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三学期ほどだるいものはない 

 年末の大掃除、正月の初詣と人並みにイベントをこなしていたら、いつの間にか冬休み明けも、間近に迫っていた。


 夏帆ちゃんは再び、俺のもとから旅立って行ってしまう。


「夏帆ちゃんどうしていってしまうんだ。お兄ちゃんと一緒にいてくれないのか?」

 俺がおろおろし、夏帆ちゃんとの別離に寂寥の感を覚えていたというのに、夏帆ちゃんは、

「まあ、春になったらまた戻ってくるから。さやかさんに優しくしなきゃ駄目よ」

 と言ってあっさり家を出て行ってしまった。


   *


 三学期。どんなに(だる)くても、授業は再開する。生徒の感情など、配慮されるものではない。

 思うに、学校の教師でさえ、働くのは(だる)いと思っているはずなのに、みんな職場に出てきている。

 嫌だ嫌だと言って、結局働いてしまうのが国民性。俺たちはその予備軍であるわけだ。今のうちに鍛えておけと。


 一月上旬の尾張平野。伊吹おろしはいまだ健在。むしろ今が一番ひどい気がする。ああ、早く春が来て欲しい。……むろん綿貫とはアツアツな毎日……になると思う。


 冬休みが終わったというのに、生徒たちは至極楽しそうだ。

 一月の終わり、センター試験の終了後には、予餞会、つまり三年生を送る会という、一大イベントが催されるからである。


 プログラムの目玉は、在校生による寸劇大会。

 予餞会には、何故か予選があり、予選を勝ち抜いた上位四組のみ、三年生の前で劇を披露することができる。

 どうにも、三年生のためというより、自分達が勝負事を楽しんでいるようにしか見えないのだが。


   *


 別段、役割を与えられていない、高等遊民であるところの俺は、伊吹おろしの吹き(すさ)ぶ、冬の盛り、お世辞にも暖かいとは言えないが、幾分か外よりは空気の(ぬる)んだ、部室にて温かいお茶を飲んで一息をついていた。


「平和だ」

「そうね」

 部室にいるのは、俺と佐藤の二人である。

 雄清は予餞会の準備。綿貫は、あの美貌(びぼう)をクラスの連中が放っておくはずもなく、主演女優に抜擢され寸劇練習の真っ最中である。今日はうちのクラスの予選発表があり、綿貫のクラスは明日だったと思う。


 トラブルメーカーも、アラウザーもいないのだから、俺の放課後はかつてないほどに安穏としていた。北風が窓をがたがたと鳴らし、佐藤がすんと、時たま、鼻を啜る小さな音のほか、部室は至って静かだった。


