08 第三番所
「よし、次は第三のほこらね!」
「はいッス!」
ギルドの受付嬢から冒険者登録票を受け取ったサンゾーとゴークは、ダイマの町の入口まで来ていた。
その際に受付嬢から、何か依頼を受けて行かれますか、と尋ねられたが、断った。サンゾーたちの目的はオヘンロ・クエストであり、冒険者として活動することではない。
「次は西に27キロだっけ?」
「そうッスね。次も街道沿いにあるので、難しいことはないはずッス。今日のうちには着けるッスかね」
「よし、それじゃしゅっぱーつ!」
「おー!」
そうしてサンゾーとゴークはダイマの町を後にした。
夕方に差し掛かる頃、2人は第三のほこらに到着した。
「暗くなり始めてたから、今回も分かりやすかったね」
「そうッスね。それでは……」
コロン、ピカーッ!
コロン、ピカーッ!
「よしよし。あとは元々入ってた玉を元に戻して……っと。完了!
えーと次は……『西→40km』! そんなに遠くないわね!」
「お疲れ様ッス! 次の町も割と近くにあるッスから、今日はそこで一泊ッスかね!」
「だね! それじゃ行こう!」
「おー!」
夜。第三のほこらにほど近いイターノの町にて宿を取ったサンゾーとゴークは、宿の食堂で食後の会話をしていた。
「なんていうか、順調ねぇ……」
「まぁ、最初ッスからね。ほこらも街道沿いに固まってますし。
でも、次のほこらは山の中ッスよ」
「あれ、そうだっけ?」
「はいッス」
そう言ってゴークは地図を取り出し、広げる。
「今いるのがこのイターノの町ッス。で、次のほこらが……」
第三のほこらから街道沿いに10kmほど南下したあたりにあるイターノの町から、ゴークは指をひっぱり、北西方向を指差す。
「ここッス」
「一直線に行くと山の中を行かなきゃならないのかー……」
「そうッスね。でも、このイターノの町から第5のほこら近くのラカンの町まで街道が通ってるっす」
そう言いながら、ゴークはイターノの町から西へ街道をなぞる。すると第5のほこらと、ラカンの町の記載がある。
第4のほこらから見るとほぼ真南に当たる場所だ。ラカンの町から第4のほこらまでは20キロほどだろうか。
「なので、一旦ラカンの町まで行って一泊、そこから北上して第4のほこらに行けば楽だと思うッス」
「なーるほど。考えてるね、ゴーク! 頼りになるぅ!」
「……いやいや、それほどでもないッス。オレっち、昔っからこの地図を眺めて旅路を考えるのが趣味だったッスから」
言葉とは裏腹に、ゴークは得意そうに鼻をこする。
言われてみると、サンゾーの真新しい地図と違い、ゴークの地図は使い込まれた跡がある。色々と書き込みもされているようだ。
「おかげで助かってるよ。これからもよろしくね、ゴーク!」
「はいッス、任せて下さいッス!」
翌朝、2人はイターノの町を出発した。
出掛けに冒険者ギルドに寄って情報ボードを確認したが、ラカンの町についての新しい情報は無かった。ダイマの町で見たのと同じく、『西方、ラカンの町周辺。オーク出現注意報』の記載があるだけだ。
「オークねぇ……。ホントに出るのかしら」
「ギルドの情報ボードに書いてあるってことは、それなりに確実な情報だと思うッスけど……。ラカンの町のギルドで確認してみるのが良いかもッスね」
「そうね、そうしよっか。町に着いてからギルドに寄る時間くらいあるわよね」
「はいッス。暗くなる前には着けると思うッス」
「まぁ、途中でオークが出なければ、だよね」
「そうッスね。気をつけて行きましょう」
「おー!」
しかし、予想に反してオークの姿を見ること無く、サンゾーとゴークはその日の夕方にはラカンの町に到着した。
「オーク、出なかったッスね」
「そうね。警戒して損しちゃった」
「万が一を考えたら、損ってことはないと思うッスけど。とりあえずギルドに行ってみます?」
「だね、宿の前にギルドに寄っていこうか」
2人はラカンの冒険者ギルドの扉をくぐり、情報ボードへ近づく。
「えーと……あ、これかな?」
『住民・冒険者の皆様へ
現在、ラカンの町の周辺でオークの目撃情報が多くなっています。
今のところ、物を盗まれたという報告だけで、人が襲われたとの報告はありませんが、十分に注意して頂くようお願い致します』
「……変ッスね」
「ん? 何が?」
「オークにはある程度の知能があるはずッスが、基本的には魔物ッス。人と会えば襲ってくることもあるッスが、物を盗んだりはしないはずッスし、そもそも人里まで下りてくることが少ないはずなんスが……」
「うーん……。言われてみればそうね。ちょっと詳しく聞いてみましょうか」
