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イベントをきっかけに付き合い出す奴らはすぐに別れる

 教室の中心に向かい、わいわいと、打ち上げの打ち合わせをしている、連中の中に、予餞会のリーダーを務める某君の姿を認め、近づいて声をかけた。

「なんだ深山?」

「ちょっと話があるんだが、いいか」

 例のマントの件だとわかったらしく、すぐに某君は廊下までついてきてくれた。


「その人は?」

 某君は廊下にいた佐藤を見て、俺に尋ねる。

「ちょっとしたおまけだから気にしなくていい」

「……おまけって何よ」

 なんか佐藤が抗議の文句を並べていたが、気にせんでいいだろう。


「で、深山、話ってなんだ?」

「演者と一緒にカットされたシーンがあるって聞いたんだが」

「ああそのことか。関係ないと思ったから話さなかったんだが」

 どうやら本気でそう思っているらしい。

「それって誰か教えてもらえるか?」

「綾部だよ。ほらA組の女子と付き合っている」

 男女の話など聞かされても、俺にはてんでわからない。


「もしかして、水瀬さん?」

 佐藤が尋ねた。

「あっ、そうそう。水瀬さん」

 俺だけ置いてけぼりだ。

 誰だよ水瀬って。水瀬と言ったら、世界標準グローバルスタンダードでいっても、心がぴょんぴょんするワードであるはずである。


「おい佐藤、ご注文は俺にもわかる説明だ」

「……さっきの青い服の子よ。……というか男子の方、鈴木でも山田でもないじゃない。あんた、クラスの人の名前くらい覚えなさいよ」

 ……青い服を着たのがチノち……じゃなくて水瀬さんで、その彼氏が売れない役者の綾部? 覚えにくいな。


某君は話を続けた。

「でも特に問題なかったと思うけどな。みんなで話し合って決めたことだし。綾部も納得したと思う」

「……そうか」

 みんな、ね。

 この世界の正義は多数決だ。少数派は涙をのむしか生きる方法はない。

 

 これが、俺達の望んだ民主主義の真理。多数決は不動の正義なのだ。


 ……だのに、世間は若者に個性を持てという。

 個性、それはその人しか持ちえない、光る才能。確かに無いよりあったほうが断然いいのだろうが、それを手にすることは容易ではない。

 みんながみんな、モネになれるわけでも、スティーブ・ジョブズになれるわけでも、イチローになれるわけでもない。

 そんなことは誰にだってわかるはずだ。

 そもそも企業が欲するのは、上の言うとおりに動く、従順な社畜じゃないのか。

 個性を発揮されては困るはずだ。

 大人たちは、子供に自分達の出来ないことをさせる嫌いがあるが、これはその典型だと思う。


 いい加減な夢を、いたいけな少年少女に見させるのはやめてほしい。

 

 世界の普遍の真理は、多数決で、少数派は大多数の人間の幸福を脅かす、悪である。話してもわからないのが集団心理。学校の教師はそう教えるべきだ。


 俺がその事を教えてもらったのは、もう十年以上も前のことである。小さい頃のことなど、殆ど覚えてはいないのだが、あまりに印象深いことだったので、強烈に記憶に焼き付いている。


   *

 

 まだ俺が五歳くらいの頃、保育園の園長が、他の園児と喧嘩して、園庭の隅でミミズを掘っていた俺に言った。


「社会は、人と違うことをする人を受け入れてはくれません。だから、太郎君はもっとお友達と仲良くしなさい」

 記憶はあやふやだが、鬼ごっこでずっと俺が鬼をやるのは、不公平だと文句を言ったら、組の連中から、仲間はずれにされた、とかそんな感じだったろう。それで、一人でいたのだが、輪からはずれる俺は、異端児と映るのか、園長に教育されたのだろう。

 

 余談だが、俺がこんな文言を覚えていた理由は、その後にある。


「人と一緒にいると、嫌な思いをすることが多いもん。だから、固まっている奴らは馬鹿だ」

「……辛い時でも、笑いなさい。そうすれば、幸せになれます。私は毎日笑っているので、こんなに幸せですよ。ほら、太郎君も、にこー」

「でも先生、結婚できないってこの前泣いてたって、担任の由美子先生が他の先生と話してた」


 そう言ったら、本気で落ち込んでしまった彼女を、俺が、訳も分からず慰める羽目になった。

 

 家に帰ってから、そのことをお袋に話したところ、お袋は面白がってノートに書き留めたので、園長号泣事件は、深山家の面白エピソードの一つとして、今でも語り草となっている。……なんか俺がいじめているみたいだな。彼女は結婚できたのだろうか?


