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汚屋敷の兄妹  作者: 髙津 央
第四章 賢治の十二月二十六日~十二月二十八日
85/130

085.洗濯

 実家に戻ると、青白い光が白々と庭を照らしていた。

 光源は、倉庫の(ひさし)に引っ掛けたハンガーだ。

 冬の日は暮れるのが早い。

 ハンガーに魔法の灯を()けてくれたんだろう。

 「おかえりー。使えそうな物、取敢えず居間と物置部屋に入れといたよ」


 真穂の笑顔が眩しい。


 家に居た頃、真穂が笑うのを見た事がない。

 いつも暗く沈んだ顔で、困ったような顔をしていた。


 俺達は、祖母ちゃんに「ゆうちゃんのお勉強の邪魔になるから、静かにしててね」と言われて育った。でも、ジジイとオヤジが大声出したり、大音量でテレビつけてバカ笑いしてるのは、放置だった。

 母さんは、ジジイとオヤジと祖母ちゃんに隠れて、俺と真穂に家事のやり方を教えてくれた。

 なんで内緒なのか、当時はわからなかった。


 使えなくなった物や食えなくなった食材、不要品や過剰在庫。

 ジジイとオヤジは、「勿体ない」って言って、そういうものを一切、処分させてくれない。

 ガラクタは天井まで積み上がって、激しく邪魔だ。


 ガラクタのせいで掃除できないのに、祖母ちゃんと俺達の母さんは、ジジイとオヤジから「掃除も(ろく)にできないハズレの嫁」呼ばわりされていた。

 真穂も、母さんが入院した後くらいから、言われるようになった。

 当時の真穂はまだ幼稚園児なのに、ジジイとオヤジからは、「女なんだから家事なんてできて当たり前」みたいなスタンスで扱われていた。

 でも、俺とゆうちゃんは、何も言われない。

 俺が古新聞を束ねて縛るだけで、祖母ちゃんは「まぁあぁ、男の子なのにお手伝いしてくれるの。偉いねぇ、ありがたいねぇ」って、拝むように喜んだ。


 真穂が「これ、なんて無理ゲー?」って状況で、どんなに頑張って洗濯とかの家事をこなしても、ジジイとオヤジは勿論、祖母ちゃんすら、真穂には滅多にお礼を言わなかった。

 ジジイとオヤジが見てる時に俺が手伝うと、祖母ちゃんも母さんも、「お前らが不甲斐ないから賢治が手伝う羽目になるんだ」って、滅茶苦茶な超理論でクズ呼ばわりされて、罵られたり殴られたりした。

 だから、俺は二人の目を盗んで、こっそり手伝った。

 祖母ちゃんからは、「ケンちゃんは跡取りじゃないけど、やっぱり男の子なんだから、家のことはお祖母ちゃんとお母さんに任せて、じっとしてて」って手伝いを断られることもあった。


 腐った食材とか、汚いものがあるから、家が汚れる。

 まず、それを捨てなきゃ掃除できない。

 放置してるから、鼠や害虫が寄ってきて、家が荒らされるんだ。


 食材は大量にあり過ぎて食べ切れないから、腐る。

 家族の人数と、田畑での収穫量とご近所さんがくれるお裾分けの量を考えて、町へ出た時の買い物の量も調整すればいいのに、「折角、遠出したんだから、手間とガソリン代が勿体ない」って、大量に買い込んでくる。

