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白いドレス(黒い外套・後日譚)

 あら、いらっしゃいローク君。

 今日はどうしたの? ああ、ご実家の畑の野菜? 『採れすぎて食べきれないから』? おつかいで持ってきてくれたのね。

 ありがとう、助かるわ! さっそく今晩にでも宿のお客様たちにもご賞味していただくわ。母さんにそう伝えておくわね。

 ああ、わたし? わたしはね……もう今晩には宿ここにいないの。ひとりで旅立つことにしたの。『なんで』って……うぅん、困ったことを訊くわね……。

 いいわ。きっともう今世は会えないでしょうから、お別れのキスのかわりに話しましょう。わたしはね、前世は死神だったの。幼い姿の死神だったの。

 ううん、嘘じゃないわ! 本当に死神だったのよ。どれだけ香り高く咲き乱れている花だろうと、どれだけ甘く熟れきっている果物だろうと、黒手袋の手をかざすだけでみなみなぐずぐずに腐って死にいたる……そんな死神だったのよ。

 そんなわたしは、生まれてすぐの初仕事で、人間界にやってきたの。『お客』は幼い少年だった。肌が透き通るように青白くって、腕は恐いくらいに細くって……いかにも病弱な感じの綺麗な子だった。

 目の色は海底の宝石みたいに深くあおく澄んでいて……。そうね、ローク君、あなたの瞳にそっくりだわ。あなたはいかにも健康そうな少年で、実際本当に元気だけれど。

 その病弱な少年はね、体が弱いこと以外は本当にあなたみたいに優しくて素敵な少年で。わたしはすぐに、彼に恋をしてしまったの。彼の命を奪おうなんてとんでもない、そう思うようになってしまったの。

 死神失格――。もうこうなったらどうしようもないじゃない。出会って半年でしびれを切らして彼は訊いたわ。

『ねえ、いつになったら僕を殺してくれるのさ?』

 わたしはこう答えたの、『連れてなんかいけやしない、お前に恋をしてしまったから』

 そうしてわたしは自殺したの、いつでもすっぽりかぶっていた黒い外套マントをひるがえして。死神には首から下はなくってね、外套をめくると何もなくなって存在も消えてしまうのよ。

 それからどれだけ経ったのか知れない、わたしは生まれ変わったの。この宿屋の娘にね。もちろん前世のことなんて何も覚えてはいなかった。

 生まれて十年も経ったかしら、ある時黒い外套マントを羽織ったお兄さんが宿に泊まって……そのひとはずっと外套を羽織っていた。

 不思議に思ってわたしは訊いたの、『何で部屋でもずっと外套を脱がないの?』って。そのお兄さんは答えたの、『僕は死神なんだ』って。そうしてわたしと明かさないまま、わたしの過去の話をして……ああ、何てこと! そのお兄さんは死神だったわたしの『お客』、あの優しくて病弱な少年だったのよ!

 彼はわたしを探していたの、死神の生まれ変わりを探していたの! 彼もずっとわたしを好いてくれていたのよ!

 けれども、わたしの形見の死神の外套を羽織っているうち、彼はいつか死神になってしまっていたの。

『だから今度はきっと僕が、相手を殺す羽目になる』

『それならいっそこうして死んでしまいましょう』――。

 彼はそう言って、大きく外套をめくったの。外套の下には何もなかった。そう、今度は彼が自ら死んでしまったの。

 だからわたしは決心したの、大人になったら彼の生まれ変わりを探しに行こうって。彼の成長に合わせていつか大きくなった黒い死神の外套を羽織って、世界をさ迷って探そうって。

 わたしはね、その時から外套の背たけに見合うまで、自分の体が成長するのを待っていたのよ。でももう待つことはない、わたしももう二十歳はたちになって、こんなにせいが伸びたから。

 だからさよならよ、ローク君。あなたはそんなに苦労しないで、大きくなったら良いお嫁さんを見つけなさいね。

 ……え? 『旅立つ必要はない』? どうして? ……いやね、あのひとにそっくりなそんな瞳で見つめないで……。


 戸惑う乙女の耳もとに口を近づけて、ローク少年は一言「マユ」とささやいた。乙女は思わず目を見はり、驚きに満ちた目で少年を見つめた。

 何故その名を? 自分が死神だったころの真名まなを、どうしてこの子が知っているの?

 少年は口もとに蜜を含み、あどけないのにどこか大人びた笑みを浮かべた。

「まだ気づかないの? そんなに『似てる』って言いながら、まだ真実ほんとうに気づかないの? ねえいい加減に分かってよ、マユ・マユリ・マユカ……」

 今年十歳の少年は……ちょうどあの死神の青年が亡くなった時分に生まれた少年は、良く似た蒼い瞳で微笑う。真名のフルネームで名を呼ばれ、蒼い瞳で微笑まれ、乙女の目からぱたぱたと涙があふれて落ちた。

 この子は。この子は、あの死神の。

 二十歳の乙女があまりの感動に耐えきれず、ローク少年に泣きついた。肩を震わせてしゃくりあげる乙女の背中せなを、少年は蒼い目を緩ませながら優しく撫ぜた。

 まるで、生き別れ死に別れの末にようやく巡り逢った、運命の恋人にするように。




 それから十年の月日が過ぎて、乙女は青年となった少年と結ばれた。死神の黒い外套ではなく、純白のレースのドレスを身につけて――。(了)

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