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03 第一番所 その2

「始める前に、一つだけ良いでしょうか?」

「何ッスか?」

 庭まで移動したサンゾーは、間合いを空けて立っているゴークへと呼びかけた。


「一応、私は父に教わってある程度拳法を修めています。

 ですが、それはあくまで護身のため。師である父からも、理由なく他人を傷つけないように、と折に触れて教わりました」

「へぇ……。良いお師匠さんッスね」

「はい。なので、申し訳ありませんが、この立ち合い、私から仕掛けることは致しません。それでも良いでしょうか?」

「良いッスよ。オレっちも仕掛けるほうが性に合ってるッスから。準備は良いッスか?」

「はい、いつでもどうぞ」

「それじゃあ……いくッスよ!」



 そう言うが早いがゴークは踏み込み、両手に持った竹棒をサンゾーへと突き入れた。

 当たるか、と思われた刹那、サンゾーの姿が消えた。直前で左へと身体を傾け、竹棒の射線から身をかわしたのだ。

 それを見て取ったゴークは、竹棒を突き入れた体勢から身体を引き戻し、突き入れたのとは逆側の端でサンゾーの身体を打つべく、半円を描くように竹棒を打ち込む。

 しかしそれも空振りに終わった。サンゾーはいち早くしゃがみ込み、それを躱していたのだ。


「ふっ!」

 そしてしゃがんだ体勢から放たれるサンゾーの足払い。竹棒を降るために身体を引き戻していたゴークは、その足払いに対応することができなかった。両足を一息に刈られ、身体が宙を舞う。

「あだっ!」

 そして尻から転倒した。

 追撃を喰らったら負ける! ゴークはそのまま側転し、追撃を躱そうとして……サンゾーが、既に離れた間合いにいることに気付いた。



「追撃……しないッスか?」

 サンゾーは応えない。ただ、離れた間合いで佇んでいるだけだ。

 ゴークはその場で跳ね起き、考える。今の攻防は自分の負けだった。足払いを受けたあの瞬間、追撃を受けたら負けていた。それをしなかったということは……。


「もしかしてオレっち、手加減されてるッスか?」

 サンゾーは応えない。だが、その無言が肯定を告げていた。

「傷つくッスね……。でも、これくらいじゃ参らないッスよ! ここからは本気ッス!」



 そして攻防が始まった。

 ゴークが竹棒を突き、払い、振り下ろし、怒涛のように襲いかかる。

 しかしサンゾーはその全てを、躱し、いなし、捌いていく。

 サンゾーは大きな反撃をしない。せいぜいが足払いと当て身くらいなものである。だがそれでも、ゴークの攻撃は全く当たらないまま、ゴークの身体には小さなダメージが積み重なっていく。

「はっ!」

 何度目かの攻防の後、サンゾーの当身を喰らったゴークは、大きく飛び退って間合いを離した。



「ここまでとは思わなかったッス……。このままでは勝てそうにないッスね……」

 その言葉を聞き、少しだけサンゾーは息をつく。実際のところ、ゴークの連撃は激しく、そして見事な術理だった。ヨーゼンから長物の捌き方について教わっていなかったら、どこかで攻撃を受けてしまっていただろう。


(このあたりで降参してくれると嬉しいんだけど……)

 サンゾーの考えとは裏腹に、ゴークはまだやる気のようだ。

「仕方ないッスね……奥の手ッス!」

 ゴークはそう言うと、竹棒を持ったまま両手で何やら印を結び、そして、


「分身の術!」

 そう叫んだ。



 サンゾーは最初、見間違いかと思った。ゴークの輪郭がぶれ、二重に見えたのだ。

 しかしすぐに見間違いではないと気付いた。ゴークの後ろから、竹棒を持ったゴークがもう一人現れたのだ!


(そんなのありー!?)

「「ふっふっふ、これならどうッスか! いくッスよ!」」

 2人のゴークがサンゾーに襲いかかる!



(いや、うわ、これは、きっつい!)

 ゴークAが左から、ゴークBが右から、それぞれにサンゾーへ打ち掛かる。それでもサンゾーは先ほどと同様に躱していくが……。

(いなし……きれない!)

