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これはデートじゃないんだよな

 たまの外出というのも存外楽しいものだ。俺は電車に揺られながら柄にもなくそんなことを思っていた。

 今日は日曜日。俺は登山靴を買うために名古屋に向かう電車に乗っていた。

 当初の計画では俺と雄清と綿貫との三人だったのだが、佐藤も山岳部に入部したので四人で買い物に行くことになっている。

 

 俺が住むところは田んぼが広がる田園都市だが、十分も電車に揺られれば名古屋に着く。あっという間に目的の駅についた。日曜なのでもう十時だというのに駅ビルには人が溢れている。俺は集合場所である駅ビル内の金時計の下に向かった。


 綿貫はすぐに見つかった。思えば私服の綿貫を見るのは初めてだ。なるほど、お嬢様の服装はいかにもしおらしいじゃないか。俺の女子の私服の脳内画像は女子小学生で停止していたからなかなか新鮮だった。

 あっ、いや、俺には年子の妹がいた。だが、妹は女子とカウントすべきではないな。うむ。それに三月に会ったきり、顔を合わせていない。俺の最愛の妹、深山夏帆みやまかほは大阪の私立中高一貫校で全寮制学校に通っているのだ。

 そんなに、俺と同じ家にいたくないのだろうか?

 ぐすん。


 閑話休題。


 普段は他人の服など気にしないものだ。……女の服装が印象に残っていないのは俺の行動範囲が狭すぎるせいなのかもしれないが。

 生憎服には疎いので、綿貫のそれを詳しく言葉で表現することはできない。膝下の丈のスカートと白いブラウス? を着ていた。制服と違って柔らかい生地のせいか、胸がかっこよく突き出している。細く、だが適度に肉付きの良い足の先にはサンダルを履き、マニキュアまでしている(あとで知ったことなのだが、足にするのはマニキュアでなくペディキュアというらしい。統一しろよ、と思う)。だが派手ではなく、品の良い色だ。


 俺と同い年の女子というと、まだまだ子供のように感じるのだが、胸やら、むっちりした腿やらを見て、体つきはもう大人に近いのだな、ということに気づくとき、なんだか妙な感覚を覚える。

 我に返り、綿貫を頭からつま先まで観察している自分に気づく。何をしているんだ俺は。じろじろ女体を見るなんて、字面にしたら変態そのものではないか。


 それにしても雄清と佐藤はまだか。俺はギリギリの電車に乗ったから一緒に来たのでなければ二人は遅刻ということになる。綿貫に近づいて尋ねた。

「二人は?」

「こんにちは深山さん」

 ……

「うっす」

 さすがお嬢様は躾がよろしいようで。

「実はお二人は来られなくなりました」

 さも言いにくそうに言った。そうか二人は来られないのか。

 ……はて、困った。


「今朝、山本さんから連絡がありまして、実は家にもう靴やその他一式があることが分かったので今日は行かない。留奈さんに買い物の助言を求められたので留奈さんと一緒に行くのだと言ってました」

 他の人が聞けば、山本と言う男はなんとそそっかしいやつだ、あるいはなんと身勝手な男なのだろうと思ったかもしれないが、俺は思わなかった。それは俺が寛大だからではない。雄清の言が嘘だと思ったからだ。


 一体どこの高校生が買った登山道具の事を忘れるだろうか。


 雄清は俺を家から引っ張りだし、この綿貫さやかと二人きりにさせることを目論んだのだ。俺が二人だけなら来ないのを見越して直前までその事を伏せていた。恐らく佐藤にもほらを吹き込んで協力させたのだろう。佐藤は雄清の頼みなら断らないし、あいつもこの手の話は大好きだ。

 ったく嵌められたぜ。


 さすがにここで帰るのは綿貫に悪いし、何より電車賃が無駄になる。抗う術はない。仕方がないが雄清の策に大人しくはまることにしよう。

「では行きましょうか」

「ん」

 

 今この時間ほど他人の目が気になる経験は未だかつてない。はぁ、これでは、はたから見るとカップルがデートをしているようにしか見えないではないか。

 いやそれは自己賛美が過ぎるか。

 周りの人間にはお嬢様とその下僕、という風に見えているのが実情だろう。


 目的の山岳ショップは駅から程近いところにあった。

 看板を見上げる。

 「日和見荘」なんともけったいな名前だ。日和見と聞けば悪い意味しか思い浮かばない。それとも俺が知らない意味があるのだろうか。


 なかは想像していたよりもずっと広かった。ビルの一階に店を構えているのだが、入り口横手に靴だけが十メートルほど並んでいて、奥のほうを見やるとウェアが何列にもわたって陳列してあった。

