09 ラカンの町
「あの、お二人には、よろしければ、こちらの依頼を受けて頂けると、非常に助かるんですけど……」
びくびくとしながら一枚の紙を差し出すギルド職員の女性。
それを見ていたサンゾーは、おどかし過ぎちゃったかな、と少々バツの悪い気持ちになる。
「怒ってるわけじゃないから、気にしないで」
「うう、すみません……」
「……??」
何も分かっていない風情のゴークは、不思議そうにサンゾーとギルド職員の女性を顔を交互に見るばかりだ。
サンゾーは、差し出された紙の内容を確認する。
「えーと、なになに……? 『夜間の畑の見回り依頼』?」
「……はい。そこの依頼ボードにもずっと貼ってあるんですが、どなたも受けてくれませんので……。
依頼内容としては、オークの目撃例が多く、また定期的に確認されている町の北側の畑の見回りになります。オークは人が寝静まった深夜に出没することが多いようですので、その時間に合わせ、夜10時から朝方までの依頼です。
報酬は銀貨10枚になります。また、オークを討伐できれば別途討伐報酬が出ます」
「……なるほど」
確かに、この依頼は誰も受けないかも知れないな、とサンゾーは思う。
第一に報酬が少ない。銀貨10枚だと、サンゾーたちのような二人のパーティでも1日分の旅費でほぼ消えてしまう。
第二に危険である。一匹とはいえオークが、そこそこの確率で出現するとなると、戦闘となる可能性が高い。
第三に……。
「……夜、かぁ。実質次の日も一日潰れちゃうわね」
そうなのだ。夜間のこの依頼を受けるとなると、ほぼ睡眠が取れない。自然、次の日は休養に当てざるを得なくなる。
「うーん。どう思う? ゴーク」
「そうッスね……」
話を振られたゴークは少し考え、
「次の第四のほこらッスけど。ここからだと山道を20キロ、野営を避けたいなら往復ッス。可能なら朝早い時間に出たいんスよ。
今から休んで明日の朝早く出ても良いッスけど、山道を行く体力を考えると、ここで1日休んでも良いかな、とは思うッス」
「そっか、なるほどね」
街道を行く20キロと山道を行く20キロは意味合いが違う。場合によっては倍以上の時間がかかることもあるし、体力の消耗も激しい。それを考えると、1日休んでから出発する、というのは理のある提案と言えた。
「んじゃあ、明日は休養に当てるとして。今日はこの依頼受けましょうか」
そしてサンゾーはギルド職員の女性に向き直る。
「そういう訳で、この依頼受けさせてもらいます」
「ありがとうございますー!!」
そう言って、ギルド職員の女性はサンゾーとゴークを拝むように頭を下げたのだった。
ギルドで依頼を受注した後。サンゾーとゴークは宿を取り、夜に備えて仮眠をした。
そして皆が寝静まった頃、月明かりが照らす道を、2人は連れ立って町の北へ向かっていた。
「しかしお師匠。さっきは何で怒ってたんッスか?」
「……私も聖人君子じゃないし、気に入らないことがあれば怒ることもあるよ。
何で怒ってたのかは……。ごめん、ちょっと恥ずかしいから、説明は勘弁して。反省してるし……」
宿の部屋に引っ込んだ後、サンゾーも色々考えたのだ。さっきのはちょっと大人げなかったかな、とか、でもあの言動は、とか。
そして気付いた。ギルド職員の女性には、あれしか手段が無かったのかも、と。
ギルドは静観、町には依頼を受けてくれる冒険者がいない。もちろん本人に討伐などできるはずもない。ギルド職員という立場上、無理に依頼を押し付けることもできない。そうしている間にも盗難被害は増えていき、いつ人が襲われるかも……。
同情を誘うあの言動も、悩んだ末の苦肉の策だったのだろうか。
(あああ~……悪いことしたかなぁ~……)
サンゾーは、仮眠を取ることもできず、ベッドの上で悶え苦しんだのであった。
「……まぁ、とりあえず今は依頼を頑張りましょ。人助けだと思ってさ」
「そうッスね。でもギルド職員の人、詳しくは今晩町の北に来て下されば分かります、って言ってたッスけど、どういうことなんッスかね?」
「そうねぇー……。あれ、あの光……」
2人の前方に、夜にしてはずいぶん明るくなっている場所がある。宿屋かと思ったが、大体は町の中心部近くにあるものであり、町の外れに近いこのあたりにあるのは少々おかしい。
そして近づくにつれ、2人はその発光の原因が推測できてきた。ここ数日でだいぶ見慣れてきた、あの光は。
「お師匠、あれ、もしかして……」
「そうよね、ほこら、よね……」
