12 ラカンの町 その3
夜が白々と明ける頃。サンゾーとゴークは物置小屋の中で見張りを続けていた。
あの後は結局謎のオークが戻ってくることは無かった。そしてゴークも仮眠を取らず、しっかりと見張りを続けていた。
(……偉いなぁ)
サンゾーも眠らずに見張りをしていたのだが、少々立つ瀬がないというのが正直なところだ。何度かゴークに休むよう促したのだが、大丈夫ッス! と拒否されてしまった。
多少なり休んでくれれば、サンゾーの罪悪感も少しは薄れるというものなのだが。そのあたりの機微はゴークには分からないらしい。
「おはようございますー……」
と、物置小屋にジルがやってきた。サンゾーとゴークはすぐそれに気付き、挨拶を返す。
「おはようございます、ジルさん」
「おはようッス!」
「ゆうべはお楽しみでしたね」
「?」
「……いえ、口が滑りました。どうでしたか、昨日は」
「えーと、それがですね……」
サンゾーはジルに昨日の顛末を話す。オークが母屋の近くの畑にやってきて撃退したこと。おそらくあれはオークではなく、オークに似た人間であること。
「オークではなく、人間、ですか? 本当に?」
「確かに見た目はオークでしたけど……。言葉も喋って自分で否定してましたし、フードを外したらオークの耳じゃなく人間の耳がありましたし……」
「そうですか……」
うーん、とジルは口元に手を当てて少し考える。
「どうなんでしょう……。ちょっと調べておきます。もし人間だとすると、ギルドの方でも今後の対応を検討し直さないといけませんし……。
ひとまず、お疲れさまでした。おかげで昨夜は被害に合わずに済みました。
……母屋の近くの畑にまで来たということは、もしかすると私たちも危なかったかも知れませんし。お二人に依頼できて幸いでした。本当にありがとうございます」
そう言ってジルは深々と頭を下げる。サンゾーとゴークはくすぐったい気分になった。
やがて頭を上げたジルは、笑顔を作りながら、
「心ばかりではありますが、朝食の準備をしています。……えーと、もしよろしければ母屋の方で食べますか? こちらに運んでくることもできますが」
せっかくの提案だが、サンゾーは母屋で食べることは断り、小屋に運んできてもらうことにした。一晩物置小屋にいたことに加えて深夜の畑での格闘で、それなりに服は汚れている。気を使ってくれているのだろうが、さすがに迷惑だろう。
その後朝食を運んできてくれたジルを交え、雑談をしながらサンゾーとゴークは朝食を食べた。
食後、サンゾーが回収した熊手のようなものについて確認してみると、どうやら畑を耕すのに使う農具のようだ。もしかしてジルのところで使っていたものか、と思ったが、見覚えはないと言う。
「畑を荒らすために持ってきていたんですかねぇ……」
「そうだとしたら、相当用意周到ですが……うーん」
サンゾーとジルは頭を突き合わせて悩むが、結論は出ない。ひとまずジル経由でギルドに預かってもらうことになった。
「では後でギルドに顔を出して頂ければ、その時に報酬をお渡しします。謎のオークの正体についても情報を集めておきますので、ご報告できるかと思います。
今回は誠にありがとうございました」
「いえいえ。それではまた後で」
ジルに見送られ、ジルの家の畑を後にしたサンゾーとゴーク。
宿に戻り、徹夜明けの身体を休めるのであった。
昼過ぎに起きた2人は、町の食堂で食事を取った後、冒険者ギルドに来ていた。
カウンターには折よくジルがいるようだ。
「あ! お二人とも、お待ちしておりました!」
サンゾーとゴークの姿を認めたジルが、革袋を片手に近づいてくる。
「それではこちら、報酬になります。基本報酬の銀貨10枚と、現れた盗賊を撃退したことによる成功報酬が銀貨5枚で、計15枚です。ご確認下さい」
「はい、ありがとうございます」
サンゾーは渡された革袋の口を空け、中を見て銀貨が入っていることを確認した。
だがサンゾー達にとって重要なのは報酬ではなく、情報だ。
「それで、何か分かりましたか? 謎のオークについて……」
「えーとですね……」
そしてジルが語ってくれたところによると。
ギルドマスター以下経験豊富な冒険者たちによると、オークと人間のハーフと言うのは聞いたことがないそうだ。耳を失ったオークでは? との意見も出たが、髪の毛と人の耳を持っていたということなのでこれも違う。結局、『オークに非常に似ている人間』として処理することになった。
