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隙間風が吹くのは何処

 雄清と萌菜先輩と、俺は二年の教室から離れる方に歩いていた。

 俺は頭の中を整理してから、雄清に尋ねる。

「……ちょっと聞きたいんだが、うちのクラスで青いドレス着た演者って誰だ?」

「今日の劇では出てなかったよ。さっきのA組にはいたね」

「じゃあそいつが」

「でも待ってよ。もしかしたら二年生かもしれないぜ。さっきの先輩は一年だって言ってたけど、制服を見たわけじゃないんだから、嘘つかれたらわかんないかもよ。二年A組にも青いドレスはいたし」

 あのウェイウェイが隣のクラスのやつの顔を覚えていないということは、無いと思うが。

「いや、一年だろう。二年A組は二年B組のすぐ後だったんだろ。演者がそんな悠長なことをするわけないだろう」

「そっかあ。じゃあ、あの子が……。でもなんでほかのクラスのことを」


 どうやら状況を整理すると、一年B組のマントはどこかへと消え去ってしまった。その穴を埋める必要があったのだが、B組の連中が、それに気づく間もなく、その穴は埋められていたという話である。

 何とも妙なことが起こったものだ。


 俺が首をひねっていたところ、猪のように突っ込んできたものがあった。

「傑様、今後のことについて相談したいから来てください。山本も」

「ちょっと、榎本!」

 あの、榎本執行副委員長が嵐のようにやってきて、須臾の後に二人を連れ去って行ってしまった。

「深山君! ちょっとだけ待っててくれ!」

 萌菜先輩は最後にそう叫んで、姿が見えなくなってしまった。

 

 監視の目もなくなったので、逃げることはできた。だが、そうすると萌菜先輩が、その権力と、人望を以て、深山太郎という男に社会的死をもたらす恐れがあったので、結局俺は踏みとどまることしかできない。足を引きずるようにして、俺も彼らが向かったであろう、執行室へと行った。もしかしたら第二体育館の方へ行ってしまったのかもしれないが、間違えたからと言って怒られることはないだろう。それに、執行部には金が潤沢にあるのか知らんが、とりあえず、山岳部の部室よりは暖かいはずである。


 歩いている途中で、佐藤に出会った。

「雄清なら、榎本先輩に連れていかれたぞ。萌菜先輩も」

 

「いいから、深山ちょっと」

 チョイチョイと佐藤が俺の服を引っ張った。

「あんだよ」

 佐藤は目配せするように、周りを気にしながら、俺を渡り廊下へと連れ出した。渡り廊下と言っても、壁がなく、ぱーぱーなので実質、外である。……ぱーぱーって名古屋弁らしい。この間綿貫に教えてもらった。何と言えばいいのだろうか、すーすー? 

 とにかく、一月の冷たい伊吹おろしに(さら)されるのは気分の良いものではない。


「寒いんだが」

「あまり人に聞かれたくないから」

「なんだ、俺に告白でもする気か?」

()つわよ」

 こいつの場合本気で()つから怖い。


「あんたも雄くんも、クラスの方に顔だしてないから、知らないかもしれないけど、B組、ひと悶着あったらしいのよ」

 と一層ヒソヒソした声で佐藤は言った。


 俺が眉をひそめたところで、佐藤は話を続ける。

「二、三日前に尺の都合上、カットされたシーンがあるんだって」

「そんで」

「そのマント、もともと使う予定はなかったらしいの」

「どういうことだ?」

「カットされたシーンで使うだけだったのよ」

「……なんで、それでゴタゴタが」

「そのシーンの演者、本番でまったく出てないみたいなの。……外されたのよ演者ごと」

 ……やだ。

 俺はこの世界に相当嫌われているらしい。どうしてこうも、周りでトラブルばかり起こるのだろうか。

 

 今になってようやくたどり着いた結論。


 俺は悪くない。世界が悪い。



 佐藤からきな臭い話を聞かされたところで、放送のベルが鳴った。

「連絡です。職員会議を開くので、教員は直ちに職員室に集まってください。繰り返します。教員は直ちに職員室に集まってください」


「なんかあったのか?」

「さあ。私が知るわけないでしょう」


 そんな折、社会科準備室から、出てきた飯沼先生に遭遇する。緊急招集がかかったといのにのんびりした足取りだ。

「……飯沼先生、なんかあったんですか?」

「どこのどいつか知らんが、無断で焼却炉を使ったやつがいるらしい。今はもう使ってないから、焼却炉なんて処分してしまえばいいんだけど」

「そうですか」

「あなたたちは、そんなことより、部活していなさい。……今は、予餞会で忙しいか」

 とテケテケ、足を止めることなく、そのまま歩いて行ってしまった。


「危ないことするわね」

 飯沼先生の後姿を見送りながら、佐藤はぽつんと言った。

「案外、教員だったりするかもしれんぞ。爺さん先生だと、昔の感覚でやっちまうかもしれんからな」


「まあ、今はそれより、マントの事でしょう」

 はあ、本当ため息をつきたくなる。

「その、外された演者のことについて何か知ってるか? そいつは男か?」

「聞いた感じだと、男子ぽかったけど」


「ふーん。……そういえばお前、A組だったよな」

「そうだけど」

「青い服を着た女子って誰かわかるか? 劇での話なんだが」

「青い服? ……あー、うん、わかる」

「それってどんな奴だ?」

「どうって、別に普通の子だけど」

「悪だくみをしてやろうって感じでは?」

「そんなことないと思うわよ。いい子よ、私ほどじゃないけど」

「は?」

「あ?」

 おお、こわ。


 ふと、昇降口を見下ろした。渡り廊下からだと、校舎に出入りする生徒が、よく見える。

 一組の男女が、校舎から出てくのが見えた。白昼堂々仲良く手をつないでいる。……けっ。

「あんた何見てんの?」

「別に」

 

