは、わからなくもないが、それはどうなんだろうか。……まあ、どうでもいいか。


 がらりと戸が開いた。

 中の雰囲気は、入ってすぐにわかるほど、ピリピリしていた。机に座る生徒たちの表情は硬く、おそらくは、自分は無関係と思っているのであろう、大多数の生徒たちは、明らかにいらだちを募らせていた。

 前に立つ生徒が、学級委員の柄井一という男なのだろう。彼の表情も険しい。

 柄井は、入ってきた俺達を一目見たが、風紀委員が介入することは了承しているらしく、小さくうなずくようにしてからは、再びクラスの面々を見た。


「このまま、話していても埒があきません。クラスのみんなを疑うようで悪いけれど、持ち物検査をさせてもらいます。男子は僕が、女子は、女子の学級委員が見ます」

 持ち物検査ねえ。まあ、「犯人出てこい」で、出てくるわけがないのだから、それも致し方ないか。学校に持ってきてはいけないもの、それこそ風紀を乱すようなものを持ってきているやつは、少なからずいるだろうが。

 不純異性交遊の動かぬ証拠が、何人の女子の化粧ポーチから見つかるのだろう。……ああ、やだやだ。不潔この上ない。


 おそらくクラスの中心人物たちなのだろうが、「お前どうすんの。エロ本見つかっちゃうじゃん」「ばっか、アニマルはエロ本じゃねえって。お前のヤンジャンの方がやばい」「ヤンジャンこそエロ本じゃねえよ」と青年誌で何がエロいか議論をし始める。ほんと男子っておバカよね、とか言いながら、聞き耳を立てている女子多数。もちろん我らが、佐藤もその一人である。

 俺はというと、綿貫の耳をふさぎたくて、そわそわとしていた。


 学級委員長の指示で、一人ずつ別室で、鞄その他諸々の持ち物を調べられることになった。さすがに公開処刑をしない配慮はするか。

 学級委員が動いたのに、風紀委員が動く気配を見せないので、

「いいのか、持ち物検査は監視しなくて」

 と尋ねた。


「さすがに、個人のプライバシーは尊重しないとなので」

 まあ、所詮は部外者であるし、学級委員長にさえ見られたくないものはあるだろう。その上どこの誰とも知らない奴らにのぞかれるのも、気分が悪いか。


 教室の雰囲気はお世辞にも和やかとは言えない。リア充どもは、ワイワイ騒いでいるが、俺の同輩(ぼっち)は、おそらく舌打ちをしていることだろう。ボッチにとって、一番嫌いなことは、他人の都合によって自分の時間が奪われることである。

 佐藤は気まずい雰囲気に耐えられなくなったのか(てか、何でこいつもついてきたんだ?)

「風紀委員さん、名前教えてもらってもいい?」

「小坂ゆずです」

「一年生よね」

「はい」

「そんな、かしこまらなくていいじゃない、同学年なんだし」

「そうです……そうね」

「私、佐藤留奈。一年A組」

 そういって、自己紹介した佐藤の後に、俺たちも続いた。


 自己紹介が終わったところで、俺は、

「一年だと大変だな。お上から仕事を押し付けられて」

 大方、二年の先輩から、顎で指図されたんだろう。

 俺は別に彼女に話しかけたわけではなかったのだが、

「あ、いえ、違うんです。風紀委員長が綿貫先輩に相談しに行ったときに、山岳部員は全員一年生だから、同学年の子を遣った方が、気安いだろうと言われて」

 萌菜先輩のお優しい配慮でございますか。どうせなら、俺たちの方に仕事を回さない所まで、気を使ってくれると大変にありがたいのだが。

 気安い、ねえ。別段二年生でも、気を使うことはないんだがな。どうせ俺だんまりだし。……ん?


「なあ、雄清。俺たちのクラスって風紀委員いなかったか?」

 確か小うるさいやつがいた気がするんだが。

「ああ、いたね。前田君だったっけ?」

 気安いという点なら、B組の奴を遣った方がいいと思うんだがな。話したことないけど。


「すみません。深山君の名前しか、執行委員長から伝え聞いていなかったものですから。えっと、深山さんの知り合いはいないかと、風紀の方で確認されたんですけど……」

「わかった。もう言わなくていい」

 彼女が何を言おうとしたか、想像に易い。まあ、あれだ。俺の存在が眩しすぎて、前田氏の目に映らなかったとかそういう感じだろう。うん。

 なぜだろう。目が潤んできたぞ。不可解だ。まことに不思議だ。


 そのあとも適当に時間をつぶして、クラス全員の持ち物検査が済むのを待った。


 柄井一と、女子の学級委員長が教室に戻ってきたところで、

「みんな待たせてすまなかった。今日はもう解散で」

 と柄井が言って、次々と解放された生徒たちは教室を後にした。


 柄井が、被害者である、市場だけ呼んで、風紀委員小坂ゆずと俺たちのところまでやってきた。

「犯人なんだが」

「どなたか分かったんですか?」

 柄井の切り出した話に、小坂ゆずが食いつく。


「実は俺です」

 ……は? 

 一同耳を疑ったことだろう。学級委員長であるところの、柄井一が自ら、犯人であると告白したのだ。


「実は、俺市場さんと付き合っているんだ。それで、悪ふざけの延長で」

 それを聞いた市場は、

「ほんと信じらんない! あんたばっかじゃないの? 皆まで巻き込んで。どうしてすぐに言わなかったの?」

「だって、お前が、騒ぎ立てるから」

 なんだ、惚気(のろけ)かこの野郎。


 彼らのやり取りを聞いた、小坂ゆずは、

「もう、柄井君。風紀委員だって暇じゃないんですよ」

 そうだ。俺たち山岳部員だって暇ではないのだ。

 ちょっと顔が良いからって、周りの人間を巻き込んでいいなどという道理はない。


「ほんとに迷惑をかけてすまなかった。君たちには今度何かおごるから」

「ちょっと! 私も連れてってよね。アホなことしたんだから」

「ああ、わかってるって。……じゃあ、そういうことで」

 そういって、柄井は引き払おうとした。

 ……このまま帰しちまえば、後、俺が、手を煩わされることもない。いつも通りの日常に戻るだけだ。

 よし、帰ろう。愚者を演じるのも、悪くない。


 俺も、体を戸の方に向けたのだが、

「ちょっと、待ってよ。あんた、そんな馬鹿な話で言いくるめられると思ってんの」

 ……蒸し返しちゃう奴がいるんだよな。


「体操服が盗まれたから、学級会を開いて、風紀委員まで呼びに行ったあなたが、実は犯人でした? 人を馬鹿にするのも大概にして。体操服、本当は誰の鞄から出てきたのよ」

 どうして、どうでもいい時に人の頭というのは冴えてしまうのだろうか? さわらぬ神にたたりなしという言葉を、佐藤留奈に教えておくべきだった。


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