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11 ラカンの町 その2

 ジャリッ……。


 その音に最初に気付いたのはゴークだった。

 母屋の方角から砂を踏むような音がする。


 ザッ、ジャリ……。


 物置小屋の扉は畑の方角に向けて作られているため、ゴークのいる位置からでは畑は見渡せても母屋の方角は見えない。

 ゴークは扉から顔を出し、母屋の方角を見て、そこに人影がいるのを認めた。


(……オーク!)



 2m近い長身に、突き出た腹。ボロボロの革鎧の上下に、黒いフード。顔は影になっているために見えないが、話に聞いていた風貌と一致する。

 ゴークは一旦顔を引っ込めると、傍らにいるサンゾーの肩を揺すった。


「お師匠、お師匠……」

「……んぇ……?」


 その刺激に、サンゾーは目を覚ます。


「……あ! ごめんゴーク、私寝ちゃって……!」

「大きな声出さないで下さいッス」


 叫びそうになったサンゾーの口をゴークの手が塞ぐ。


「お師匠、オークが出ました。母屋の方向ッス」


 ゴークのその言葉を聞き、サンゾーの目に冷静な光が戻る。

 こくり、とサンゾーが頷いたのを確認して、ゴークは手を離した。


「……いま何時くらい?」

「たぶん、深夜1時は過ぎているかと」

「……そっか。ごめんゴーク、見張り任せちゃってて」


 そう言いながらサンゾーは、寝ていたため多少乱れている服の胸元と裾を手早く直す。反省するのは後でいい。

 ゴークはそんなサンゾーから目を逸らしているが、サンゾーはそれに気付かない。



「で、オーク? 母屋の近くに出たの?」

「はいッス」


 サンゾーは物置小屋の扉から慎重に顔を出し、母屋の方角を伺う。

 母屋の近くにある畑に人影がある。ジルから聞いていた通りの格好をしており、おそらくオークで間違いないと思われた。肩に三つ又の巨大な熊手のようなものを担いでいる。

 オークはこちらを見ておらず、まだ気付かれてはいないようだ。


「で、どうするッスか、お師匠」

「そうだね……」


 物置小屋から母屋へは遮蔽物も無く、気付かれずに接近するのは難しそうだ。

 だが、今の位置ではオークの方が母屋に近い位置にいる。下手に刺激を与えて、母屋に逃げ込まれでもしたらマズいことになる。母屋にはジルとその家族が寝ている。


「そっと出ていって、まずは母屋に近づこう。もし途中で気付かれたら、母屋とオークの間に入るように急いで移動。とにかく、オークが母屋に行かないことを最優先で。どう?」

「良いと思うッス」

「んじゃそれで。準備は良い?」

「大丈夫ッス」



 ゴークがニョイ=ボーを持っているのを確認したサンゾーは、そっと小屋から抜け出し、足音を立てないように母屋へ近づいていく。後ろにはゴークが続いた。

 小屋を出て20mほど、小屋と母屋の間の半分くらいまで来たところで、サンゾーの耳に声が聞こえてきた。


「うひひ、何度来てもここの畑は良いなぁ。青々と茂っちゃってまぁ……」


(……あれ? オークって、喋るっけ?)

 声は確かに前方にいるオークの方から聞こえてくる。魔物であるオークが、人語を喋るとは聞いたことがないが……。

 疑問に思いながらも、サンゾーはオークから目を離さず、歩みを止めない。


「さて、どれにすっかな……。ん?」


 ふと顔を上げたオークと、サンゾーの目が合う。


(気付かれた!)

 それを察したサンゾーは駆け出し、母屋の方へ急ぐ。



「誰だぁ、おめぇら!」


 オークはその場を動かず、誰何の声を掛けてくる。それに応えずサンゾーは走り、母屋を背にしてオークに相対する地点で止まる。間に合った。

 ゴークも一拍遅れて付いてくる。


「あんたこそ誰よ!」


 サンゾーは構えながら、オークに対して叫び返した。

 相手は確実に喋っている。となれば、こちらの声も届くはずだ。


「っちゃー……。見張りか何かか? 面倒だな……」

「あんた、オークなの!? 喋るオークなんて聞いたことないわよ!」

「俺はオークじゃねぇ!!」


 そう言い返してくるオーク(?)。

 先程より近づいた距離から、サンゾーは自身をオークでは無いと言う相手のことをまじまじと観察した。2m近い長身。特徴的なその鼻は長く尖り、鼻の穴は正面を向いている。そして大きな腹。