2人はカウンターへ行き、そこにいたギルド職員に話しかけた。背の小さい、可愛らしい女の人だ。
「すみません、ちょっとお聞きしたいんですが」
「はい! 何でしょうか?」
「私たち、先程こちらの町に着いたのですが。そこの情報ボードにある、オークについて……」
「あー……。えーとですね……」
ギルド職員が語ってくれたところによると。
半年ほど前からラカンの町の周辺でオークの目撃情報が上がるようになった。とは言っても、最初のうちは遠くから見た、程度の話だったらしい。
基本的にこの辺りはオークの生息範囲ではない。また、オークは群れ単位で暮らす魔物であり、繁殖力も高い。もし近くに棲みついたのだとしたら、大きな被害が出る前に対処するべきだ。そこでギルド主導で山狩りを行ったが、オークの群れを発見することはできなかった。
しかし、その後も目撃情報は続いた。夜に町の北側に広がる畑で見た、との証言もあり、確認しに行ってみると確かに畑が荒らされ、作物が持ち去られていた。
そして今も、断続的に盗難被害は続いているのだが……。
「どうも、群れではなくはぐれオークみたいなんですよね」
「はぐれオーク?」
「はい。オークは基本的に群れで生活しますが、時折群れからはぐれて一匹でいることもあります。
目撃情報を聞き合わせますと、目撃されているのは常に一匹で、どの証言でも同じような格好をしています。2m近い体格に、突き出た鼻と腹。どこかの冒険者から奪ったのか、ボロボロの革鎧上下に黒いフード。
フードを被っているオークなんて珍しいですから、おそらく同じ個体ではないかと」
「ふーん……」
「被害は町の北側に集中していて、おそらく北の山の中にねぐらがあるのでは無いかと思われています。まぁ、山狩りでは何も見つからなかったんですけど……」
サンゾーとゴークは顔を見合わせる。ラカンの町から見て北の山。第四のほこらと同じ方向である。
「今のところ人的被害はありませんし、山狩りも不発。はぐれオークならそのうち討伐されるだろう、ということで、今のところギルドは静観の構えです。でも……」
ギルド職員の女性は悲しそうに顔を伏せる。
「盗難被害を受けている農家さんたちは困っています。最近は2~3日おきに畑に現れて、好き勝手に作物を荒らして行くそうです。今はまだ人が襲われたことはありませんが、いつ襲われるかと思うと、安心して畑仕事もできないそうです」
そう言ってギルド職員の女性はちらっとサンゾーとゴークを見る。
「ああ、どなたか親切な冒険者の方がオークを討伐して下されば、農家さんたちも安心して暮らせるのですが……」
(……むぅ)
サンゾーは考える。確かにオークの出没はこの町にとっては迷惑なことで、困っているのは本当だろう。
だが、なんとなく……なんとなくなのだが、同情を誘うようなこのやり口が気に入らない。普通に頼めば良いのに……と思いながら隣のゴークの様子を伺うと、ゴークは気付いていないのか気にしていないのか、ふんふんと頷いていた。
(……よし、ゴークに決めてもらおう)
「……だってさ、ゴーク。どうする?」
「ええっ、ここでオレっちに振るんスか!?」
「そうよ、パーティのことだもの。どちらにしろ北には行くし、私はどっちでもいいんだけど」
「うーん……」
ゴークは少し考えて、口を開いた。
「オレっちとしては、困ってる人がいるなら助けてあげたいッスけど……。お師匠、良いッスか?」
「まぁ、良いんじゃない?」
「ありがとうございます!!」
そこに、ギルド職員の女性が食い気味で割り込んでくる。
「助かりますー!! 小さい町なので実力の高い冒険者さんもいなくて、本当に困っていたんですよ!!」
「私たちがそうとは限らないけどね……」
「いえいえ、旅をしている冒険者さんは皆それなりの実力をお持ちですよ。オークなんていちころ! です!!」
「だと良いけどね……」
不機嫌さを隠さずにサンゾーが言うのを、ゴークは不思議そうな顔で見ている。
それに気付いたのか、ギルド職員の女性はしゅん、とすると、
「……すみません。お姉さんにはお見通しでしたね。冒険者の方って男性が多いので、普段の癖でやっちゃいました」
ごめんなさい、と再度頭を下げるギルド職員の女性。
その姿を見て、サンゾーは溜飲が下がる思いがした。根は悪い人ではないのだろう。
「こちらこそごめんなさい。困っているのは本当でしょうに……意地悪するつもりはなかったんだけど。
……さて! それじゃ私たちは何をすれば良いのかな!?」
つとめて明るく、サンゾーはそう言ったのだった。