「風邪ひいてんのか?」

「寒いだけよ」

「俺が温めてやろうか?」

「遠慮しとく」

 にべもなく断られる。まあ、俺としてもお願いされても困るのだが。


 部室は再び静寂に包まれた。


「平和だ」

 何度も同じセリフを言う俺に、少々苛立ちを覚えたのか佐藤は、

「……私に構って欲しいの?」

 と言った。


「そんな馬鹿な」

「だったら黙ってなさいよ」

「構って欲しいと言ったら、お前は構ってくれるのか?」

「なわけ。てゆーか、あんた絶対そんなこと言わないし」

 そう言って、佐藤は手元に目を落とす。勉強でもしてるのかと思えば、漫画を読んでいる。まあ、なんにせよ邪魔するのは悪いか。


 しかるに、俺は黙っていようと思ったのだが、自分でも気づかないうちに、ため息を漏らしていたらしく、

「分かった。こっちゃんがいなくて寂しいのね。わかります」

 と佐藤に言われる。

「いや、どちらかと言うと、夏帆ちゃんが行ってしまったことが寂しいからだな。おい、俺を蔑んだ目で見るな?」

「シスコン滅びろ」

 滅びろというのはちと酷い。兄妹愛ほどこの世で美しいものは存在しないのだから。……そもそも俺はシスコンではない。


 しばらくは意識していたのだが、どうにも人の気持ちというのは、理性でどうにかできるものではないらしい。ぱたんと本を閉じた佐藤が、

「あんたまた、ため息ついてるわよ。……なんだかんだで、あんたもゴタゴタが好きなんじゃない?」

「どういうことだ?」

 ゴタゴタとは。それは俺が最も忌憚(きたん)するところのものだ。


「春の間は、遠足費の件や、私の鞄のことや、こっちゃんのことで忙しくしてたじゃない?」

 忙しくしてた、というのは、俺がそれらの問題を解決しようと、足を動かし、頭を捻ったということだが、前の二つはこいつに直接関係することであったので、こいつが知っているのは当然なのだが、最後のは、おそらく隆一さんの失踪のことを言っているのだろう。だが、綿貫に口止めされていた俺は、こいつにそのことを伝えてないし、綿貫がその件に関して、佐藤に何も言ってないのは当然である。

 俺の意識せず内に、ポロリとこぼしていたのか。

 生まれてこの方、なるたけ人との約束は守れるぐらいには、誠実に生きてきたつもりなのだが。


「お前に綿貫の話、してたか?」

 佐藤は、あんた馬鹿? とでも言いたげな顔をした。

「私が気づかないとでも思ったの?」

「そうか、そんなに俺のことが気になっていたのか」

 佐藤に冷たい目で見られたのは、言うに及ばないこと。


 それはそれとして。


「それで、二学期も、四方山日記の記事を作成するために、いろいろやってたじゃない」

「そうだな」

 本当に、行く先々でトラブルに巻き込まれた。だが、綿貫と仲良くできたので、差し引きプラスだ。


「なんか、演劇部の廃部の件にも首を突っ込んでたみたいだし」

「不可抗力でな」

 でもそのせいか知らないが、綿貫とクルーズに乗れたので、概ね加点。


「遠足行った時も、白いカラス探したりしたじゃない」

「別に好んでやったわけじゃないけどな」

 だが、別に事件が起きなくとも、歩き回ったには相違ないので、さしたる問題ではなかった。何より、珍しいものもみられたし、レモンタルトをごちそうになったので、加点である。

 ……


 この俺が厄介ごとを好むだと?


 確かにこの一年の、俺の高校生活のうち、冬に入ってから、俺の生活は今までにないほど安定したものだ。それこそ、俺が、喉から手が出るほど、欲したものではなかったか。その状態に俺がどうして不満を感じると言うのか?

 

「十一月以降、そういうのなかったでしょう」

「そういうのって?」

「事件よ。事件」

「事件がそうそう、一高校生の身の回りで起こってたまるかよ」

 俺が生きているのは、ごく普通の、高校生の日常であって、体が子供で、頭脳が大人な名探偵のように、殺人事件がエブリデイな、非日常を生きているのではない。


「そうだけどさ。あんたもその忙しさに慣れちゃって、逆に何もないと落ち着かない体になっちゃったのよ」

「つまり、より強い刺激じゃないと、満足できない体になってしまったわけだな」

「……()つわよ」

 俺は何か変なことを言っただろうか、いや言ってない。


「お前が言いたいのは、俺が、厄介事は好かん、事件は嫌だ、と言っているのは、饅頭まんじゅう怖いと、一緒だということだな」

陰影(ニュアンス)としてはね」

 

 ……いや、ないな。


「俺は、今のこの平穏な高校生活以上に、望むべくものはない。こんな幸福な時間が今後続くならば、お前の王子様になってやってもいいぞ」

「いや、こっちこそ、そんなの願い下げよ。誰得よそれ。あんたが王子様とか、まじギャグなんですけど」


 軽口を叩きあっている最中、部室の扉が開いた。


「おお、雄清ではないか」

「太郎、緊急要請だ」

 あ、なんか嫌な予感がする。

「それ以上言うな。俺は帰る」

「事件が発生した。萌菜先輩が呼んでいる。先輩から伝言だ。

夏帆ちゃん、味噌カツ屋での話。ばらす」

 

 ……俺の安寧の高校生活が、音と立てて瓦解するのが、手に取るようにわかった。

 恥の多い人生を送ってきたのだ。ここで更に、道化をする訳には行かない。萌菜先輩の指示に従う他ないのだろう。

 ていうか、萌菜先輩まじで洒落にならないよ。




 

 


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