 そりゃもう、冷蔵庫に入りきらないくらい。


 冷蔵庫を買い足して、大きいのが二台と小さいのが一台ある。

 因みに当時の家族は、ジジイ、オヤジ、祖母ちゃん、ゆうちゃん、母さん、俺、真穂の七人だ。

 バイトしてる居酒屋でも、こんなでかい冷蔵庫二台も置いてない。

 家出同然で水都の大学に進学して、初めて、自分の家の異常性のレベルを思い知った。

 前々から、変だとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。


 食い物と掃除以外もそう。

 服も、脱いだ服をその辺に脱ぎ散らかして、回収に余分な手間がかかる。

 犬や猫を飼ってるわけじゃないのに、家の中でしょっちゅう、靴下が片っぽ行方不明になるって、どういうことだよ。


 町へ出た時に、セールだからって服でも何でも大量に買い込むから、片付ける場所が足りなくなって、箪笥や収納家具を買い足す。

 仕事柄、服が破れたり再起不能レベルで汚れる事が多いのに、傷んだ服を捨てない。

 そしてまた、買ってくる。

 箪笥や収納家具に収まりきらなくなった物が、家中に溢れている。

 片付けきれない服やガラクタを、鼠や害虫、黴が汚染する。


 原因と結果の因果関係をきちんと把握できない。

 不都合があれば、誰かに責任転嫁するだけ。

 誰かを罵ったり殴ったりするだけで、根本的な問題の解決をしない。

 っていうか、解決しようとすると、マジ切れする。

 「生意気言うな!」

 「誰に食わせてもらってると思ってるんだ?」

 「口答えすんな!」

 俺達に対しては、それしか言わないから、話し合いにもならない。

 問題提起や問題解決方法の発言者が、自分が「格下」認定した嫁や子供だから、って言うのが、その理由。

 ジジイとオヤジは、絶対服従であるべき「格下」の分際で、問題をほじくるのは、「格上」の自分達にダメ出しする反逆行為と見做(みな)すらしい。

 多分、ゆうちゃんもそうだろう。


 世間的に見て、どれだけ理不尽なことでも、この家の中では、ジジイとオヤジの言動は絶対に正しくて、逆らっちゃいけないことになっている。

 犯罪レベルで、やっていい事と悪い事の区別がついてない奴が、でかい顔して支配している。


 格上のジジイ、オヤジ、ゆうちゃんが何をしても絶対正しくて、どんな間違いも絶対に許さなくちゃいけなくて、格下の祖母ちゃん、母さん、俺、真穂は当たり前のことすら許されない。

 っていうか、発言権すらなかった。


 真穂は、学力も経済力も充分なのにジジイの「女に学問は要らん」の一言で、危うく高校に進学させてもらえないところだった。

 住職さん達が上手いこと言ってくれたお蔭で、何とか矢田山の高校に進学できた。


 祖母ちゃんが小指を骨折した時、ジジイの「唾付けときゃ治る」の一言で、治療を受けさせてもらえなかった。

 そのせいで、祖母ちゃんの小指は動かなくなってしまった。


 ジジイとオヤジは町へ出ると、要らない物を大量に買ってくる。

 でも、家事に使う、どうしても必要なものは、買わない。「嫁連中に楽させると、碌なことにならないから」って謎理論で。


 一家団欒、家族の絆、家族仲良く、大事な事は家族で話し合って決める、家族なんだから分かり合える……

 俺と真穂は、その類の事を割と長い間、フィクションだと思っていた。


 そんな家で笑える訳がない。


 クロエさんが、ゴミ袋を持って庭に出て来た。

 双羽(ふたば)さんに何か言ってる。

 双羽さんが頷くと、袋の中身をぶちまけた。

 服だ。

 双羽さんが、水の魔法で洗う。

 洗濯機の中身を見ているような、不思議な光景だ。水の中でたくさんの服が踊るように流れ、水が濁る。

 クロエさんが新品のゴミ袋を広げる。双羽さんは服だけ袋に入れた。

 残った水はドブ色に染まっていた。


 ニートの服か……


 クロエさんは、双羽さんの命令で、洗濯された服を家の奥に運んだ。


 俺達は魔法の灯の下で黙々と今日、庭に出した物の仕分けを続ける。

 いつも通り、コーちゃんと政晶君が呼びに来た。クロエさんだけが降りて来る。


 ゴミニートは今夜もこの汚屋敷(おやしき)に一人で居るつもりらしい。

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【関連  「汚屋敷の跡取り
ゆうちゃん視点の話で「汚屋敷の兄妹」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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