06 第二番所
「そろそろだと思うんスけど……」
リョウゼンを出て半日ほど。サンゾーとゴークは街道を歩いていた。
空には夕焼けが見え始めている。地図によると、もうそろそろ第二のほこらがあるはずなのだが……。
「あれ、ゴーク、あの光見える?」
サンゾーが指差した先には、暗くなり始めた街道の先に、一箇所だけ明るく見える場所がある。
「もう少し行かないと町はないはずよね?」
「あ、あれッスよお師匠! 行ってみましょう!」
2人は遠くに見える光に近づいていく。
視認できる距離まで来ると、確かにそれはほこらのようだ。
では、この光は……?
「もしかして、誰か先にいる?」
「どうッスかね。気配は感じませんけど」
「でもこの光って、願いの玉の光でしょう? 誰かいるんじゃないの?」
「あぁ、それはッスね……。お師匠、この地図を見て、何か気付くことはありませんか?」
「地図?」
言われてサンゾーが地図に目を通す。今いる地点が第二のほこら。そして点々と、街道沿いにほこらが続いている。
(……あれ?)
「もしかして、街道沿いにほこらがある?」
「そうなんスよ。普通は夜に街道を通る人なんていないッスけど、どうしても急ぐ場合とかありますしね。そういう時に、途中に灯火があれば……」
「ああ、確かに便利ね!」
「そうッス。昔の人が、ほこらに沿って街道を作ったんだと思います」
「へぇー、なるほどねぇ。さすがゴーク、詳しいね」
「全部和尚の受け売りッスけどね。いつか旅に出る日のために、和尚がオヘンロ・クエストについて知ってることは何でも話してもらいましたッスから」
「ふーん……」
サンゾーは、今よりもう少し少年に近いゴークが、和尚様にオヘンロ・クエストの話をねだっている姿を想像する。それは何か、とても心温まる光景のように思えた。
(たぶん、ゴークの押しに負けて、苦笑いしながら話していたんだろうなぁ……)
思わず頬が緩んでしまうのをサンゾーが押し殺していると、
「ん? どうしたんスかお師匠、変な顔して」
「いやいや、何でもないよ! さて第二のほこら、行ってみよう!」
サンゾーはごまかすようにそう言って、足早にほこらへ向かうのであった。
「確かに願いの玉が入ってて、光ってるね……」
「そうッスね。何でも、ほこらの中に入れておけば半永久的に光るらしいッスよ」
「へぇ~……。ますます不思議ねぇ……」
サンゾーとゴークは第二のほこらの前で、ほこらを脇から覗き込みながら話していた。正面から覗き込もうとすると、眩しくてとても直接見ることができないのだ。
「そういうものらしいッス、としか言えないッスが……。とりあえずお師匠、今入っている願いの玉を取り出しましょう」
「はいよっと」
サンゾーはほこらから願いの玉を取り出す。すると光はスッと消えた。
「やっぱり白に戻るんだねぇ……」
「さてお師匠、次はオレっち達の願いの玉を入れなきゃですよ!」
「はいはいっと」
コロン、ピカーッ!
コロン、ピカーッ!
「あっさり終わったね」
「ほこらで難しいことをする訳じゃないッスしね。さて、次はどこッスかね」
「えーと。『第二のほこら。次→西に27km』。次はもうちょっと遠いね」
「でも明日には着くッスかね」
「そうだね。あ、そういえばこの最初に入ってた玉、どうすれば良いの?」
「元に戻しておくッスよ。そうすると街道を通る人が困らないッス」
サンゾーがほこらに願いの玉を入れると、再度光を放ち出す。
「近くだとやっぱりちょっと眩しいね。まぁ灯火としてはこのくらいの方が良いのかな。
でも、こうやってただ入れてあるんだと、誰か持っていっちゃう人とかいそうだね」
「(ギク)そ、そうッスね……」
「……んー……?」
サンゾーの言葉に、露骨に顔を逸らすゴーク。
(怪しい……)
「ゴークくん? ちょっとこっち見てみようか」
「な、なんッスか、お師匠……」
振り向いたゴークを、サンゾーはジッと見つめる。身長が同じくらいなので、目線の高さもほぼ同じだ。
しかしゴークはサンゾーと目を合わさず、キョトキョトと目を泳がせている。
(ふむ、年齢にしては老けてるし猿顔だけど、やっぱりそれなりに男前……じゃなくって!)
「ゴークくん」
「は、はいッス」
「私はさ、これから君と旅をしていくに当たって、君のことを信頼していきたい訳よ。
だからね。もしやましいことがあるんなら、なるべく隠し事はしないで欲しいんだけどな?」
「……すいませんッス! オレっち、昔このほこらから願いの玉を持っていったことあるッス!」
「やっぱりか……。そんなことだろうと思った」
ふぅ、とサンゾーは息を吐く。
「まぁ、正直に言ってくれたから許すよ。
あれ? でも今来た時は願いの玉が入ってたよね? ゴーク、返しに来たの?」
「えっとですね、それが……」
ゴークが語ったところによると、ゴークはリョウゼンに世話になり始める直前に第二のほこらから願いの玉を持ち出したらしい。
その後リョウゼンへと向かい、和尚に負けて手伝いと修行の日々を送ることになった。
そして半年ほど経ったある日。ふとしたきっかけでゴークが願いの玉を第二のほこらから持ち出していたことがスボ和尚にバレてしまい……。
「……あの時は、殺されるかと思ったッス」
「あの和尚様なら、そりゃ怒るよねぇ……」
「はいッス。夕飯前くらいの時間だったッスが、『いますぐ返してこい、それまで帰ってくるな!』ってすごい剣幕だったッス」
「ふぅん。で、夜なのに返しに来たんだ?」
「そうなんスが……」
ゴークは既に夕闇が広がっていた街道を急いで歩き、完全に日も暮れた頃、第二のほこらに着いた。すると、ほこらの中には既に願いの玉が入っており、周りを照らしていたという。ちょうど、今のように。
「……で、寺に帰ってから和尚にそれを報告したッス。その時に和尚が話してくれたのが……」
スボ和尚曰く、街道沿いにあるほこらに入っている願いの玉は、何らかの理由で紛失してもいつの間にか戻っているそうだ。もし実際にほこらまで行かず、返してきたと報告していたら破門にするところだった、とも。
しかしリョウゼンにあるほこらには願いの玉が入っているようなことは無い。何が違うのかゴークが和尚に尋ねると、
「和尚は、ほこらを作った大師の霊魂が見回りをしているんだ、なんて言っていましたッスけどね」
「えー? やめてよ、これから暗くなるのにさ」
太陽は既にだいぶ低い位置まで来ている。
辺りが闇に包み込まれるまであと2時間程度だろうか。
「えーと、次の町まで……1時間くらいだっけ?」
サンゾーは地図を広げながらそう言った。
「確かそのくらいッスね」
「よし。それじゃ暗くなる前に着きたいし、急ごう!」
「はいッス!」
そうして2人は、願いの玉の光に照らされながら第二のほこらを後にしたのであった。