 単純に手数が倍になったことに加え、連携が完璧なのだ。片方に反撃をしようとしても、その瞬間にもう片方が打ち込んでくる。自然、躱しと捌きが中心となり、反撃の隙が無い。


(躱すだけならまだ大丈夫だけど……ジリ貧かな……)

 サンゾーは一旦間合いを離し、構え直す。一瞬も気が抜けない。

 しかし同時に、高揚感も感じていた。

(そう言えば、父さんがいなくなってから、誰かと立ち合ったことって無かったな……)

 サンゾーの口元に、かすかに笑みが浮かぶ。



「ゴークさん! やりますね!」

「「そんなこと言って、まだ余裕ありそうッスねサンゾーさん!」」

 ゴークA・Bが同時に叫ぶ。

「「分身しても躱しきるとは予想外だったッス! 実力は十分と見ましたッス! 本当ならここらで負けを認めても良いッスが……」」


(お、降参してくれる?)

「「手加減されたままなのは悔しいので、せめて本気を出させてやるッス! 分身!」」

 ゴークA・Bは同時に印を結ぶ。すると、A・Bそれぞれの後ろから、さらにゴークが現れた!


(よ、4人ー!?)

「「「「いくッスよ!」」」」

 4人のゴークがサンゾーに襲いかかる!



 と、その瞬間、この立ち合いが始まって初めてサンゾーから踏み込んだ。

(これは、もう躱しきれない!)

 そう考えたサンゾーは、こちらから打って出ることにしたのだ。ゴークも瞬時にそれに対応し、ゴークAが正面からの突き、ゴークB・Cがそれぞれ右上・左上から打ち掛かり、ゴークDはやや左後方から足元を薙ぐように迎撃する。

「はっ!」

 それを見たサンゾーは軽く飛び上がり、正面から突かれた竹棒の上に足を添えるようにすると、それを駆け上がるようにゴークAに接近した。ゴークB・Cの打ち掛かりはそれに対応することができず、サンゾーの背後で空を切る。

「げっ!?」

 そしてゴークAの顔面に足の底で蹴りを加えると、その勢いのまま後方へ1回転しながら飛び下がる。

 だがサンゾーの攻撃はそれで終わらなかった。足元への薙ぎを行ったため体勢が崩れていたゴークDの後頭部に、空中からの回転蹴りを加えたのだ。

「ぐあっ!」

 急所に攻撃を受けたゴークDはそのまま倒れ伏し、動かなくなった。慌てる他3人。


 その隙を見逃すサンゾーではなかった。着地すると、間髪入れずに左手にいるゴークBへ突進する。

「くっ!」

 右上から竹棒を打ち掛けた体勢のままだったゴークBは、左下から右上へと打ち払おうとした。それを見たサンゾーは、アメリカンフットボールのランニングバックよろしく、右足で強く地面を蹴るとさらに左手へと方向転換をする。そして一旦ゴークBの竹棒の届く範囲から離脱すると、またすぐに左足で地面を蹴って90°の方向転換をし、再度ゴークBに突進する。

 サンゾーに対し、ゴークB・A・Cと一直線に並んでしまったゴーク達は、この一瞬のみ上手く連携することができない。

 ゴークAは右・Cは左、と再度散開しようとするゴーク達。そしてゴークBは上からサンゾーに向かって竹棒を振り下ろす。右と左、サンゾーがどちらに避けてもフォローできる体制だ。


 しかしサンゾーは避けなかった。低く身体を沈めると、さらに勢いを増してゴークBへと一直線に向かう。

 竹棒は軽い。ある程度の重さがある戦闘用の棒であれば打ち下ろしの際は下方に行くほど威力が増すが、軽い竹棒では腰から下になると急激に威力が減衰するのだ。ゴークBの打ち下ろしはサンゾーの背中を捉えたが、とても致命打になるような威力ではなかった。サンゾーはその打撃を意にも介さず、下方からゴークBの腹部に向かって掌底を繰り出した。

「はいっ!」

 2~3mほども飛ばされるゴークB。そしてその身体は、左右へ散開しようとしていたゴークAとCの身体にぶつかった。3人は一塊となり体勢を崩す。


「うわっ!」

 もがく3人。そこにサンゾーは近づき、ダンッ! と大きく足を踏み鳴らして言った。



「追撃……しましょうか?」

「……参りました。降参ッス……」


 ゴークの言葉に、サンゾーは大きく息を吐くのだった。

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