 そういったのに、佐藤は俺の見ていた方を覗いた。

「ふーん」

 結局面白くなさそうな反応をする。


「俺らも(はた)から見たら、ああいう風に見えるだろうか」

「ちょっと近づかないでくれる?」

 だそうです。


 佐藤はそれからあからさまに距離をとった。


「お前も、早く雄清とくっつけばいいのに」

 そうして、幸せオーラに包まれれば、俺への暴力と、無慈悲な対応も幾分か和らぐことだろう。

「あんたこそ人のこと言えないでしょうが」

 おっ、俺には、遠大にして、雄大にして完璧な計画があるんだからねっ! だいたい学生のうちから、いちゃつくとか、不純異性交遊ではないか。そんな奴ら人間じゃねえ。うちのばあちゃんが言ってたもん。そんな浮ついた連中はまともな大人にならないって。

 性の乱れだ。風紀を乱すな馬鹿どもが。


「ていうかさ、あの子、あんたが言ってた、青い服の子よ」

 佐藤は校門の方へ向かっていった、彼らを見て言った。


 ウェイウェイ先輩曰く、地味そうに見えた、というのに、性生活は大いに乱れているらしい(ほぼ確定)。清楚で可憐な女子の彼氏が、ワルである、という例の定説に関係があるのだろうか。


「隣の男は……俺のクラスの男子だったよな」

「多分ね」

「名前は多分、鈴木とか山田とかそんな感じだったと思う」

「私は知らないけど」

 まあ、どうでもいいや。とりあえず、不純異性交遊をしている、頭がパーリーな連中は等しく、穏やかに地獄に落ちればいい。俺は他人の情事に首を突っ込むほど、暇ではないのだ。


「……雄清たちはいないが、問題は片付けとくか」

 どうせ全部俺がやることになるのだから、彼らを待つのは道理ではない。時間の無駄ですらある。

「まあいいわ。私も手伝ってあげる」

 頼みもしないのに、佐藤が助けを申し出た。役に立つとは思えんが、断っても、打たれるので、連れて行くしかない。


   *


 さて、我がクラスへと舞い戻って来た。

 俺が入ったら、一瞬クラスの連中の目線がこちらに向いたが、すぐに何もなかったかのように、話し始めた。今日の打ち上げの話でもしているのだろう。欠席裁判の要すらなく、俺の打ち上げ欠席は決定している。何と効率を重視した、愛すべきマイクラスであろうか。

 目に浮かぶ水様のものは、そんなクラスメートの有能さに感動した涙であって、己の薄幸を儚んだ涙では決してない。……本当に。

 

 そういえばどうして俺は、予餞会に参加していないのだろうか。……。

 

 冬休み前の学級会のことを思い出した。


   *


「じゃあ、脇役はいいとして、主演をできる人いませんか。台詞も多いので、部活動の忙しくない人が良いと思うんですが」

 某君が教室の前に立ち、劇の役決めをしていた。

 

 運動部のほとんどは、放課後部活の練習があって、なかなか抜け出すのは大変だ。まして俺たちは一年生である。クラスのために部活の方に迷惑をかけるとなると、怖い先輩方の顔がよぎるのは、当然である。

 そうなると文化部の方に目が行くのだが、だからと言って、文化部の連中も暇というわけではない。合唱部やブラスバンド部だって、大会のために必死に練習しているのは同じである。


 暇な部活というと限られている。


「山岳部とか暇そうじゃない」

 誰が言ったのか忘れたが、ある女子がそんなことを言った。

 確かに、冬期登山を県全体で禁止されている、高校山岳部員の諸氏が、冬の間にすることと言ったら、ランニングやら筋トレやらだし、そもそも、夏の間も平日は他の部活に比べて、忙しいということにはならないだろう。俺としては、そこいらの運動部よりきついトレーニングをやっているつもりなのだが、先輩のいない俺たち、神宮(かみのみや)高校山岳部員が他の部活より楽そうに見えるというのは、致し方ないことなのかもしれない。

 そうはいっても、そんな言い方に、少々むっとしてしまうのは、俺でなくともしょうがないことではないだろうか。十キロランニングに加え、バンプアップまでの、きつい筋肉(レジスタンス)トレーニングを毎日こなしている部活はそう多くないはずである。山岳部の練習は、どんな部活の練習より濃いものであると、俺は胸を張って言える(心の中で)。


 いろいろ思うところはあるのだが、結局抗議の声を上げることはない。いくらきつい練習を毎日やっていたとしても、他の部活より練習時間が短いことは事実であるし、なんにせよ好きでやっていることを言い訳にすることもできない。


「悪いけど、僕は執行部の方が忙しくて、練習には出られそうにないや。ごめんね」


「そうか、山本は仕方ないな」

 であるならば、この深山太郎に声がかかる、

「じゃあ、山岳部も駄目だな」

 ――ことはなかった。

 

 深山太郎の所属部活を知るものは、少ない。


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