アンドロイドケース
「やだーーー!! この子がいいの!!!」
オロオロするご主人様たちをよそに、お嬢様は私に抱きついたまま離れなかった。
「でもその子は随分古いし、こっちの新しい子の方がたくさん映画も見られるし、お歌も聞けるのよ?」
奥様がお嬢様に優しく諭し、新型のアンドロイドを示した。
それは輝く金髪をピシリとまとめ上げ、真っ白なリボンでまとめている。透き通った蒼い瞳からかすかに出ているレーザーは空中にも映像を映しだせる新機能で、先日公開されたばかりの映画を流している。
「今の映画もお歌も好きだもん! 私はイチがいいの!!」
しかし、お嬢様は映画を見ようともせず頑なに私に抱きついたまま。
新型に比べて清潔さは負けず劣らずとも、経年劣化でくすんだ白いエプロンドレスはお嬢様が強く握りしめる手によってあちこちシワがよっている。
その後もご主人様たちはなんとかなだめようとしたが、延々駄々をこね続けたお嬢様にとうとう根負けして買い換えを諦め、私にできる限りのアップデートを施して帰ることになった。
「イチコ! どう?! この前のママが着てたのに似てない?」
お嬢様が紺色のドレスを当ててこちらを振り返った。
「よくお似合いです、お嬢様。しかし残念ながらそちらのお洋服はサイズが少し大きいようです。類似したデザインの服が付近にあるか、検索致します」
「あー、もう。良いよ! それより疲れたからお茶しよ! 近くのカフェ調べて!」
「承知致しました。近隣のカフェを探します」
私の返答に、お嬢様は大きく手を振って検索中止を示したので、指示に従い検索を中断、新しい検索を開始する。
「一番近い現在空席のカフェが◯×カフェ、当ビル5階です」
「ん、そこで良いや。案内よろしく」
「かしこまりました。こちらです」
お嬢様の了承を得て、私は彼女を先導して歩き出した。
すれ違う人の誰もかれもが、様々な種類のアンドロイドを引き連れている。
一般的には私のような人型や犬型、猫型などの動物型より、機能性重視の球体型や箱型などが一般的なので、時折物珍しげに見られる事もあった。
目的の5Fに到着すると、エスカレーター前がアンドロイドケース売り場になっていた。一定サイズ以上のアンドロイドは電車など公共の乗り物に乗る際、転倒事故の防止のために専用のケースに入れて所定の車両に預けることが法律により定められている。
ケース売り場にはシンプルなケースもあれば奇抜なケースもあり、種類とサイズが豊富に揃っていた。お嬢様をカフェへ案内するため、そのコーナーを横切ろうとした時、ふと自分のエプロンドレスと同じ紺色に白いフリルの付いたケースが目に入った。
ケースの縁に明るい金色のラインが入っており、透き通った蒼のガラス玉がアクセントになっている、可愛らしいデザインのケース。
ふと、どこかで見たことがあるような、懐かしい気分になった気がした。アンドロイドに感情はないのに。
「イチコストップ!」
「はい、お嬢様」
ケース売り場を抜けようとした時、お嬢様がそう言って私の袖を引いた。
足を止めて振り返るうちに、お嬢様はするするとケース売り場の中に入り、その紺色のケースの前で足を止めた。
「このケース可愛いね! イチコ、今度からこれにしよう!」
「……え?」
お嬢様が嬉々として示したのは、先程目に止まったあのケースだった。
わかりました、お嬢様、と普段の回路なら答えていただろうと思う。
しかし、ケースを見たときに感じたアレは何かの不具合だったのだろうか、私はこう答えていた。
「お嬢様、そのケースは私には少し不釣り合いに思います。現在のケースで不都合はありませんし、こちらは必要ないかと」
「それじゃあカード払いで……え?」
当然肯定の返答を予想していたお嬢様が、ぽかんと口を開けてこちらを振り返った。すぐさま訂正するべきだ、そう分かっているはずなのに、正しく回路は機能しない。
「気に入らなかった? イチコ、これ見てたでしょ?」
「大変失礼致しました、お嬢様。システムの不具合が発生した可能性があります。至急トラブルシューティングを行います」
