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15 第四番所

 太陽が中天に昇る頃、サンゾーとゴークは深い森の中を歩いていた。

 既に足元は山道ではなく、獣道のようになっている。森に入ってから6時間ほど経っただろうか。


「もうそろそろこの辺りだと思うんスけど……。お師匠、ちょっと今の位置を確認して来るッス。少し時間を頂くッス」

「……位置を確認ってどうやって?」

「木に登ってッス!」


 ゴークは言うが早いが、背負っていた荷物を下ろすと傍の木に取り付いた。するすると木を登っていき、あっという間にサンゾーの目から見えないほど高くまでいってしまう。


「なるほどねー……」


 いよいよ猿みたいだな、と思いつつ、サンゾーが周りを警戒しながら待っていると、ゴークが木から下りてきた。


「おまたせッス!」

「お疲れさま。どうだった?」

「ラカンの町の見え方からすると、方角も距離もほぼ合ってるッスね。やっぱりこの辺りだと思うッス。

 それと、ひとつ気になることが……」

「なに?」

「ここからもう少し北、1km行かないくらいの位置に、薄く煙が見えたッス」

「煙?」

「はいッス。感じからすると、山火事って感じじゃないんスよね。物を燃やした煙か、何かの湯気か……」

「なんだろう。ここ、火山じゃなかったよね?」

「そのはずッス。それでも温泉か何か湧いてる可能性はあるッスけど……。それより考えられるのは……」

「……誰かがいて、焚き火をしている?」

「そうッスね。もし誰かが火を焚いていたら、あんな感じに見えると思うッス」


 基本的に魔物は火を使わない。火を道具として使うのは人間くらいだ。もし焚き火があるのなら、その場合誰かが側にいるということになる。


「行ってみるッスか?」

「そうだね。何が原因にしろ、確かめてはおきたいね。

 ……それに、昨日のあいつかも知れないし」


 昨日の未明にラカンの町の畑でやりあった謎のオークは、北の山をねぐらにしているとの話だった。本人が言うとおり人間ならば火も使うだろう。ゴークが見た煙がそれである可能性は十分に考えられた。


「では先導するッス。なるべく気配を消して進むッス」

「よろしくー」



 2人は足音を立てぬよう、ゴークが見たという煙の方向に進む。

 やがてその場所が近づくと、ゴークは茂みに隠れるようにしゃがんだ。サンゾーもそれに続く。


「……お師匠、見て下さいッス」


 潜めた声で話すゴーク。サンゾーがゴークの視線の先を見ると、その場所だけ森がひらけており、広場のようになっていた。


「……自然にできたものじゃないッスね。小屋が見えるッス」


 ゴークが指差した先には丸太で作られた小さな小屋があり、その上から煙が出ているようだ。ゴークが見たという煙の正体はあれだろう。


「煙が出てるってことは、人がいるよね。……昨日のあいつかな」

「かも知れないッスね。見つからないように近づいてみるッス」


 2人は森に隠れるように広場を迂回して移動し始める。

 どうやらただの広場ではなく、畑のようになっているようだ。畝のような物と、そこに生えている葉っぱのようなものが見える。

 また、小屋の上から出ているように見えた煙は煙突から出ているわけではなく、小屋の裏側から出ているようだ。



 やがて広場を半周し、小屋が近づいてきた。そして小屋の裏側が見える辺りまで来た時、ゴークが再度しゃがみ込んだ。


「……誰かいるッス」


 サンゾーもしゃがみ込み、その方向を見る。


(……あいつ!)

 予想通り、と言うべきか、そこにいたのは昨日やりあった謎のオークだった。小屋の裏手、張り出した屋根の下に立っている。昨日見たのと同じ服装だが、フードは被っていない。

 その前には石で作られたかまどのような物があり、その上に置かれた鍋をかき混ぜているようだ。煙もそこから出ている。


「……あいつッスね」

「だね。何してるんだろう?」

「普通に考えたら料理っぽいッスけど……」


 火を使い、料理をする。当然ながらオークにはそんなことはできない。これで人間であることは確定的となった。……見た目はオークだが。

 しばらく観察していると、風向きが変わったのかサンゾーとゴークの鼻に煙の匂いが届いてきた。そしてそれに混じる、食欲を誘う香り。くう、と小さくサンゾーの腹が鳴る。


「……美味そうッスね」

「そうだね……」


 2人は朝早く町を出立した後、小休止を何度か取ったのみで、まだ昼食を食べていない。荷物の中には宿で用意してもらった握り飯と野営に備えた干し肉等の保存食が入っているが、道を進むことを優先したため食べるタイミングが無かったのだ。