 まあ、ともかくだ、学校の教師たちより、俺の保育園の園長のほうが、優秀だったということになるのだろう。……婚活はうまく行っていなかったみたいだが。


 世界は個性を受け入れる優しい場所。生きたいように生きなさい。そんな甘言はもはや小学生にすら通用しない。

 学校は夢を見させる場所ではなく、現実を教える場所であるべきだと思う。

 

 綾部という男が、それをすんなり受け入れられるやつなのか、俺には判断がつかないが。


 俺が、懐かしい思い出に浸っていたところ、某君が尋ねてきた。

「他になんかあるか?」

「衣装班の人に話を聞きたいんだが」

「わかった。呼んでくる」


 すぐに某君は、女子を連れて廊下に戻ってきた。

 その女子というのは、例の白鴉(しろからす)事件で鞄を盗まれた、智代ちゃんだ。


「あれえ? 深山君」

 智代は俺達を見るなり、にっこりと笑った。この女、おそらく俺と佐藤の仲を勘違いしている。

「綿貫さんはどうしたの?」

 どどどどどっどうしてあいつの名前が? 俺は内心パニックに陥るのを、必死に隠そうとして、震える声で返答した。

「べっ、別にどうもしていないが」

「そう。で、話って?」

 呆気なく、本題に入る。こっちが拍子抜けするくらいに。


 俺は小さく咳払いしてから、彼女に尋ねた。

「無くなったマントの事なんだが、どういうマントだったかわかるか?」

「マントォ? えっと、ウールの黒いマントだけど、どうって言われてもねえ。あっそうだ、写真見る?」

 そういって、智代はスマートフォンを取り出した。……彼女には校則という概念がないのだろうか?

「これよこれ」

 黒いマント。確かにそう表現せざるを得ないか。マントなぞ、日常で頻繁に目にするものではないから、なかなか言葉で言い表すのは難しい。

「これはいつまで、確かに、あったんだ?」

 智代は人差し指を顎のあたりに当てて、答えた。

「うーんと、第二体育館には運び込んだの確認したから、今日は確かにあったわよ」


「わかった。ありがとう」

「どういたまして。……あれ? どういたましまして? ……どういたすまして?」

 

 一人で首をひねりながら、脳内辞書を必死に引いている彼女をしり目に、某君が言う。

「後は何かあるか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

「そうか。……今日打ち上げやるんだけど、深山も来るか?」

 よくある社交辞令。答えは一択だ。

「……俺はいいよ。大したことしてないから」

「そうだな」

 肯定されちゃったよ。事実その通りではあるけれども。


 某君と、まだ正しい言葉が出てきてないらしい智代は、クラスの方へと戻っていった。……某君が、智代の腰に手を回して。

 打ち上げ後、そのままお持ち帰りでもするのだろうか。不潔不潔。塩撒いとこ。

 多分、女の化粧ポーチにはすでに避妊具でも入っているのだろう。女性ホルモンが出ると、肌艶が良くなるらしいからな。だから、化粧ポーチに入れるのかもしれない。……違うかもしれない。

 

 学校祭のときもそうだったのだが、イベントがあると、どうにもカップルが量産されるようである。

 目につくところで、イチャコライチャコラ。

 ……別に俺は、リア充が嫌いというわけではない。

 末永く充実した性生活を送ってもらって、子供を大量に生産してもらえれば、国力も上がって万々歳だ。

 綿貫のような、生きているだけで意味のある、ブルジョアを超えた存在を支える国民は多いほうが良い。

 産めよ殖やせよ。


 俺の役目は、そんな、綿貫を支える大衆を押しのけ、彼女をお姫様抱っこすること。

 ……お姫様抱っこすると、手がちょっと柔らかいものに触れそう。

 ……

 やべ、(よだれ)出てきた。

 

 なんにせよ、俺はバカップルに寛大な方だと思う。

 

 腹が立つとすれば、クラスの学校祭カップルに席を挟まれたとき、彼らがタオルを共有しようと、俺の頭を通り越して投げようとしたところ、アホ女が目測を誤って、俺の顔にぶつけたときぐらいである。

 どんだけ、体液混ぜ合わせたいんだよ、お前らは。

 そいつらは、今はすでに、目線すら合わせていないが。……ぷっ。


 ……さて。


「執行室行くか」

 二人だけになったところで、佐藤に言う。

「いいの? ほかに聞き込みしなくて」

 聞き込みねえ。なんか調べておくことはあっただろうか?