不思議そうな、少し不安げな表情のお嬢様に頭を下げて、私は内部システムのスキャンを開始した。
問題のありそうな感覚システム、思考システム、知識システム、脳メモリー……
……スキャンを終了して、私の音声システムが結果を告げる。
「スキャンを完了しました。異常は見つかりませんでした」
その結果を聞いて、お嬢様はほっと息を吐いた。
しかし私自身はその結果が今ひとつ信じられなかった。
メンテナンスやパーツ交換などの手入れは徹底しているため状態は悪くないはずだが、旧式の私にはいつ想定外の不具合が起きてもおかしくない。
「異常なしね。で、イチコはこのケース嫌なの?」
「嫌というわけでは……でも、私には不似合いですし……」
「なんで?」
私の返答に改めてお嬢様が問う言葉に、私はやはり首を縦には振れなかった。そんな私の反応に、お嬢様はただ首をかしげる。言葉に詰まった私の返事を、じっとお嬢様が待っていたそのとき。
タタタッと軽快な足音でお嬢様と同じ年頃の少女が駆け寄ってきた。
「ミミ、新しいケースこれにしよう!」
今まで私たちが見ていたケースを示して彼女が振り返った先には、金髪をぴしりとまとめた蒼い瞳のアンドロイドが立っていた。
そのアンドロイドはおよそ十年ほど前なら最新型だったであろう型。年季が入ったはずの今も変わらず輝く金髪に真っ白なエプロンドレスは、主人から大切に手入れされている様子がうかがえる。
「お店の中で走るのは危険です、お気をつけくださいお嬢様。しかし、私のためにケースを選んでくださることは感激の極みです」
にこり、とプログラムによって微笑む蒼い瞳のアンドロイドは、少女に諭しながら近づいてくる。その間にちらりと蒼い瞳がこちらを向いて、すぐ自らの主人に戻された。
私たちアンドロイドは主のために存在する。その他の物は主に危害を加えるかどうか判断出来れば認識としては十分だ。
「あーはいはい。それよりケース、これで良いよね? ミミっぽくて可愛いし」
「……お嬢様、よろしければその隣のケースにしませんか? そちらの方が学校行事にも使えてよろしいのではと愚考します」
「え? こっち?」
少女が念を押した言葉に、蒼い瞳のアンドロイドは少しロードをかけてから少女が示したケースの隣の商品を示した。そちらは紺色に白いレース飾りだけのシンプルなデザイン。ぽつりと隣のお嬢様が、イチコっぽい、と口の中で呟いたのを私の聴覚センサーは聞き逃さなかった。
「んー、シンプルだけど、それもいっか。ミミがそう言うならいいよ」
「提案を聞き入れてくださり、ありがとうございます。お嬢様」
にこり、とまた微笑むアンドロイドに、少女はまんざらでも無さそうにシンプルな紺のケースを持ってレジへ向かう。彼女に続く蒼い瞳のアンドロイドは、すれ違う間際、にこりと私たちを見て微笑んだ。
やりとりを呆然と見ていた私たちは、二人を見送った顔を見合わせる。ぷっとお嬢様が吹き出した。
「アンドロイドって笑うんだね。結構思いっきり愛想笑いだったけど」
「私には表情筋装置は搭載されておりません、申し訳ございません」
「あー、いらないいらない。イチコは愛想笑いしないからいいんじゃん」
でもあの二人は良かったな、と呟いてお嬢様は、蒼いガラスのついたケースに手を置いた。
「イチコ。このケース買おう。イチコになんかあげたくなったから」
「……はい。お嬢様からの贈り物でしたら喜んで」
愛想笑いも出来ない私は、ただ深く頭を垂れて、お嬢様の言葉にうなずいた。
その日の夜、買って頂いたケースをそっと撫でながら考える。
もう数年したら、流石に回路が保たずに私は動かなくなるだろう。廃棄されるときは、このケースに私の体を入れて貰おう。
終わりを迎えるのは、このケースの中が良い。
それを伝えたら、お嬢様は怒った後、いずれ必ずそうしてくれるだろうな。そう考えて、表情筋の無い私も笑いたくなるような、そんな感情が浮かんだ気がした。
初投稿ですのでどうかお手柔らかによろしくお願い致します。
とある方のつぶやきに着想を頂きました。
この場をかりて御礼申し上げます。




