格子ごしの恋~長介編~
時は残酷だと、人生で何度も感じる
一人の女性に恋をした。自分には妻も子どもも居るのに
彼女は美人であり、琴や三味線の腕は最高であると思っている。会うたびに聞かせてくれ、きれいな指から紡ぎ出される音は、仕事や日常を忘れさせてくれる
「長介さん、今日もありがとうございますね」
そう言われると最高に幸せだった
こんなに器量がいいのに、そこら辺の遊女と位が変わらないのはおかしいと思いながらも、自分でもこんなにいい女と一夜を過ごせるというのは、よかったと思う
だが、最近彼女の様子がおかしいような気がする。何がどうおかしいだとは言えないが、おかしい。話していてもふっとしたときに外を見て、何か思い悩んでいる様子だった。彼女にその事を何度も聞こうとしたが、聞いてほしくないという感じだったため、聞かずにいた
明日もまた会えると思い、名残惜しかったが家に帰ることにした
その時の彼女の表情は、今まで見たことがないようなそれは美しく、今にも消え去ってしまいそうなほど、儚かった
その日を境に、店に通うことが難しくなった
急に仕事が忙しくなったのだ。自分の知らないうちに、店の品物の質が高いと評判になったのだ
妻や子どもには大変喜ばれた
それはとても幸せなことだったが、彼女に会いに行く事ができず、歯がゆい思いをしていた
そんなとき、ある噂を耳にした。その噂を信じたくないあまり、仕事を途中にして店に走った
「彼女は!胡蝶さんは!」
店の番頭に詰め寄った。番頭は少し残念そうにしながら、「身請けされました」そう伝えるだけだった
それからどうやって帰ったかは覚えていない。気がついたら、満足そうに寝ている妻の姿があった
それからは、生気が抜けたようになったと周りからは噂された
仕事は手につかず、回りに任せていた
そんなとき、とある客人が現れた
「千里と申します。胡蝶ねぇ様の禿をしていたものです」
「胡蝶さんの禿さんが何の用ですか?」
不思議で仕方なかった。胡蝶さんの禿として働いていた彼女が、自分に何の用なのかと
「長介さま、何のために胡蝶ねぇ様があなたに何も告げずに身請けされ、身請け相手にこの店の贔屓になるように伝えたとお思いですか!胡蝶ねぇ様があまりに可哀想にございます」
「えっ?」
千里の言葉に全くついていけなかった。胡蝶さんが身請け相手に贔屓になるように伝えた?
「胡蝶ねぇ様は長介様を好いていらっしゃいました。ですが、長介様の生活を壊すことは望んでいませんでした。長介様の全てを愛していました。ですから、何も告げずに身請けなさいました。そして、少しでも長介様のお仕事がうまくいくように、いろんな方に贔屓になるように言っていたのです」
知らなかった。胡蝶さんが自分の事を好いていてくれたのを。ただの一人の客だと思われていたと思った
「千里さん、ありがとうございますね」
「分かってくださいました?」
「はい。こんな状態では胡蝶さんに顔向けできませんね」
「では、頑張ってくださいね」
そう言って、千里さんは帰っていった
それからは、以前のように仕事をするようになった
胡蝶さんに顔向け出来るように