俺たち一応山岳部なんだが
学年末考査が終了し、残すは卒業式と、球技大会のみとなった校内は、二月も下旬を迎え、冬の厳しい寒さが温んでいくのに従って、雰囲気も和やかなものになっていた。
いつもより少し早くに登校した俺は、朝から部活に勤しむ諸氏を観察しながら、のんびりと校内を歩いていた。
そんな俺の横を駆け足で、過ぎるものがある。絶世の美女というほどではないが、発情期の男子が放っておかないくらいには、愛嬌のある子だった。部活で使うのだろうか、手提げカバンからは、白衣が覗いていた。
どうやら女子更衣室に向かっているらしい。その女子生徒は、友人を探しているのか、キョロキョロと周りに気を配りながら、女子更衣室の中へと入っていった。
……どこかで見た顔だが、誰だったろうか。
ふっと、色ボケ女、という観念が頭に湧いたが、それ以上のことは思い出すことができなかった。多分既視感とかそんなようなものだろう。高校においては、発情した女子高生など珍しくない。同じく発情した頭の軽そうな、男子高校生と末永く爆発しといてもらえれば、俺に実質的被害はないので、関わらないのが吉である。
それにしても、性の若年化が進んだとか言われるのに、出生率が下がっているというのは今世紀最大の謎かもしれない。データを見てみないとわからないが、未成年者の中絶の実施率でも上がっているのかもしれない。止むに止まれぬ事情があるのかもしれないが、高校生カップルで妊娠するような奴らは、命の大切さを真に理解しているのだろうか。
大方、己の欲望を満たすことしか眼中にない、低俗な連中か。
それは愛じゃない。下心です。
そう考えると、リア充というものも、大分揺らいだ存在だな。……命を大切にしないやつは大嫌いだ! 等しく滅びればいい。見ていて虫酸が走る。そんな俺の心は何に例えようか。……。怒りの鉄拳?
もう開き直って、高校の自販機で、避妊具でも販売したほうが人道的かもしれない。……多分俺が鉄拳で壊す。高校に託児所を付属させるほうが、国政的には良いかもしれない。
政党でも作るか。子作り維新の会。公約は「一高校に、一幼稚園、子作りは高校生から」
高校在学中に、一人以上の子供を作ることを義務化すれば、少子化はたちまち解消されるだろう。多分違憲。だがこの国には、違憲であったとしても、ゴリ押しで実施できるという謎システムがあるので大丈夫。最悪、時代にそぐわないとか言って、改憲すれば大丈夫である。
これを国家権力の横暴という。国内外、世界各国から批判されそう。
多分誰も当選しない。
何はともあれ、リア充(笑)に良い感情を抱かない俺は、命の大切さを理解した超善人。もはや聖人を通り越して神。……違う。
*
「深山さん、今度買い物に付き合ってくれませんか」
綿貫から、そう言われたのは、考査後初の部活をするために、部室にいたときのことである。
「どこだ?」
「大名古屋ビルヂングが新しくなったのご存知です? 新しく作り直したやつです。名駅前の」
「ああ、そういえば、工事終わったらしいな」
名駅を出たところ、桜通りに面する大名古屋ビルヂングは、数年前からビルを新しく作り直していた。ついこの間、オフィス棟に続き、商業施設の開店も執り行われ、再スタートを切ったところである。
「どうでしょう、ちょっと見てみたくないですか?」
「……人混みは好かんのだが。今絶対混んでるぞ」
つい先日、開店したばかりの商業施設だ。混んでない方がおかしい。
「駄目……でしょうか?」
綿貫のうるうるした瞳に、ハートを打ち抜かれた俺は、断りようがなかった。
「仕方ないな。わかった行ってやるよ」
まあ、デートだ。ちょっとくらいの困難、乗り越えてみせるさ。
綿貫は顔を輝かせて言った。
「よかったです。では、深山さんも行けそうだと、萌菜先輩に言っておきますね」
えっ。
「萌菜先輩も来るのか?」
「えっ、ええ。そうですけど」
なんだよ。デートのお誘いかと思っちゃったじゃないか。
待ち合わせ場所や時刻などの、打ち合わせをしていたところ、ガラリと戸が開いた。
そこに立っていたのは、見知らぬ女生徒である。上履きの色を見るに、一年生らしい。
彼女は口を開く。
「山岳部の深山くんは居ますか?」
すごくすごく嫌な予感がした。まさに既視感。
「……俺だが」
「手伝ってほしいことがあるんです。私風紀委員なんですけど、執行委員長に相談したら、ここに来るように言われたんです」
……嗚呼。どうしてこうなる。
*
突っ返すのも面倒だったので、彼女の喋りたいように喋らせた。
「今日のことなんですけど、とある一年の女子生徒の、体操服が無くなってしまったそうなんです。それで、誰の仕業か学級会が開かれたらしいんですけど、犯人がわからなくて、もしかしたら他のクラスのひとがやったのかもしれないということで、話が風紀委員に持ち込まれたんです。先生方にもお知らせして、明日には全校に連絡がなされるらしいですけど」
「……見つからんだろうな」
出てこいと言って出てくるものなら、そもそも犯人は盗りはしないだろう。
「でもまだ学級会は続いています。とりあえず教室まで来てもらえませんか」
どうせここで断ったら、萌菜先輩の耳に届いて、有る事無い事吹聴されるのが落ちである。それに、彼女には少し、借りがあるので、おとなしく手伝っておくのが賢いだろう。……「チョコをあげたのに義理も果たせないのか」とか、「君は女の子から搾り取るだけ搾り取って、後はポイなんだな」とか、「いつもいやらしい目でさやかを見ていること、みんなに言いふらしちゃうよ」とか(なぜそのことを?!)。
……これだから義理チョコは嫌いなんだ。たかだか数百円の出費で、男を手玉に取れるとか、コスパ最強だろ。
だから俺もゴディバの意見に賛成である。売上を自ら減らすような発言をしているわけだが、汚い商戦から降りようとしているのには好感が持てる。今度綿貫と夏帆ちゃんに買ってやろうか。……あ。そういう作戦か。
とりあえず、人間関係の潤滑油としての贈り物の役目を、外国の宗教に絡ませようとするのはやめて欲しい。チョコくらい自分で買えるし。てか、そもそもチョコレートあんまり好きじゃないし。綿貫と夏帆ちゃんから本命チョコレートを貰える俺としては、義理チョコとか……笑。……こほんこほん。
萌菜先輩は気にしていないと言っていたが、チョコの件だけでなく、彼女とは言い争いのようなものをして、不愉快な思いをさせてるから、罪滅ぼしとしては、丁度いいだろう。
手伝いをする理由を見つけたので、風紀委員の君に声をかけた。
「わかった。どこのクラスだ?」
「一年D組です」
はあ、仕方ない。果たすべき義理を果たしに行くとするか。