「どこからどう見てもオークじゃないのよ!」

「ちげぇって! ほら!!」


 そう言いながら相手は被っていたフードを外す。頭には豚の耳があると思いきや、茶色に近い毛髪があった。

 オークの特徴と言えば、大きな腹に豚の頭である。頭部に毛髪は無く、豚の耳が付いているはずなのだが。


「え……。何、人間? なの?」

「そうだよ!! 誰がオークだ!!」


 よく見ると、毛髪に隠れてはいるが、人間と同じ位置に耳もある。どうやら人間だと言うのは嘘ではなさそうだ。

 パッと見は髪の毛のあるオークにしか見えないが。



「……オーク呼ばわりしたのは悪かったわよ。

 でもあんた! 最近この畑で盗みを働いていたのは間違いなくあんたよね!?」

「う……」


 相手は気まずそうに目を泳がせた。どうやらそうらしい。


「私たちは、この畑に出没して盗みを働いていくオークの撃退を請け負った冒険者よ。

 オークじゃなかったのは予想外だったけど……。それならそれで、盗賊としてお縄につきなさい!」

「クソがぁ!」


 そしてサンゾーは、畑の中にいる相手に向かって駆け出した。



 逃げるか、と思ったのだが、相手は手にした大きな熊手のようなものを構え、サンゾーたちの方へ向き直った。どうやら戦う気のようだ。

 近づいてきたサンゾーに向かって、相手は熊手のようなものを振り下ろす。


「遅い!」


 ゴークとは比べるべくもないその一撃を、サンゾーは易々と躱す。その勢いのまま相手の懐へ飛び込むと、目線の高さにある相手の鳩尾付近に向かって正拳を繰り出した。


「せいっ!」

「ぐあっ!?」


 サンゾーの正拳をまともに喰らった相手は、後方に5mほども吹っ飛んでいく。


「お師匠、オレっちの出番が無いッスよ……」

「……いや、まだよ」


 追いついてきたゴークの言葉に、サンゾーは首を振り、相手の方を向いて構え続ける。

 果たしてその言葉通り、視線の先では相手がその巨体をのっそりと起こしたところだった。


「あ痛てて……。ねえさん、やるねぇ」

「あんたもね……。結構良い一撃だったと思うんだけど」


 首を振りながら、相手は立ち上がる。その様子は飄々としており、あまり効いているようには見えない。


「ちょっとここじゃあ分が悪いな……」


 そう言いながら相手は、手にした熊手のようなものをサンゾーとゴーク目掛けて投げつけてきた。

 回転しながら迫るそれを、大きく横に動いて避ける二人。


「ちょっとあんた! 待ちなさい!」


 そしてそれを躱し、サンゾーが相手に目線を戻した時には、相手は既に背中を向けて北の森へと逃げ出していたのであった。



 追いかけるか、と一瞬思ったサンゾーだが、相手は意外と足が早い。あの速度では追いかけても相手の方が先に森に逃げ込んでしまうだろう。夜の森では追跡などできないし、足元の畑を荒らしてしまうのも気が引けた。


「逃げられちゃったッスね……」

「……そうね」


 相手が見えなくなるまで警戒態勢を取っていたサンゾーとゴークだが、森に入る直前で一瞬振り返った以外はさしたる反応も見せずに相手は森に消えていった。

 足元には、先程投げつけられた熊手のようなもの。もしかして農具だろうか?


「……まぁ、首尾良く撃退はできたから、それで良しとしましょ」

「そうッスね」


 サンゾーは足元にある熊手のようなものを拾い上げる。


「しかし、あいつ結局何だったのかしら……。オークに似た人間?」

「そうなんスかねぇ……。鼻とか、完全にオークでしたけど」

「ハーフとか?」

「うーん……。分からないッス」


 2人は首をひねる。分からないことばかりだ。


「まぁ、明日ジルさんに聞いてみようか。どうせ報告しなきゃだし」

「そうッスね」

「一応撃退したけど、また戻ってくるかもだし、見張りは朝まで続けなきゃね……あ」




 そこまで言ってサンゾーは思い出した。先程まで自分がしてしまっていた、失態を。

 ゴークには悪いことをした。悪いことをしたら、謝らなければならない。


「あの、ゴークさん」

「何ッスかお師匠?」


 サンゾーはゴークの正面に立つと、


「先程は、大事な見張りの最中に、寝てしまっていました。ごめんなさい」


 そう言って、深々と頭を下げた。



 しばらくそうしていただろうか。ゴークからの返答は無い。

 怒っているのだろうか? そう思ったサンゾーが頭を上げると、ゴークは明後日の方向を向いていた。心なしか顔が赤い。


「……怒ってる?」

「い、いや、そんなことないッス、師匠。頭を上げて下さいッス」


 言われてサンゾーは頭を上げる。

 サンゾーは知らない。ゴークが顔を逸らしていたのは、頭を下げたサンゾーのうなじの白さが目に眩しかったからだ、とは。


「……ホントごめんね。残りの時間は私が見張りをしてるし、ゴークは寝ててくれてもいいから」

「いや本当、気にしてないッス。大丈夫ッス」

「じゃあどうしてこっちを見ないのよー!」

「い、いやそれは……」



 物置小屋に戻る間、ねえねえ、とサンゾーはゴークに絡み続けたのであった。

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