 しかし、そろそろ昼時である。空腹であった。


「……腹減ったッスね、お師匠。こちらも何か食べるッスか?」

「……戦闘になる可能性もあるから、もうちょっと様子見てからかな……。もし小屋の中に引っ込むようなら、その間に私たちも昼食取っても良いんだけど」



 こそこそと話し合っていると、鍋をかき混ぜていた相手がふと顔を上げ、サンゾーとゴークが潜んでいる辺りに顔を向けた。2人は茂みに隠れるように顔を低くする。


(……気付かれた!?)

 彼我の距離は100mほど離れており、声が聞こえたとは思えない。茂みに隠れてはいたが、相手の目から見れば何か異常に見えたのだろうか。

 相手はしばらくこちらを見ていたが、鍋をかまどから下ろし、槍のような物を手に持って小屋の裏手にある広場へと出た。そしてしゃがみ込み槍のような物を置くと、何かを拾って大きく振りかぶり、こちらへ投げつけてきた。


(……石!)

 投げられた石は山なりの軌道を描きながらサンゾーとゴークのところへ飛んでくる。2人は一瞬迷ったが、狙いは正確で動かずにいると当たりそうだったため、やむなく茂みの中を移動する。数瞬後、石が先程まで2人がいた位置に着弾する。

 相手はまだこちらを見ている。着弾前に茂みが動いたのも見ていたはずだ。まず間違いなく何かがいることは気付かれているだろう。


「……どうしましょう、お師匠」

「……仕方ないね、出て行こうか」


 隠れたまま後退する、という手もあったが、それでは状況は何も変わらない。それに目的の相手でもある。おそらくここがねじろだと思われるため、逃げられる可能性も少ないだろう。

 サンゾーとゴークは立ち上がり、茂みから広場へと出ていく。そこに相手から声が掛けられた。


「何だぁ? 魔物か獣だと思ったが、人間かぁ?

 ……っと、その格好、もしや昨日の……!?」


 サンゾーはそれに応えず、相手に近づいていく。ゴークもそれに続く。

 それを見た相手は、足元に置いたままになっていた槍を拾い、近づいてくる2人を観察しているようだ。



 20mほどの距離を開けてサンゾーとゴークは立ち止まる。その2人に向かって、相手は話しかけてきた。


「わざわざ捕まえに来たってか? ご苦労なこった」

「他の目的のついでだから、そういう訳じゃないけどね。

 ……あんた、ラカンの町でオークだと思われてるって知ってる? 近くに棲みついたのか、って警戒されてるわよ」


 今度はサンゾーもその言葉に応える。相手に話す気があるのなら、警戒を解くためにも会話はするべきだ、と考えたからだ。それと、取れるなら相手に対する情報も欲しい。


「……そうか。生まれた時からこのナリだから、オーク扱いにゃ慣れてるが……」


 その言葉とは裏腹に、相手は目を伏せ、ショックを受けているように見える。

 少し意外に感じながら、サンゾーはさらに言葉を紡いだ。


「……あんた、名前は?」

「俺か? 貧しい農家の生まれだからな、特に名前なんてねぇが……。親からは、ハチ、って呼ばれてたな。8番目の子供だからな、単純だろ?」

「……じゃあハチ。あんた、何でこんなところで暮らしてるの?」

「そりゃあ……」


 ハチは口を開きかけ、逡巡した末に口を噤んだ。


「……なんでもいいだろ。俺の事情だ」

「それじゃ質問を変えるわ。あんた、何でラカンの町で盗みをしてたの?」

「あー……」


 ハチはがりがりと頭を掻き、


「悪いことをしたとは思ってるよ。ここで畑をやるのに必要だったんだ」


 そう言ってハチは小屋の表側に広がる畑を見回した。釣られてサンゾーも畑を見やる。畝にはジャガイモやニンジンにのような根菜類の葉が茂っており、小屋に近いあたりにはトマトかキュウリに見える植物が見える。


