054.クロ
大笹さんがクロを指差す。
「その……猫が、ですかい?」
「クロは猫じゃありません。ホントの姿、見てみますか?」
みんなが小さく頷く。
ノリ兄ちゃんは、クロに庭へ出るように言った。クロがニャーンとイイお返事をする。ピンと尻尾を立てて、障子に駆け寄り、前足で開けて庭に降りた。
「クロ、こっち向いてホントの姿に戻って」
クロは言われた通りにこっちを向いた。紙袋が割れたみたいな、乾いた音がして、黒猫が消える。
誰も何も言わない。
駐在さんと大笹さんが、障子を全開にした。
庭にでっかい鳥の足が二本、立っている。
二人が上を見て、息を呑んだ。
大山さんと区長さんも上を見て、腰を抜かした。叔父さんが区長さんを支える。
私達も気になって縁側に出た。
庭に悪魔が居る。
猛禽類っぽい足の上に、人っぽい体が付いてる。黒猫みたいな艶やかな毛が生えた筋肉質な体。手には鉤爪。肉球なし。尻尾も黒猫拡大版で、消防ホースサイズ。背中には、鳶とか梟みたいな茶色い翼がある。でも、顔は巨大な黒猫。二階の屋根より背が高くて、身長が五メートルくらいある。
黒猫とマッチョ男と猛禽類を足して三で割った的な悪魔……
「クロエ、ご挨拶して」
ノリ兄ちゃんが声を掛ける。
ポンッ。
音の後、悪魔が消えた。
代わりにメイドのクロエさんが現れる。エプロンドレスのスカートをちょっとつまんで、優雅にお辞儀した。
「ご主人様の下僕、クロエでございます」
「普段の用事は下男の形でさせてて、今回は大掃除だから、女中の形にしてるんです」
ノリ兄ちゃんが説明した。
いや、そんな使い分けとか聞いてないし。
って言うか、どこにポイントを置いて驚けばいいかわからない。
リアクション不能。みんなも固まったまま。
「クロ、おいで、抱っこしよう」
クロエさんは一瞬、嬉しそうな顔をした。
ポンっと音が弾けて、黒猫が部屋に駆け込んだ。
ノリ兄ちゃんの腕の中でゴロゴロ言ってるのは、どう見てもタダの可愛い黒猫だ。
「姿は変わっても、力は元のままだから、普通の強盗とかなら大丈夫ですよ」
逆に強盗が心配デス。
マー君が、あー寒っとか言いながら、障子を閉めに来る。みんな、我に返って部屋に入った。
「僕、来年の秋にあっちに行って、もうここには来られないから、最期に一回くらいは、こっちの親戚にも会ってみたくて、無理言って連れて来てもらったんです。今回だけですから、少しの間、宜しくお願いします」
みんな、ただもう、首振り人形みたいにカクカク頷くしかなかった。
【余談】政晶は、この話ではぼぼ空気ですが、「野茨の血族」では主役でした。一カ月くらい宗教の下僕と共に旅をしていました。その件で、クロ=クロエを知っているつもりでしたが、「ほんとうのすがた」を見る機会がなかったので、今回が初見。声も出ないくらい驚いたので、このシーンでは台詞がありません。