第五のほこらがラカンの町の近くにある、ということは地図で見ていたが、どうやらこの町ではほこらを町の一部としているようだ。確かに町の入口近くに発行するほこらがあれば、町の場所を知らせる松明代わりになる。
そして、その光の前に人が一人立っていた。背を向けて立っていたその人物はサンゾーとゴークの足跡に反応し、振り返る。
「お待ちしておりました。サンゾーさん、ゴークさん」
「あれ、あなた、ギルドにいた……」
「はい。ギルド職員のジルと申します。今回は依頼を受けていただき、重ねがさね御礼申し上げます」
ジルはサンゾーとゴークに向かって深々と頭を下げた。
それを見たサンゾーはいたたまれない気持ちになる。
「……いえ、こちらこそ。先程は失礼な態度を取ってしまい、すみませんでした。
経緯はどうあれ、受けた依頼はしっかりと遂行させてもらいます。どうぞ頭を上げて下さい」
「はい、よろしくお願いします」
顔を上げたジルは、サンゾーの顔が曇っているのを見て、一瞬怯んだ様子を見せた。
しかしその様子からサンゾーに敵意が無いことに気付いたのか、次の瞬間にはサンゾーに向けて朗らかに笑いかける。
「……うふふ。優しいですね、サンゾーさん」
「……あはは。いえいえ、ジルさんこそ」
顔を見合わせて笑い合うジルとサンゾー。
事情を飲み込めていないゴークは、一人訳が分からないといった顔で2人を眺めるのであった。
「ジルさん、私たちが来るまでここで待っていたんですか?」
「いえ、実はですね……。このあたりの畑、私の実家のものなんです」
道理でオークに対して過敏になる訳だ。サンゾーは納得がいった。
「実はこの依頼も私の実家で出したものでして。なので、今の私の立場としてはギルド職員兼依頼人、ということになります。
それで、お二人にお願いしたい見回りなのですが。実際のところは、見回るほどの広さもありませんので、見張り、が正しいかと思います。
目的はオークの撃退。可能であれば討伐。首尾よくいった際には、別途成功報酬もお出しできるかと思います。
何かご質問はありますか?」
その言葉に、ぴっ、とサンゾーが手を挙げる。
「はい、サンゾーさん」
「えーと。オークが大体どの辺りに出そうか、とか分かりますか?」
「そうですね……」
ジルは畑の一点を指差す。
「今の季節ですと、畑のあの辺りに、収穫間近のニンジンやジャガイモが植えてありまして、最近も一度荒らされています。あと家の近くに青菜などが植わっていて食べ頃ですが、今のところ家の近くまで荒らされていたことはありませんので、可能性が高いのは畑の方でしょうか」
「しっかりその辺は分かって荒らしていくんですね……」
「そうですね、本能なんでしょうか……。
ちなみに、直近では3日前に出没しています。このところの出没周期からすると、もしかすると今日あたり……」
危なそう、ということか。サンゾーとゴークは深く頷いた。
「他に何かご質問はありますか?」
「ありません、大丈夫です。ゴークはどう?」
サンゾーが水を向けると、ゴークも特に無いという風に首を振った。
「では、よろしくお願い致します。
……あと、もしよろしければ。見張りの際に、私の家の敷地内にある小屋を使ってはいかがでしょうか。それほど寒い季節ではありませんが、夜は冷えますし……。物置に使っている粗末な小屋ですが、壁と屋根がある分、野外よりは良いかと思います。小屋の扉は畑の方を向いていますので、開け放てば小屋の中からでも見張れると思いますし」
サンゾーとゴークは一も二もなく頷いた。野営の準備はしてきているが、屋根と壁がある場所で過ごせるならそれに越したことはない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
「いえいえ、こちらこそ……。では、ご案内しますね」
サンゾーとゴークはジルに連れられ、ジルの家にある物置小屋までやってきた。小屋の扉は観音開きになっており、中からでも十分に畑を見張ることができる。
「これなら問題なさそうッスね」
「そうね。お心遣い感謝します、ジルさん」
「はい。では、私は母屋の方におりますので。日が昇った頃に朝食をお持ちしますね」
よろしくお願いします、と再度言い残し、ジルは去っていった。
「さて、それじゃ……。扉の真ん前にいるのは何だし、扉の影にいましょうか。私は左、ゴークは右、でいい?」
「大丈夫ッス!」
サンゾーとゴークは左右に分かれ、扉の影に陣取った。この配置なら、2人の視界を合わせて小屋の正面を180°見渡せる。
そうして、長い夜が始まった。