04 第一番所 その3
「いてて……いやー、サンゾーさん、強いッスね!」
「いえいえ、ゴークさんも。うっかり本気になりそうでした」
気付くとゴークは1人に戻っていた。分身の術は解除されたようだ。
「本気になりそう……ってことは、まだ本気じゃなかったってことッスか。完敗ッス……」
(ふぅ。ちょっと激しくなっちゃったけど、どうにかなって良かった!)
父ヨーゼンがいなくなって数年。技は磨いていたものの、誰かと手合わせをする機会はしばらく無かったのだ。サンゾーにとっては数年ぶりの実戦と言えた。
(それにしても、私、ちょっと強いかも?)
そもそも、サンゾーはヨーゼン以外の人間と手合わせをしたのはこれが初めてだった。サンゾーは、自分の強さも、他の人がどの程度強いのかも、正確には知らないのであった。
「サンゾーさん、お父さんから拳法を教わったって言ってたッスよね。さぞ名のある拳法家だったんでしょうね……。名前を聞いてもいいッスか?」
「父さんの名前? えーっと、ヨーゼンって言うんですけど」
「ヨー……ゼン? もしかして、『竜殺し』ヨーゼンッスか!?」
「確かに、竜と殴り合ったとか言われてたけど……。そんなに有名なの?」
「有名も有名、武芸を志す者なら知らない人はいないッスよ! なんで娘さんのサンゾーさんが知らないんスか!」
(そんなこと言われても……)
『竜殺し』。父ヨーゼンがそんな二つ名で呼ばれるのは、サンゾーにとってはなんともむず痒い。サンゾーは父ヨーゼンの強さを疑ってはいなかったが、そんなに有名な人だったとは。
「……決めたッス! サンゾーさん、オレっちも一緒にオヘンロ・クエストに連れて行ってもらえませんか!?」
「ええっ!?」
ゴークの突然の申し出にサンゾーは驚く。
「オレっち一人だとまだ和尚に止められるッスけど、サンゾーさんとなら和尚も許してくれると思うんスよね! 他のほこらについてもある程度知ってます! 役に立ちますので、お願いッス!」
「ええー……?」
サンゾーは困惑した。確かにゴークは強く、その知識も有用そうに思える。一緒に旅をしてもらえるなら助かることも多いだろう。しかし……。
「……いやでも、私は女だし、ゴークさんは男だし、そんな年上の方と一緒に二人旅なんて、その……」
問題は、出会って短時間ながら、年上好きのサンゾーがゴークのことを好ましく思っていることなのだ。そんなゴークと二人旅なんて、年頃の女としては困る! というのが、サンゾーの偽らざる気持ちだった。
「……サンゾーさん、いまオレっちのこと『年上』って言いました? 何歳に見えます?」
「はい? いやまぁ年齢は聞いていませんでしたけど。ゴークさん、30才くらいですよね?」
「オレっちはまだ17ッス!」
「ええーー!?」
とてもそうは見えない。老け顔である!
「年下じゃん!」
「はいッス!」
そして年上好きのサンゾーにとっては、年下は完全にストライク圏外なのであった。
「じゃあ問題ないや!」
「なにがじゃあなのかは分からないッスが、連れて行ってもらえるってことッスか!?」
「いいよ! 一緒に行こう! 旅は道連れ世は情け、ってね!」
ゴークが なかまに くわわった!
ぱらぱらっぱっぱっぱー
「……あ、でも、ちゃんと周りの人に説明してからにしなね?」
「分かりましたッス! よろしくお願いしますサンゾーさん……いえ、師匠!」
「し、師匠!?」
「こんなに手も足も出なかったのは和尚以来ッス! 師匠と呼ばせて下さいッス!」
「ええー……?」
サンゾーは、自分は師匠と呼ばれるほど道を修めている訳ではない、と言って断ろうとしたが、チワワのようなきらきらとしたゴークの目を見て思いとどまった。
(年下だと思うと、弟みたいでかわいいよね。
まぁ、呼び方くらい好きにさせよう。……師匠って呼ばせておけば変な気も起きないかも知れないし)
「いいよ。好きに呼びなよ」
「ありがとうございますッス!」
「さて、それじゃ一応、和尚様? にご挨拶に行かなきゃね。……師匠としてはさ!」
実はサンゾーもノリノリであった。
「はいッス! こっちッス!」
そしてサンゾーはゴークの後ろについて寺の中へと入るのであった。
「……そんな訳で、和尚、旅立ちの許可をいただきたいッス!」
本堂の中にて、サンゾーとゴークは寺の主、スボ和尚の前に座り、これまでの経緯を説明していた。
「ほほぅ、あなたがヨーゼン殿の娘殿ですか……」
「はい」
「ゴークはいまだ半人前ですが、武術の腕だけはそこそこに立ちます。そのゴークを全く寄せ付けなかった、というだけで、あなたの腕前は分かります。もし一緒に旅をして下さるのなら、ありがたい話ではありますが……。