「よく実ってるわね」


 サンゾーが感心したように言うと、ハチはニヤリと口角を上げる。


「だろう? 苦労したんだぜ。ここは元は森だったからな、切り開いて畑を作るところから始めた。この小屋も……」


 ハチは小屋を見上げて、


「俺が作ったんだ、畑を作るために切った木を使ってな。

 最初は上手く出来なくてな。山の中だったから土に石が多くて、何度も耕したもんさ。ようやく最近、根菜も作れるようになったんだ」


 そう言ってハチは胸を張る。鼻がふくらんでおり、自慢げな様子だ。



 その様子を見ていたサンゾーは、もしかしてハチはそんなに悪い人間ではないのかもしれないな、と思い始めていた。

 盗みはもちろん悪いことだが、罪の意識はあるようだ。どのような事情があるのかは分からないが、このような森の中に一人で住み、そこを開墾する能力と意志もある。

 話し合いで解決できないだろうか。そう考えてサンゾーは口を開いた。


「……ねぇハチ。私はサンゾー、こっちはゴークって言うの。冒険者よ。

 確かに私たちはあんたを捕まえてギルドに連れて行こうとしているわ。でもそれは、『ラカンの町の周辺に出没する謎のオーク』の問題を解決するためなの。オークじゃないって分かればそれでいいのよ。

 そりゃあ、あんたは盗みを働いていた訳だから、その分の償いは必要になるだろうけど。人も傷つけていないみたいだし、そんなに重い罪にはならないんじゃないかしら。

 どう? 私たちと一緒に来てくれない?」


 そう言ってサンゾーはハチに向かって手を広げた。



「む……」


 ハチの動きが固まり、目が泳ぐ。戸惑っているようだ。

 30秒ほどそうしていただろうか。呟くように、ハチは疑問を口にする。


「……おめぇ、俺が怖くないのか?」

「なんで? あんた、見た目はともかく、ちゃんと話ができる人じゃない。

 まぁ、誤解はされやすいのかも知れないけど……」


 その言葉を受けて、ハチはさらに何か考えているようだ。

 サンゾーはハチが喋りだすのを待った。やがてハチが口を開く。


「……その言葉の保証はあるか?」

「保証かぁ……。それは難しいわね、証文がある訳じゃないし。信じてもらうしか」

「その提案を受けた時の俺のメリットは?」


 今度はサンゾーが考える。


「そうねぇ。町の人に対する誤解が解けるとか……。盗みをしなくても暮らしていけるようになるかもよ」

「むぅ……」


 ハチは考えている。サンゾーは待つ。

 風が吹き、ざわざわと森の木が音を立てた。




 しばらく後、考えがまとまったのか、ハチは大きく息を吸い込むと沈黙を破る。


「……ダメだな。おめぇらを信用できん、というのもあるが、それ以上に町に行った時にどうなるかが分からん。そのまま捕まってどうにかされるかも知れねぇ」


 そこはサンゾーも危惧していた点だ。連続盗難なら罰金で済む可能性もあるが、悪質だと判断されれば懲役も十分あり得る。ハチもそんな危ない橋は渡りたくないだろう。

 はぁ、とため息を着くとサンゾーも言葉を返した。


「まぁそうよね……」

「どうしても、って言うんなら、力づくで来るんだな。そのつもりだったんだろ?」

「それは否定しないけど。あんまり気乗りしないなぁ」



 もっと凶悪な奴だったならサンゾーも拳を振るうのに躊躇は無かったのだが。サンゾーが逡巡していると、ハチが近づいてきた。

 5mほど距離を空けて立ち止まり、じろじろとサンゾーを眺める。


「な、何よ?」

「いや……」


 その目は無遠慮にサンゾーを頭から足の先まで舐め回す。特に胸のあたりや尻のあたりに視線が集中している気がして、サンゾーは無意識に自らの身体を抱いた。


「な、なに……?」

「……おめぇ、いい女だな。サンゾーって言ったか」

「……あんまり嬉しくないんだけど」

「腕っぷしも強かったしな。

 ……どうだ? 俺の嫁になってここで暮らさないか?」

「はぁ!?」


 突然の発言にサンゾーが声を荒らげる。


「嫌よ!!」

「ま、そうさな。

 んじゃこういうのはどうだ? 俺と戦って、おめぇが勝てば俺は大人しく町へ行く。俺が勝てばおめぇは俺の嫁になる、ってのは」

「ええー……?」


 意味が分からない。混乱するサンゾーに向かって、ハチはさらに言葉を継いだ。


「おめぇらに二人がかりで襲われちゃ、俺としちゃ分が悪いからな。そんときゃ逃げの一手を取らせてもらう。この山は俺の庭みたいなもんだからな、おめぇらが俺の想像以上じゃない限り、俺を捕まえることはできんだろうよ。

