039.傘立
双羽さんが操る水は、玄関の天井から汚れを剥がし終えると、一旦、ゴミ山に汚れを吐き出した。清水になって、家の奥に進む。
今度は廊下の天井だ。
「クロエさん、次は傘立ての傘。全部捨てます。ゴミを焼いた場所に運んで下さい」
「はい、賢治さん」
「ケンちゃん、いいのか?」
「全部捨てて、一人一本ずつ新品買った方が早いです。確認する時間が勿体ないんで」
「私、自分のは部屋に置いてるから、大丈夫」
ツネ兄ちゃんは心配してくれたけど、どうせ、まともに使える物なんてない。
真穂はしっかり自衛していた。
クロエさんは何の疑問もなく、傘立てに積み上がっていた傘を十数本、一気に抱えた。
俺は、破れたレインコートを地面に広げ、その上に傘を積んだ。
レインコートで包んで一気に運ぶ。
重い。
骨が金属だからか、傘の束は予想以上に重かった。
クロエさん、意外と力持ちなんだな。
「クロエ、傘立てを先程の円に運びなさい」
「はい、双羽隊長」
「えっちょっ……」
傘立ては、まだ上に乗っていた物を除けただけで、ギッシリ傘が詰まっている。っつーか、傘立て本体も幅二メートルくらいある金属のごつい物だ。こんな女性に無茶振りするにも程がある。
ゴミ山から玄関に戻ろうとして、俺は固まった。
クロエさんは、双羽さんに言われた通り、一人で巨大な傘立てを運んでいた。
俺なら多分、持ちあげる事すらできない。
魔法……? 何か魔法使ってんの?
重い地響きを立てて、傘立てはゴミ焼きの円内に置かれた。
双羽さんが玄関の三和土を洗う。
水流が、何十年も放置された汚れを根こそぎにする。あっと言う間に水がドブ色に染まる。
鼠やゴキブリの糞、朽ちたお裾分けの腐汁、黴、虫の死骸、埃、ダニ。
バイオ系の毒に染まった水が、ふわふわ宙を漂い、傘立ての上に毒を吐き出した。黒い粉が塊になって落ちる。
水は、玄関とゴミ山を三往復して、廊下の天井掃除に戻った。
一滴も残らず、玄関は乾いてさっぱりしていた。
「おひさまの端っこ借りて、このゴミ、一回焼くね」
ノリ兄ちゃんが、安全地帯から出る。三枝さんが駆け寄り、無駄のない動きで雑妖を斬り捨てた。
ノリ兄ちゃんが円を描き直し、呪文を唱える。さっき同様、闇の円柱の中で白い炎が躍った。
おひさまの端っこ……
多分これ、コロナかプロミネンスなんだ……
「靴箱の上は、集金のお釣りとかあるかもしれないから、ちゃんと見よう」
ツネ兄ちゃんに言われ、我に返る。