13 閑話 ガンバレガンバレ男の子!
「お願いッス、お師匠!」
ゴークは真剣な目でサンゾーを見つめる。
サンゾーは先程自分の拳法に対する不安を話していたが、同じことがゴークにも言えた。ゴークは2年前にスボ和尚に為す術もなく負けてから、ずっと腕を磨いてきた。今では、そこらの魔物には負けないくらいの実力が付いたと自負している。
しかし、そんなゴークをほぼ無傷で退けたサンゾー。油断が無かったとは言わないが、それでも勝てなかっただろう、とゴークは考えている。
もっと強くなるために。自分を超える実力を持つサンゾーに教わりたい。
そんな気持ちが伝わったのか、サンゾーはどうしようか迷うそぶりを見せたものの、結局ゴークの申し出を受けた。2人は周りの迷惑にならないよう、町を出て近くの平原に移動する。
「まぁ、稽古かどうかは分からないけど、とりあえず手合わせってことで」
「はいッス! よろしくお願いします、師匠!」
「こちらこそよろしくね、ゴーク。
……あ、今回は分身の術は禁止ね。あれ使っちゃうと別物になっちゃうし。それにあれ、発動まで隙があるでしょ。タネがバレてると使えないよ、たぶん」
「はいッス。そのつもりッス」
他にも分身の術には弱点があった。ある程度のダメージを喰らうと術が解除されてしまう上、そのダメージは全て本体に返ってきてしまう。また、単純に複数の身体を同時に動かすため、体力の消耗も激しい。
効果は高いが、リスクも高い。諸刃の剣と言えた。
「ゴークの実力も分かってるし。今回は私からも仕掛けるよ」
「了解ッス。それじゃあいくッスよ、お師匠!」
そして手合わせが始まった。
「はぁ、はぁ……。全然ダメッスね……」
「武器のせいもあるんだろうけど、結構攻撃が大振りだよね、ゴーク。そんなんじゃ当たらないよ?」
「返す、言葉も、ないッス……」
30分ほど全力で打ち込んだ結果、体力が尽きたゴークは大の字に倒れ伏していた。サンゾーはその隣に座っている。
最初、ゴークには多少の遠慮もあったのだ。ニョイ=ボーはゴークには軽く感じるとは言え、実際の重さは竹棒の比ではない。その攻撃がもしサンゾーに当たったとしたら、怪我をさせてしまうかも、と。
だが、その遠慮はすぐに消えた。何せどれだけ打ち込んでも当たらないのだ。掠った程度なら何度かあったが、それもサンゾーの服のみ。完全に見切られており、ゴークは如来の手のひらで遊ばされている気分を味わった。
後半はとにかく早くニョイ=ボーを振ることを心がけたが、それでもサンゾーには及ばず、先に体力が尽きたのだった。
「まぁ、相性もあるんだろうけどね。魔物相手とかだと攻撃力のあるゴークのほうが有利だろうし」
サンゾーはそう言いながら、自分の拳を握ったり開いたりする。
時折素早い魔物もいるとは言え、総じて魔物は人間と比べて身体が大きく、それに従って動きも鈍い。そして人間よりも固い個体が多い。そのような相手には、素早さよりも一撃の重さが重要となる。
対してサンゾーの拳法は、主に父ヨーゼン相手の組手によって磨かれたものであり、言うなれば人相手の技術である。攻撃力は相手を無力化できる程度でよく、それ以上に相手の攻撃に当たらないこと、相手に攻撃を当てることに重きを置いている。
(でも、父さんには魔物を退治した話もあったわよね。拳法でも魔物を倒せる秘密があるのかしら。それとも他に何か……?)
考えを巡らせるサンゾーの傍らで、ゴークは自らの未熟を噛み締めていた。
自分が身に付けた技術が通用しないのはまだ納得できる。サンゾーが言う通り、ゴークはいずれオヘンロ・クエストに出るため、主に多数相手、魔物相手を想定した鍛錬をしてきた。人相手は不得手だと言われても仕方がない。
しかし、自分だけスタミナが切れて倒れている現状はどうだ。隣にいるサンゾーは息も切れていないように思える。技術では負けていても、それ以外のところでなら勝機を見いだせるかと思っていたのに。技術の質がどうという話の前に、そもそもの量が足りていないように思える。
(和尚、確かにオレっちはまだまだ未熟ッス……)
リョウゼンを出る際スボ和尚に、お前はまだ未熟、と言われたことを思い出す。
サンゾーに師事して、その技術を少しでも我が物にしよう。そして鍛錬も続けていこう。いつかサンゾーに勝てるように。ゴークは決意を新たにする。
息も整ってきた。日が落ちるまでにはまだ間がある。
「……よしっと! お師匠、続きをお願いしても良いッスか!?」
「お、頑張るね。いいよ、私の訓練にもなるし」
跳ね起きたゴークはサンゾーに向けてニョイ=ボーを構える。
それを見たサンゾーも、パンパンと裾を払って立ち上がる。
「よろしくお願いします!」
「さあ来い!」
サンゾーとゴークは再度手合わせを始める。
「まだまだ振りが大きい!」
「はいッス!」
「足元がお留守!」
サンゾーの足払い!
「ぐえっ!」
……そうして2人は、互いの姿が見えなくなるまで手合わせを続けたのであった。