「そのため今回の件は、魔物に対する『討伐』ではなく、人間に対する『指名手配』という形を取ることになりました。
捕らえて頂ければ報酬が出ますが、被害と言えるものは野菜やせいぜい農具くらいなものですので……。連続窃盗犯と言うにも、小物と言うか……」
ギルドとしても困っているようだ。オークの出没、であれば生態系にも関わる重大事項だが、オークに似た人間、であればただの迷惑者に過ぎない。
またギルド内も一枚岩ではなく、見間違いだったのでは、といった意見や、他にオークがいるのでは、という意見もあるらしい。
「その証拠に、オークの討伐依頼も取り消されてはいません」
「なるほどねー……」
良かれと思って報告した事項だが、混乱を引き起こしてしまっているようだ。こちらとしては起こったことを正直に報告したまでなのだが、多少の責任は感じなくもない。
サンゾーは少し考え、口を開いた。
「……例えばですけど。昨日のあいつを捕らえて連れてくれば、それは解決します?」
「そうですね……。やはり、これまでオークだと思われていた者が実はオークではなかった、というのが一番のネックですから。目の前に連れてきてもらえれば、納得する人も多いと思います」
「ふーむ……」
サンゾーはゴークの方を流し見る。
「ねぇ、ゴーク……」
「……どちらにしろ北の山には行くッスからね。目的が一つ増えるくらいはいいんじゃないッスか?」
「やったぁ! 話が分かる!」
「??」
ジルはサンゾーとゴークの会話を不思議そうな顔をして聞いている。
サンゾーはそんなジルに話しかけた。
「実はですね、ジルさん。私たち、ちょっと目的があって、北の山に行くんですよ。
なので、その途中でもし昨日のあいつを見つけたら、捕まえてきますよ」
「ええっ、良いんですか!?」
「はい、可能なら、ですけど。遭遇しない可能性もあると思いますし」
サンゾーがこの件に積極的なのには一つ理由があった。
昨日のあいつは、サンゾーが放った正拳突きに耐え、あまつさえすぐに走って逃げていた。ダメージはほとんど無かったと思わざるを得ない。
サンゾーは自分の拳法にはある程度自信があり、それなりのレベルには達していると思っているが、いかんせん実戦経験が少ない。魔物や昨日のあいつのようなタフネスが高い相手に自分の拳法が通じるのか、今のうちに確かめておく必要がある。そう感じていたのだ。
「もちろん、ギルドとしてはありがたい話ですが……。本当に良いんですか? 正直言いまして、お金にはなりませんよ?」
「はい、大丈夫です。わざわざ探し回ったりはしませんので、お約束はできませんけど」
「それでも十分です。
……ですが、気を付けて下さいね。北の山をねぐらにしているということは、私たちより地理に詳しいはずです。不意打ちの可能性もありますので、十分に注意して下さい。
もし首尾よく捕らえられましたら、深夜でもギルドには誰かおりますので、こちらに連れてきて頂ければと思います」
「分かりました」
「では、くれぐれもお気をつけて……」
心配そうなジルに瞳を尻目に、サンゾーとゴークはギルドを出たのであった。
「さて、時間空いちゃったね。今日は早めに寝るにしても、それまでどうしよっか」
サンゾーとゴークは町の通りをぶらぶら歩きながら話をしていた。
「それについては一つお願いがあるんですが、その前にお師匠。さっきの件、良いんスか? 苦労が増えるだけだと思うッスよ?」
「いや、私もそれは分かってるんだけどね。ちょっと気になることがあるというか……」
「? 謎のオークの正体ッスか?」
「いや、それもそうなんだけど……」
ゴークには正直に話しておこうか。そう考えたサンゾーは、昨日の戦いから感じたことと、自分の拳法が魔物に通じるか不安があるのだ、ということを伝えた。
「そういうことなら納得ッス。自分の実力を正しく分かっておくのは大事ッスよね」
「うん。私のわがままに付き合わせちゃうけど……」
「大丈夫ッス。……あ、それならお師匠、オレっちのわがままにも付き合ってもらえないッスか?」
「? なに?」
ゴークは居住まいと正すとサンゾーに向き直り、
「さっきのお願いってのがそうなんッスけど。お師匠、オレっちに稽古を付けてくれないッスか?」
そう言ったのだった。