「いらっしゃい」

 中年の店員が応対した。店長だろうか。

「いやぁ、若いご夫婦が山登りですか仲がよろしくてよいですね」

 この翁とんでもないことをいってくれる。本気なのだろうか。もしそうならば、老眼の進みすぎだな。


 綿貫がすかさず訂正する。

「いえ、私たち高校の山岳部員ですよ。飯沼先生の紹介でこちらに伺ったのです」

「ああ飯沼さんの。ハイハイ、話は聞いてますよ。いやぁ、僕もね実は君らの高校のOBでね、山岳部だったんですよ。廃部寸前だったって聞いていたから心配しておりました。飯沼先生とは、古い仲でね……」

 飯沼先生のなじみならば年は相当だな。そうは見えないほど若々しく矍鑠かくしゃくとしているが。


 綿貫は店主と話し込んでいたので、俺は一人で店内を見て回ることにした。

 値札を見て驚愕する。なぜこんなにも、どれもこれも高いのだろうか。一番安いTシャツでさえ五千円もする。登山靴は当然もっと高い。

 今日は貯金をおろして半分持ってきたから靴だけなら買うことはできるが他のものは買えそうにない。寝袋やマットにザックはまた買いに来なければならないだろう。


 綿貫は店主とまだ話している。何をそんなに話しているのだろうか。店主は三十路を優に越しているだろう。共通の話題があるとも思えないのだが。俺は気になったので耳を澄ましてみた。店主が綿貫に尋ねている。

「へぇ、おうちはこの近くなんですね。どの辺りですか」

「上田です」

「あー、あそこは立派なおうちが多いですよね。失礼ですがお名前は」

「綿貫さやかです」

「おお、これはたまげた。綿貫さんのところの娘さんでしたか。あなたみたいなしっかりした方が跡継ぎならばカゾク、綿貫家も安泰ですな。握手してもよろしいかな」

「はい、いいですよ」


 カゾク? なんのこっちゃ。綿貫家は家族で、大海原は一族経営。家族は一族で、一族は家族だ。この翁は一族経営の事をいっているのだろうか。

 それにしても握手とは大袈裟な。確かに綿貫は美人だが芸能人などではない。


「それにしても、お父様はよく許してくれましたな。色々言われましたでしょう」

 店主は続ける。

「はい。でも最終的には私のしたいようにさせてくれました」

 綿貫が山に登ることについて言っているのだろうか。

 店主は少しく、じっと綿貫のことを見ていたが、思い出したように言った。

「……無駄話が過ぎましたな。ええと、まずは登山靴ですね」 


 買い物には一時間かかった。実を言うと俺は二十分ほどで選び終えていたのだが、綿貫は登山靴の他に登山服とザックと寝袋と色々買い込んでいたのでそれだけ時間がかかったのだ。

 四十分ほど待ったが、綿貫の買い物の早さはイライラするほど遅くはない。むしろ他の女の人に比べれば判断が早くてよろしいのではと思える。 まあ、雄清が聞けば女性に対する偏見だと言うかもしれないが。


 服を買うに当たって、綿貫は当然のごとく試着をしたのだが、それに少々問題があった。

 別に俺は女がカーテンの向こうで着替えていようと、変な想像ができるほど「立派」な頭はしていない。しかし綿貫が着替えの途中で顔を出してはあれをとってくれとか、これを取れとか言うのには閉口した。着替えの途中だから恐らく肌着しか着ていないのである。もっとご令嬢らしくしてもらいたいものだ。さしずめ俺は召し使いと言ったところだろうか。


 極めつけは、試着した格好を見せてどれが一番良いか俺に聞いてきたことである。そんなこと俺に聞くなよと思いながら、どれも似合うと、なんだか典型的な駄目男の返事をしてしまった。


 俺たちは店を出た。綿貫は両手に山のような荷を抱えている。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「別に」


 多少の手伝いをし、ご令嬢らしからぬ大胆な行為には辟易へきえきしたが、ほとんどの時間は本を読んで待っていたのでいつも通りの日曜日だった。だから本当にそう思っていた。

「お昼も近いですしどうです、私の家に来ませんか。すぐ近くですよ。お詫びにご馳走させてください」

 綿貫は俺に気を使っているのだろう。

「いや、いいよ」

 社交辞令は好まないし、それにそんなことをすれば雄清が目論んだ以上の事態になってしまうではないか。


 けれども、綿貫は粘った。逆に俺が気を使うほどに。

「遠慮なさらないでください。そうしないと私の気がすまないのです」

 例のごとくキラキラした眼で見てくる。ああまたこの眼にやられると思ったときにはもう返事をしてしまっていた。

「……そこまで言うなら」

「はいっ。では行きましょうか」

「待て」

 俺は半ば強引に綿貫の荷物を持った。

「ただ飯食う気にはならんからな。こうしないと俺の気がすまない」

 俺の言葉を聞いた綿貫はにっこりと微笑んだ。

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