046.椅子
「あッ! あの、ずっと、立ちっぱなし、大丈夫ですか? 椅子持って来ましょうか?」
「ん? うん。あれば、ちょっと嬉しいかな」
「ゴメンナサイ! 気が利かなくて! すぐお持ちします!」
何もない玄関と廊下を駆け抜けて、その勢いでゴミエリアに飛び乗る。
後はいつも通り、ゴミを踏み越えて汚台所に突入。
確か、テーブルの横に椅子っぽい台があった筈。
よく見たら、椅子っぽい台じゃなくて、テーブルとセットのちゃんとした椅子だった。
背もたれに掛けられたスーパーのビニール袋と布鞄を外して、取敢えず床に置く。何かがいっぱい詰まった袋は、八つあった。
座る部分に乗ってる段ボール箱を持ちあげる。何か異様に重い。
クロエさんにお願いすればよかったかも。
靴箱を運んだあの魔法を掛けてもらえばよかった。
顔を真っ赤にして、何とか足の上に落とさずに済んだ。でも、箱の容量オーバーの積み上げ分が、雪崩落ちてしまった。
もういい、後で捨てよう。
座面には、食べこぼしや油煙でドブ色に染まった毛糸の何かが乗っていた。除けようとしたら、椅子ごと動いた。背もたれに括りつけてある。
もうッ! 何なのこれ?
紐を解いて手に取る。
座布団だ。裏は色褪せてるけど、元の色が青系だとわかる。
多分、お祖母ちゃんがセーターか何か解いて、座布団カバーにしたんだ。
捨てたら怒られるから。
長い間、重い物が乗っていたせいで、座布団本体はぺったんこだった。
って言うか、こんな汚座布団、王族様に出すなんてとんでもない。
自分で使うのも絶対イヤ。無理。
椅子だけ持って、廊下に戻る。ゴミ地帯を越えて、床エリアにそっと降りる。
「上の物なら、降ろしたげるよ。どれ?」
「あ、違うんです。ノリ兄ちゃんに……」
「え? あッ! ありがとう。助かるよ」
ツネ兄ちゃんも、今気付いたみたい。しまったって顔でお礼を言われた。
でも、よく考えたら、こう言うのってお付きの人とかが用意するんじゃないかなぁ?
私は庭に出て、三枝さんに共通語で話し掛けた。
「エクスキューズミー……えっと、プリーズ、ウォッシュ、ディス、チェア……」
ドキドキし過ぎて合ってるか自信ないけど、何とか言えた。私が椅子を置くと、三枝さんはにっこり笑って、水の魔法で洗ってくれた。
流石に新品同様とはいかないけど、キレイになった。油煙でベタベタで真っ黒だったけど、茶色い木目が見えて、ニスが輝く。
「ボロくてすみませんが、どうぞ」
「わざわざゴメンね。ありがとう」
円の中に椅子を置くと、ノリ兄ちゃんは座ってくれた。円の中は何故か温かい。
ホント、魔法ってスゴイ。