しかし、良いのですかな? このゴークは、腕こそ立ちますが、見ての通りの粗忽者ですよ?」
「それは……そうですね、全く不安が無いと言えば嘘になりますが……」
出会ってからまだ1時間も経っていないのだ。サンゾーはゴークのことを、裏表の無さそうな素直な少年だな、と感じてはいるが、心の奥は分からない。そんな人間と二人旅、何が起こっても不思議は無い。
「……まぁ、何かあれば、ぶっ飛ばして叩き出してやりますので」
「ほっほっ。そうですな。もし何かしでかすようなら、そうしてやって下さい」
「ひどいッスよ和尚!」
そのゴークの言葉に、3人は笑い合うのであった。
「さて、ゴークよ」
スボ和尚はゴークに向かって座り直し、真剣な目をして語り出す。
「おぬしがこのリョウゼンで腕を磨きだしてもうすぐ2年。いつかはこういう日が来ると思っておった。
その間、棒術を鍛え仙術を覚え、真剣に取り組んでいたのを儂は知っておる。未熟とは言え、おぬしにしては良く我慢したと言えよう。
今回、ここにいるサンゾー殿のご厚意で、ついに旅立つ日が来た。良いな、サンゾー殿に対する感謝の心を忘れず、くれぐれも……」
「はいッス! それじゃあ師匠、オレっちも準備をしてくるのでちょっと待ってて下さいッス!」
説教の途中でゴークは突然そう叫び立ち上がると、止める間もなくピューッと走り去っていった。
残された2人は顔を見合わせる。
「……いつもこうなのですよ」
「あはは……」
サンゾーは苦笑するしかない。
「もう一度聞きますが、本当に良いのですかな? おそらくゴークは、旅の途中でもサンゾー殿に迷惑をかけると思いますよ?」
「まぁ、その時はその時で。それも修行と思います。
父も、『漫然と日々を過ごさず、日常の全てを修行と思え』と言っていましたし」
「そうですか、ヨーゼン殿が……。
どうですかな、ヨーゼン殿は無事にオヘンロ・クエストを達して帰られましたか?」
「え?」
突然の発言にサンゾーの動きが止まる。
(父さんが、オヘンロ・クエストに……?)
「それは、どういう……」
「……もしやご存知ありませんでしたか。
3~4年ほど前のことになりますかな、ヨーゼン殿がこちらに参られまして。オヘンロ・クエストを行うので、詳細を知りたいとのことでした。
このリョウゼンはオヘンロ・クエストの第一のほこらにして、実力が足りない者の挑戦を止める場所です。しかし、資格ありと見なされた方に対しては、その達成の補助もさせて頂いております。
ヨーゼン殿は市井に聞こえる一騎当千の強者でありましたから、もちろん資格ありとさせていただきました。ほこらの地図と願いの玉を受け取り、旅立って行かれました」
「父さんが……」
「はい。ヨーゼン殿であればオヘンロ・クエストを達成したものと思っておりましたが……」
「……いえ、少なくとも、ここ数年は家に帰っておりません」
「そうですか……」
2人の間に重い空気が流れる。
「……無事オヘンロ・クエストを達成したものの、何らかの事情で帰らないだけ、ということも考えられますからな。あまり気を落とさないことです」
「はい……」
サンゾーは急に不安に襲われた。
(父さんでも、オヘンロ・クエストを達成できなかったのだとしたら……?)
「もしヨーゼン殿に何かあったのだとしたら、旅の途中で消息を知れるでしょう。
どうですかな、サンゾー殿。それも旅の目的にしてみては」
「はい……。そう、ですね……」
しかしサンゾーの不安は消えない。
サンゾーにとって、父ヨーゼンの存在はとても大きいものだ。優しくて、強かった父。
(父でも出来なかったことが、私に出来るだろうか……?)
「サンゾー殿」
その不安を見て取ったのか、スボ和尚がサンゾーに向かって語りかけた。
「ヨーゼン殿は、お一人で旅立たれた。おそらく道中もそうでしょう。一人旅で有名な方でしたからな。
しかしサンゾー殿は違う。ゴークがおります。ヨーゼン殿が越えられなかった困難でも、二人なら越えられるでしょう」
不安げな瞳のサンゾーに対し、スボ和尚は穏やかに笑いかけた。
「今は自分を信じられなくとも良い。ただ、この和尚の見立てと、ゴークを信じて下され。
アレは粗忽者ですが、術の覚えは誰よりも早かった。必ずお役に立ちます」
その言葉に、サンゾーは勇気が湧いてくるのを感じた。
(弱気になった自分を励ましてくれる人がいる。助けてくれる人がいる!)
「……はい! ありがとうございます、和尚様!」
そう言ってサンゾーは表情を引き締めて背筋を伸ばし、スボ和尚に向かって頭を下げたのであった。