075.母親
親父の部屋の縁側サイドの半分は、母さんの部屋だった。
幼い頃、俺と真穂もこの狭いスペースで過ごした。
記憶よりずっと狭い。
襖は一枚が辛うじて半分開くだけ。それ以外の場所は箪笥で埋め尽くされている。
押入れはあっても使えない。
その箪笥も、半分以上がゆうちゃんの母親の物だ。
祖母ちゃんが「もしかしたら帰ってくるかもしれんが。置いといたげて」と処分させてくれない。
俺と真穂の服も残っていた。
もう小さくて着られないが、祖母ちゃんが「下の子ができたら、お下がりにするが」と捨てさせてくれなかったものだ。
箪笥と衣裳ケースに囲まれて、布団一枚敷くのがやっと。
布団は片付ける場所がなく、万年床。
今、布団の上は古雑誌で埋め尽くされていた。
オヤジ好みの下衆な大衆誌だ。
俺達の暮らしをゴミ捨て場にされたみたいで、軽く殺意が湧いた。
ここにクズオヤジが居なくてよかった。
あんなクズでも一応、人間の形してるから、殺したら俺が殺人罪に問われてしまう。
俺は、下品なグラビア誌を紐で束ねた。
衣裳ケースの底から、俺と真穂名義の郵便貯金の通帳が、一冊ずつ出て来た。
とっくに満期が過ぎている。
時効かもしれないが、一応、持っておく事にした。
アルバムと通帳と印鑑と貯金箱の他は全部捨てた。
母さんはとっくに、ここでの暮らしを捨てている。
全部、要らない物なんだ。
ゴミ袋を容赦なくゴミ山に積む。
箪笥とかの大物は、三枝さんに魔法を掛けてもらって、庭に出し、一応、ブルーシートの上で中身を確認する。
「お兄ちゃん、何これ、怖い」
真穂が震える手で、古びた封筒を差し出した。