 ……

「あー、ちょっと寄り道してもいいか」

 あまり確証の得られるものではないだろうが。

「いいけど」


 妙なもので、俺へのあたりが強いくせに、佐藤は俺の寄り道に付き合ってくれるらしい。

 今日は、たまたま機嫌が良かったのかもしれないが。

 茶柱が立ってたとかそんな感じだろう。


「ねえ、どこ向かってんの?」

 行先も告げずに歩き出した俺に、佐藤は問いかける。

「ちょっちな」

 俺はそそくさと歩を進めた。早く仕事を終わらせるに越したことはない。

 

 目的地に向かっている途中で、綿貫のクラスが練習をしているのを発見した。こんな寒いのに外で練習とは。きょろきょろと綿貫を探してみたのだが、見つけることはできなかった。


 それから向かったのは、部室棟の裏。

 裏門が近くにあって、ごみ捨て場となっているところである。


「こんな所に何の用よ」

 佐藤は訝しんで俺を見た。

「安心しろ。俺はお前に変なことをするつもりはない」

「当たり前でしょうが! で、なんなのよ」

 平手打ちが飛んでくるかもと思ったのだが、まだ不発。本当に今日は機嫌がよいらしい。

 

「あれだよ」


 俺が顎で示した方を佐藤も見た。

「なにあれ? ストーブ?」

「まあ、そんなものだ」

「ちょっと、真面目に答えてよ」

「じゃあまともなことを言え」

「……お風呂?」

「わかった。お前はボケたいだけなんだな。キャラ作りご苦労」

「うっ、うっさいわね」


 俺は勝手に色を成している佐藤を、放っておいて、佐藤がストーブだと言った、煙突付の装置に近づいて、ふたを開けてみた。鎮火されて少し時間が経っているようだが、少なくとも今日何かを燃やしたことは確からしい。俺は手で仰ぐようにして、燃えカスの臭いを嗅いだ。……臭いはあまり残っていないか。


「なにしてんのよ」

「うん。もういい。帰る」


 そういって、俺は執行室のある本館へと足を運ぶ。佐藤は、待ちなさいよ、と叫びながら、ついてきた。


 帰るとき、再び綿貫のC組の練習場所の横を通った。再三、綿貫がいないかと、目で探す。すると今度は見つけることができた。


 手を振ろうかと迷っていたところ、綿貫は、こちらに気が付いて、近づいてきた。

「深山さん、留奈さん、こんにちは」

「よう」

「おつかれこっちゃん」


「どうかなさいましたか?」

 部活でもないのに、校舎をぶらついている俺達を見て、綿貫は不審に思ったのだろう。

「ちょっと、萌菜先輩におつかいというか、またお願い事をされてな」

「そうですか。解決しそうですか?」

「うーん、多分。……聞きたいんだが、お前、綾部って知っているか?」

「えっと、コメディアンの方ですか? テレビはあまり見ないのですが、名前だけは存じております」

「あ、そっちじゃなくて、B組の綾部なんだが」

「あ、はい。存じております」

「今日ここを通ったりしなかったか? 部室棟の裏に行くような」

 俺の質問を聞いて、綿貫は困ったような顔をする。そんな綿貫も可愛い。心がぴょんぴょんする。

「そうですねえ。どうやら事件があったみたいで、先生方が何人かあわただしくしておられましたが。……B組の綾部さん。……通りましたね。はい、通ったと思います」

「そうか。わかった、ありがとう」

 綿貫は俺の言葉を聞いて微笑んで、

「後でお話聞かせてくださいね」

 といった。


 綿貫とお話しして、ポジティブチャージしたところ、そんな幸福感をぶち壊すことが起きる。

 耳になじんだ、校内放送のベルが鳴る。

「連絡です。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください。繰り返します。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください」

 

 ……ほんと勘弁してほしい。


 端から逃げる気などなかったのだが、先ほどの放送のせいで、やたら足取りが重くなった俺ではあったが、報復が怖かったので、仕方なしに執行室の扉の前にたっている。佐藤は先に部室に戻った。


 三回ノックして、どうぞ、という声がかかる。

「失礼します」

 

 執行室に入ったところ、萌菜先輩と雄清がいた。


「どこに行っていたの深山君? 探したよ」

 萌菜先輩にとっては、放送をかけることが、探すということらしい。足を使ったのか甚だ怪しい。

「ちゃんと調べてただけなんですが」

「だめよ、男の子は、女の子待たせちゃ」

 なんという暴論。……。


「わかりました。俺の負けです」

 綿貫萌菜という女性には、論理というものは通用しないらしい。より正確に言うならば、俺がルールだ、を地で行く人なので、俺の論理を当てはめようとすること自体、間違いなのだ。

 要するに萌菜先輩は神。

 それに対抗するには、ゴッデス綿貫を召喚する必要があるが、生憎この場にはいない。


「それで収穫はあったの?」

「まあ、一応。でも確信にはまだ」

「そう、あとどれくらいかかる?」

「明日までには何とか」

「わかった。うまくいったらご褒美に、頭なでなでしてあげる」

「遠慮しときます。では失礼します」

 

 そういってそそくさと、執行室から出てきた。


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