 だが、もし俺の提案を受けてくれるなら、そんときゃ逃げずに戦ってやるよ」

「むぅ……」


 ハチが昨日見せた逃げ足は身体に見合わず早かった。もし本気で山の中を逃げられたら、サンゾーとゴークでは追い詰められない可能性が高い。


「ただし、一対一だ。もう一人は離れた位置で見守ること。邪魔するようなら、俺は逃げる。どっちが出てもいいぞ」

「……試合、ってこと?」

「そうだな、そう取ってもらっていい」

「うーん……」


 それなりに筋は通っているように思える。お互いの人生を賭けて、という意味に取れば、価値も釣り合っているようにも感じる。だが、何か釈然としない思いがサンゾーにはあった。



「……ちょっと相談するから、少し離れてちょうだい。あとあんまりじろじろこっち見ないで」

「はいよ、ごゆっくり」


 ハチは小屋の近くまで戻ると、かまどの近くにあった丸太の上にどかりと座った。視線はサンゾーとゴークに向けられたままだ。


「……どうしよっか、ゴーク」

「いやぁ……。どうしましょうね。正直言えば、オレっちは別にあいつがどうなってもいいんで、二人がかりで掛かっても良いと思うッスけど」

「うーん……」


 ゴークが言うことはもっともだ。仮に試合をしたとして、こちらにとっては勝った場合のメリットに比べて負けた場合のデメリットが大きいように思える。

 だが……。


「……ラカンの町の人のことを考えたら、ね。できれば連れていきたいよね」

「それはまぁ……そうッスけど」

「どうしようねぇ……」


 悩むサンゾー。それを見ていたゴークは、ふと思いついたように離れた場所に座っているハチに叫んだ。



「ハチさん!」

「ん? 何だ?」

「聞きたいことがあるッス! この近くにある、光るほこらを知らないッスか!?」

「光る、ほこら……?」


 ハチはしばし考え、そして何かに気付いたかのようにニヤリと笑って叫び返した。


「それがおめぇらの目的かぁ!?」

「ぐっ……」


 言葉に詰まるゴーク。それを見ていたハチは、


「心当たりはある! だが、いま教える訳にはいかねぇなぁ! 俺に勝ったら教えてやる!」


 そう言い放った。



「……メリットが増えたわね」


 ゴークとハチのやりとりを聞いていたサンゾーがゴークに話しかける。


「……すみません、もうちょっとやり方があったかも知れないッス」

「まぁ、確認できただけいいよ。本当なら、だけどね」


 サンゾーは口ではそう言ったものの、ハチがほこらについて知っている可能性は高いように思えていた。第四のほこらがこの辺りにあるとすれば、ハチに取ってはねじろのすぐ近くだ。何よりあの光は目立つ。

 夜になればサンゾーたちでも見つけられるかも知れないが、土に埋まっていたりした場合にはその限りではない。

 諸々を天秤に掛け、サンゾーは決心する。


「仕方ないかな。提案に乗ろうか。要は負けなきゃいい訳だし」

「……お師匠がそう決めたんならオレっちは何も言わないッス。どっちが出るッスか?」


 サンゾーはしばし考える。

 昨日の動きを見るに、相性が良いのはゴークだろうと思う。ハチの動きはゴークより遅かったし、ゴークにはニョイ=ボーがあるためサンゾーより攻撃力が高い。一撃打ち込めればほぼ試合終了だろう。

 だが……。


「私が出るよ。負けた時に割を喰うのは私だし、個人的にも戦ってみたいし」


 サンゾーはそう言った。

 そもそもこの依頼を受けた背景には、タフネスの高い相手に自分の拳法が通用するのか確かめたい思いがあった。そして何より、もし負けた時に、ゴークに余計な負い目を感じさせるのも気が引ける。


「分かりましたッス。

 お師匠なら大丈夫ッス。応援してます!」

「うん、ありがと」


 ニコリ、とサンゾーはゴークに微笑みかけた。心配するな、とでも言うかのように。



 そしてサンゾーはハチの方向に向き直り、叫んだ。


「その提案受けるよ! 試合しよう!」

「そうこなくっちゃな!」


 そう言いながら、ハチは膝を叩いて立ち上がったのだった。

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