森のなかで。
「そっちにいっても、なにもないわよ」
森の分かれ道、僕はそう声をかけられた。
振り向いた先にいたのは木々の生い茂ったここに不釣り合いな真っ赤なドレスを身に纏った女性だった。
でも、僕は知っている。
「ご忠告ありがとうございます。でも僕はこっちに用があるので」
僕の知りたいことがこの先にあることを、そして彼女がそれを隠そうとしていることも。
僕は彼女に軽く会釈をし、先を急ごうとした。
「何もないっていってるじゃない」
不機嫌そうな声と共に上着の裾をぎゅっと捕まれる。そんなことをされては前に進むのが困難になる。急いでいるから放してもらおうとぐいぐい上着を引っ張るも、彼女の手が離れる様子はない。
「先を急いでるんです」
だから手を離せ。
言葉にしなかった本心は、きっと顔に出てるだろう。何せ僕は嘘をつけない人間だ。
「そっちにはなにもないのよ!」
切羽詰まった顔でそんなことを言われても困ってしまう。その態度はまるで逆効果だ。何かあるんだ、だから来ないでくれとその行動で話しているようなものだ。
「何もないなら、行っても問題ないでしょう」
まるで茶番のようなこれに付き合っている時間はもうない。急いでいるんだ、邪魔をしないでくれ。強引に彼女を突き放すも、彼女はしぶとく僕に付きまとってくる。
「ちょっとは人の話、聞きなさいよ」
彼女のいうことを聞く気が更々ないと伝わってしまったのかそんなことを言ってきた。言われたってなにも変わらないというのに。
「邪魔をするな」
見ず知らずの人間だった。だからこそ、僕は容赦できなかったのかもしれない。
ぴたりとくっついた彼女をべりべりと引き剥がし、もうこちらに近づかないようにと念のために突き飛ばす。女性に手をあげるなんて普段の僕ならするはずもないことも、この緊急時にはおかまいなしだ。地べたに倒れ込んでいる姿が目に写るが同情の余地などない。こんなことを思っている以上、非情な人間だと罵られても仕方がないだろう。だが、ここまでしないとまた邪魔が入ってしまう。
急がなければ。
僕には時間がないのだ。
進むのは草木の生い茂る道なき道。分岐点にはきちんと砂道があったというのに、少し足を踏み入れるとどこが道なのかまるで区別がつかない。まるでこの森そのものそこへ行くことを妨害をしているようだ。そんな森だか道だからわからない場所を歩き進めること数十分、目的地にたどり着いたらしい。
「ほらあった」
目の前には大きな草の塊。
緑の大きな化け物のようなそれは、何百年も昔に過去の王が築き上げた城。今はもうどんな文献にも記録のない、古くからの言い伝えばかりが残ってしまった伝説の城だ。
僕もこの城の事を知ったのはまだ幼気な子供時代で、おとぎ話のようにこの世に存在しない綺麗なものだと思っていた。でも大きくなってその事を調べる機会に恵まれて、各地に残った伝承を辿るうちにおとぎ話だったそれはより現実に近づいてきたのだった。
山々に囲まれた白いお城には、言葉のはなせないお姫様が住んでいました。お姫様は毎日窓から見える湖を眺め、夜にはその湖面にうつる月に願い事をしました。
神様、どうかお願いします。私に話す言葉をください。
お姫様が願い続けて5年、その日は月がとても美しい夜でした。その日もお姫様は湖にお願い事をします。
神様、どうかお願いします。私に話す言葉をください。
すると突然空に浮かんだ月が姿をくらまし、湖の月が黄金色に輝き出したのです。そしてお姫様はあっという間にその光に包まれて、意識を失ってしまいました。
次の日お姫様が目を覚ますと、見慣れた自分のベッドの上で横になっていました。昨日の事が何だったのかお姫様は気になりましたが、誰に言っても夢を見ていたと相手にされません。仕方なくお姫様は湖に問いかけます。
昨日の事は何だったの?
それはとても大きな声で、お姫様は自分の声で耳がいたくなってしまいました。
昔話の内容は概ねこのようなもので、このあとは隣国の王子様に求婚されたり、美しい歌声で国民を魅了したり、など地域によって違いがあるが、いずれもハッピーエンドで締め括られる。ありがちと言えばありがちなおとぎ話だけど、この場所が実際に存在するのかを突き詰めていった結果、目の前にある緑の塊へと辿り着いたのだった。
そしてこの城にはもう一つの伝説がある。
大きな戦のなか雲隠れした金銀財宝が、緑に隠された古城に眠っているというものだ。それがこの城だという証拠はまだない。でも、この城でそれを見つけたらそれこそが証拠となるだろう。それに、湖面の月がもたらした奇跡の真実を知りたい。探求心の高まりが押さえらる訳がなく、僕は本能のままに城の中へと足を進めた。